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剣の人と夢

「あ、救世主さん。どこへ行くんですか?」

「ふんふ~ん♪」


 俺は無言でスッと立ち上がった、ドヤ顔魔人 (ジョーシさん)の手の内から逃れる為だ。

 といっても大してどこかへ行くつもりもなかった。俺はそのまま少し移動して白い雲の上に腰を下ろすと、真綿のようなそれを剣で少し切り取った。


「話はまだありますよ?姉さんがあの時感じた違和感ですが、あれは敵の正体に気付いたからなんです。つまりあの時、ボクらに向けて飛んで来ていたのは表面にサビどもが乗っただけの雲だという事に気付いたからだったんです。それを斬っただけで気付くなんて凄くないですか?凄いですよね?凄いんですよ!救世主さんもそう思いますよね?聞いてま──」


 もはや聞く気もなかった。俺は切り取った白い小さな雲を耳の穴に突っ込むと、それでもまだ喋り続けているらしいジョーシさんを呆れるように眺めながら横になった。

 ああ、気持ちがいい。少し眠りたい──。


「──(パクパクパク)」


 無駄に口をパクパクさせているジョーシさんの向こう側では、剣を振って踊るように動き回るキョウシちゃんの姿があった。それを目の前の特等席で見ているのはオヤジのようだ。おい、オヤジ。その場所代われ。

 だが俺は横になると直ぐにウトウトし出していた。長い戦いだったのだ……、本当に天国と地獄を行き来するような体験だった。喉元過ぎれば熱さ忘れる、過ぎてしまえば全て笑い話になる、と誰かが言っていた気がするが、今はまだ笑える気分ではなかった。

 太陽の光はなくても急速に体力が回復していくのが分かった。それもきっとヨージョさまやこの地下の空間が関係しているのだろう。だがどれだけ体に力が戻っても心は疲れ切ったままだ。少し休まなければ俺の中の何かが擦り切れて崩壊してしまうだろう。

 そのまま俺はジョーシさんの止まらない口パクとキョウシちゃんの楽しげで激しさを増していく踊りを見ながらまどろみの中に落ちて行った──。



 俺は山の中に居た、沢山の山に囲まれていた。何やら誇らしかったのは、俺は山々に認められ存在していたからだ。山肌はとても滑らかで柔らかく、女性的でなまめかしかった。そう、それはまるでおっぱ○だ。いっぱいのおっ○いに囲まれた俺も、やはり同じようにお○ぱいだった──。

 いっぱ○のおっぱ○に囲まれた俺は、まるで夢を見ているようだった。○っぱいの○っぱいに囲まれた俺は、まるで夢を──。夢を見ているのはお○ぱいなのかもしれない、い○ぱいの夢を見ているのは俺なのかもしれない。俺は自分が何か分からなかった。

 俺はおっ○いでいっ○いの夢を見ているおっぱ○でいっぱ○の俺は、俺の中が○っぱいで○っぱいなのか俺の夢の中がお○ぱいでい○ぱいなのか判断が付かなくなっている。こんなに満たされた気持ちの中にいるのに、俺はおっ○いでいっ○いで一杯一杯になっていたのだ。

 いっぱ○のおっぱ○はいっぱ○いっぱ○の俺でいっぱ○で、○っぱいで○っぱいの○っぱいは○っぱい○っぱいになり。俺はもう、おっぱいでおっぱいでおっぱいおっぱいになっていた、おっぱい。

 それは素晴らしい夢だったのだけれど、おっぱいの俺にはおっぱいおっぱいでおっぱいだった。それでいていっぱいの俺はいっぱいでいっぱいいっぱいだったのだ。

 ああ、でも俺はいっぱいのおっぱいの中のたった一つのおっぱいなんだ。その事実が俺をとても誇らしく思わせていたのだった──。



 何かが俺を柔らかくつついている。まどろみの中で境界線をなくした体がポワポワ、ポワポワと弾んでいる。俺は何か素晴らしいものになっていた気がするのだが、それがなんだったか思い出せない。その事に軽い幻滅と、同時に心地のいい諦めを感じていた。

 ポワポワと何かが揺れている、それは俺の体の外側で起こっていた。手の中にはフワフワした手触りがありそれは全身を包んでいるようだった。その感触は夢の続きを思わせたていたが、その輪郭はすぐにどこかへと消えてしまった。儚い夢、俺の人生もそんな儚い一瞬の夢なのかもしれな──。


 目を上げるとそんな刹那的な感傷はハードパンチを食らったように吹き飛んでしまった。ジョーシさんが演劇でもしているかのように大げさな手振りで口をパクパクさせている。その背後ではキョウシちゃんが自分の剣技を試すように飛び上がりながら剣を振り回している。二人とも表情はひどく楽しそうなのだがやっている事は魔女の夜会、サバトそのものだ。

 しかしなぜ音がしないのだろう……?その疑問に自ら気付いた俺は耳の中に入っていた白い物体を引き抜く、ついでに口元のヨダレを拭き取る。


「ふんふふ~ん、ふんふんふん♪」

「姉さんの剣が薄汚れたサビどもを切り裂く!更に切り裂く!その鮮やかな剣さばきは天下広しといえども並ぶ者は居ないでしょう!ああ、素晴らしきその活躍はボクたちをこの世の地獄から鮮やかに救い出──」


 俺は再び耳の穴に小さな雲を突っ込んだ、そして呆れて開いた口元から落ちるヨダレを放置した。

 二人は一体何をやっているのだろう、というか、どうしてここまで盛り上がってしまったのだろう。眠りに落ちる前と何も変わっていない、というか更に悪化してしまっている。

 姉を褒めるのが楽しくて、軌道に乗ってしまって脱線しているのに気付いていないジョーシさんと、そんな妹によいしょされ過ぎてアクロバティックな踊りを炸裂させているキョウシちゃん。なんとかもおだてりゃ木に登るとは言ったが、浮かれすぎて飛び回っているこの子はなんなのだろう……?とりあえず危険極まりない。

 そうだ、俺と一緒でこの子たちも疲れているのだ。その疲れを解消する行為がこれなのだ!と俺は無理やり自分に言い聞かすと、二人に背を向けて再び横になった。

 そういえばオヤジはどこへ行ったのだ、身の危険を感じて逃げたのだろうか。輪切りにされて転がっていない限りそうなのだろうが、中々引き時をわきまえている奴だ。


 にしても──、とため息をつく。二人はこれから先の事を考えているのだろうか。俺たちは一番底まで辿り着いてしまったのだ、それ以上先へは行けない限界まで。これから俺たちは何をすればいいのだろう、いたずらに縦穴や横穴を増やして迷宮でも作ればいいのだろうか……?それはそれで楽しそうだが、それをすると一番に迷うのは俺たちだという確信はあった。

 ここはやはり俺たちをこの場所へいざなったあの方にお伺いを立てるのが一番ではないだろうか。預言者であり教団とはまた違った信者を抱えるあの方、この姉妹たちの長女であり謎めいたあの──。

 背筋に寒気を感じて振り返る、が二人はそれぞれ思い思いの方法でリフレッシュを続けている。気のせいか……。どうもヨージョさまの事を考えると姉妹に怒られそうな気がしたが、思い浮かべるぐらいなら許されるだろう。──想像するぐらいなら許されるのだろう、妄想するぐらいなら許されるだろう。ぐへへ、ヨージョさまヨージョさま。あっ……、そんな。ありがとうございます!ありがとうございます!!


「うーん……」


 俺の甘美な妄想は尻の下から来る振動によって遮断された、何やらポワポワいっている。どこかで覚えのある震動だが、それがいつのどこだったかは思い出せない。試しに手元の剣を引き寄せると、雲の端に向かって軽く突き立ててみる。少々手元が狂って斜めになったが下の様子が見渡せた。


「……っ!」


 俺は思わず息を呑む。黒──、それしか見出す事が出来なかったからだ。地の底である下方に広がっている黒と、その上に浮かんでいる黒。どちらも遠目にはただの黒色にしか見えないが、そこでうごめいているであろう物は容易に想像できた。

 ようやく思い出として整理し始めていたそれらが、再び目の前に現われたようで俺は思わず目をそらせた。


「あっ、ジョーシさん……。どうしたの?」

「……」


 俺と同じように穴を覗き込んでいたジョーシさんの存在に気が付く、何やら口をパクパクさせているのだが魚のマネか何かだろうか。と、耳の中の詰め物を取り出すとジョーシさんの言葉に耳を傾けた。

 ……のだが、俺の手元をジッと見ている。あ、喋った。


「ずっとボクの話を聞いてなかったんですか?」

「え?ああ……違う、違うよ?今さっき付けただけだから、聞こえてた聞こえてた」

「ふんふん~ふ~ん♪」


 ジョーシさんが疑わしげな目で俺を見ている。キョウシちゃんの鼻歌がうるさく感じる程度には長く耳を塞いでいたのだが、それがバレるとまたジョーシさんの自説という名のお小言を一通り聞かされる事になりそうだ。さすがにそれは勘弁して欲しかった。

 必死で目をそらす俺にジョーシさんの視線が刺さる。それに顔が少し近い、この子は微妙に距離感がおかしい。いい匂いがする、もう何日も風呂に入ってないからそれなりの体臭だとは思うが、これはまずい。

 吐息が首に当たる、ドキドキしてしまう。その吐息を全力で吸い込みたい。待て待て落ち着け……。

 これはさすがに俺が悪い訳ではない、ジョーシさんの方だろう。犬や猫に顔を近づけるのではないのだ、そんなに気安くされては困る。犬猫より危険なサルのようなオス相手に顔を近づけているという事実を自覚して頂きたい。……うん?誰がサルだと?


「……落ちてますね」

「いや、俺は決して落ちてなど……!何が?」


 ジョーシさんを見ると既に俺を睨んではいなかった、その視線は穴の中へ注がれているようだ。釣られて覗き込むと確かに二つの黒い層が徐々に重なりつつあるようだった。落ちているのだ、天国と言われた場所が。


「俺たち、死んだら天国に行けないかもしれないな……」

「少なくともここに来る事はないと思います。その方がいいんじゃないですか?」

「ふんふふ~ん♪ってなになに?」


 キョウシちゃんが話に参加したげに近づいて来る。余り見ても気持ちの良いものではないのだが、俺が場所を譲るとキョウシちゃんは嬉しそうに覗き込み、見世物でも楽しむように歓声を上げた。

 そうだ、俺たちはもうあそこに戻る事はないのだ。その事実だけでも良しとしよう。そんな俺たちの足元に大きな震動が走ると、黒い塊がぬっと姿を現した。

 どうも前パートの投稿日を間違えていたようですが、ストックはあるのでまた二日に一更新で行こうと思います。

 って日付変わってるし!

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