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剣の脱出

 遂に俺を支えていた傘が天井から外れてしまった。せっかく三本の剣が揃ったというのに俺はどこかへ吹き飛ばされてしまうのか。もうゴールは目の前だったのに、……こんなの絶対おかしいよ!


「うわーい!!」


 俺はなぜか叫んでいた、意味なく何かを大声で発していた。ほんとは神の剣!と叫びたかったのだが、その剣は飛ばされる俺の目の前を同じ速度で飛びながら、”ほら、どうした。助けて欲しいんだろ?”とでも言っているようで無性に腹が立ったのだ。叫べるかよ、うわーい!


「うわっ、わ!?……おぅふ」


 このままどこまで飛ばされるのだろうと考えていた俺は、突如心に引っ掛かりを覚えた。というか体が引っ掛かった。真っ直ぐ吹き飛ばされたであろう俺の体は、グラリと傾くとなぜか天井に突き刺さっていた。

 どうやら傘が天井に引っ掛かったようだが、それにしてもこの状況はおかしい。

 白い塊はグイグイと俺を天井に押し付けている。柔らかな衝撃が俺の全身を包んでいたが、痛いのか柔らかいのか不思議な感触でリアクションが取りにくい。どうしろと?


「救世主さん、逆らわないで下さい」


 何やらこもった声が背後から聞こえて来た。この声はジョーシさん……?周囲を見渡すがメガネのメの字も見当たらない、それに天井の穴も無い。どこへ行ったのだろう?

 見回す目に太陽の光が入る、熱い……。ここに居ると日差しがモロだ、直撃過ぎて笑えない。笑うのわの字も見当たらない。

 白い塊がついでに俺の顔も押さえ付けてくれればこんな事にはならなかったのに、両手はしっかり押さえられているせいか日差しを遮る事も出来ない。

 そんな俺の前にスッと神の剣が現われた。日影を作ってくれたのだろうか、ありがとう。と思ったらそのまま通り過ぎてしまった、なんだこの使えない剣は……。


「熱い……」


 とりあえず落ちる心配は今のところ無さそうだが、妙な場所に固定されてしまった。まるで標本のようだ、このままでは干からびてミイラの標本が出来上がってしまう。なんとかしなければならないのだが、下手に動いて落ちるのも嫌だ。うーん……、熱い。

 また更に熱くなって来た気がする。あの太陽、爆発でもする気だろうか。神の剣に斬って貰えばどうなるだろう、なんて事も考えたが今のこいつに頼みごとをする気にはなれなかった。そういえば剣はどこへ行ったのだろう、俺の目の前をフラついていたと思ったらもう姿が見えない。


「あれ?神の──」


 その神の使えないダメな犬の剣は、俺の視界から逃れるように大きな傘の背後へと姿を消してしまった。俺の反応を見て楽しんでいるのかと思ったがそうでもないらしい、案外素っ気ない。もしかして俺に飽きた……?そう考えるとなぜか寂しさが込み上げて来た。俺の複雑な男心が憎い、一人にしないでって言ったじゃない!

 俺の背後で土の砕ける音がした、聞き覚えの有る音だ。これはクワの剣が土を掘った時の音、つまりは犬の剣が俺の背後に穴を開けたという事わっとと!?

 背後の傘が揺れ動く、何をたばかりやがった犬の剣!?と思う間もなく動きは収まる。ホッと胸を撫で下ろすと再び背後で声がした。


「あ、姉さん。戻ってきましたよ」

「……何よ今更。私よりあの人の方がいいんでしょ?」


 何かが始まっていた──、修羅場か何かだろうか……?っていうかキョウシちゃん声だ、あの人って誰。


「私を捨てたんでしょ!?それなのに何よ、今更ノコノコ戻って来て!」

「姉さん……、反省してるようですから許してあげたら」

「あんたは黙ってなさい!」


 何やら重苦しい空気だ、ただでさえ熱いのに余り関わり合いになりたくない。だが俺は自分の全神経を耳に集めて事の成り行きを見守って、耳守っていた。


「言い訳の一つも言えないの?情けないわね……」

「剣は喋れませんよ、姉さん」


 いや、ここは言い訳せずに黙っておくのも一つの手だ。俺はその男に同情のようなものを感じ始めていた、って剣かよ!

 え、どういう事?今のやり取りは剣とキョウシちゃんの間で繰り広げられていたって事?じゃあさっきのあの人って……もしかして、俺?

 確かにさっき犬の剣はキョウシちゃんを置いて俺の方へ来たけれど、そんな細かな事でこの子は剣相手に修羅場を繰り広げていたというのか。

 何やってるのこの子、どこまで本気なの。どこからどこまでが中身で本気なの。俺は体に熱さ以外の変な汗を感じていた、熱くもあった。


「何も言わないならいいわ……。私かあの人か、どっちを選ぶかハッキリ態度で示してよ!」


 まだやってた、しかもちょっと盛り上がってるようだ。本気なのか半笑いでやっているのか、表情を見ればハッキリするがどうにも見れそうにない。

 というか──、声はほぼ俺の真後ろから聞こえていた。という事は天井の穴は俺の背後にあるという事だろう、確認は出来ないが。なら、傘の剣を元の姿に戻せば俺はこの空間から脱出できる……?

 そういえば、ジョーシさんは言っていた。逆らうな、と。白い塊は懲りずに俺をグイグイと天井へ押し付けている、太陽はギラギラと輝き俺を干物にしようとしている。そういう事なのだろうか──。

 ここで押し潰されてペチャンコの干物の標本になれ、と。ジョーシさんはそう言いたかったのだろ──。


「救世主さん、ブツブツ言ってないでさっさと戻って来て下さい。神の剣、お疲れ様です。元に戻って下さいね」


 言ってなかった、戻って来いと言われていた。いや、遊んでないよ?汗まみれで必死でブツブツ言ってるよ!と反論する間もなく、俺の体は背後へ吸い込まれるように移動していた。

 詰まりが取れたようにススッと後ろへ押されていく、スムーズに、そして滑らかに。それが心地良く感じたのは噛み付くような日差しから逃れられたからかもしれない。

 ジョーシさんの姿が一瞬目をかすめ、直ぐに後頭部だけになり、そして見えなくなった。俺は体を押し上げていく白い塊を抱きしめるようにしてどんどん高みへと上がっていった。


「あつっ!」


 背中に焼けるような熱が走った、恐らく剣が背中の定位置に収まったからだろう。どうやらこの剣もかなりの熱を受けていたらしい。お疲れ様、そしてありがとう。俺たちはようやくあの地獄のような天国のような場所から抜け出した、ようやく一息つけそうだ。ああ、腹減った……。

 俺の体は持ち上げられていく、白く柔らかな塊によって高みへと高みへと──。ってちょっと待て、なんだこの縦穴は。こんな穴あったか?少なくとも俺たちが落ちる前には無かったはずだ。俺はどこへ連れて行かれようとしているのだ。


「救世主さんー?」


 意味が分からないというようなジョーシさんの声が聞こえて来る、だがそれは俺も同じだった。どうしたらいいのこれ?と叫ぼうとした瞬間、白い塊は思い出したように俺を残して後退する。

 思わず手を伸ばすが音もなく下がる白い塊をつかむ事も出来ず、俺はただ息を呑んだ。


「落イちヤるだ……!」


 ああ、落ちるとイヤだが混ざり合ってしまった、考えるだけで頭の中がプチパニックと化している。俺の体を包んでいた浮遊感と柔らかさは白い塊と共に消えてしまった、まさに雲をつかむような話だ。って上手くない。

 まずい、このままでは落ちてしまう。早く、あれだ、助け、けてすけ。あれだ、あれを下さ、下さいよ、落ちるイヤだ。落イちヤるだ。


「しょ、しょくしゅください!」


 俺は精一杯叫んでいた、正直に、何も隠す事なく自分の全てを。すると背中から何かが一斉に這い出していくのが分かった。

 それは力強くそして生命感に溢れていて、まるで大地に巨木が根を張っていくようだった。周囲でいくつもの切っ先が壁に刺さる音がする、その度に俺の体は抱きとめられるように安定感を増していく。”大丈夫だよ”と言われているように──。

 俺の体を太くてたくましいものが這い回る、それは俺を強く抱きしめて決して放さない。俺は愛に包まれていた、触手という愛に。ああ、俺は一人じゃない。俺は触手に包まれている、俺には帰る場所がある。言うならばこれは家だ、触手という名の家。マイ触手(ホーム)触手(ホーム)グラウンド、触手(ホーム)(ラン)触手の家(ホームズ)


「あ……、あはん」


 俺の口から思わず吐息が漏れる。それは満たされたグラスから水が零れ落ちるように、豊かで満たされたものだった。俺の乾いた口元にも水滴が零れ落ちる。

 安心感と共に力が溢れる、万能感が体を貫く。ここに根を張ろう、ここに楽園を作ろう。俺が生命の樹となって新たな世界を創造しよう、全てが触手によってつながれた完全で完成した世界を。そうだ、俺はこの世界の神になる。触手と共に、俺は新世界の神にな──。


「救世主さま、またやってるの!?」

「何も見てません。ボクは何も見てませ──」


 何やら下から声がする、神たる俺になんの用だろう。見下ろすとそこには姉妹の姿があった、何やら一人は敵対的な目で見ている、もう一人は顔を伏せているようだ。

 ああ、あれはイブか、新世界のイブたちなのか。よろしい、なら俺がアダムとして君たちを迎え入れてやろう。

 そう考えるのと触手が動き出すのは同じタイミングだった、もはや指示を下す必要もない。それほど俺と触手とは強い絆によって物理的にもつながれているのだ。


「さぁ、どうなの?あんな禍々(まがまが)しい欲望に甘えきった男とこの私と。どっちがいいのかハッキリさせてよ!」

「ボクは何も見てません、ボクは何も……よらないで下さい!」


 何をブツクサ言っているのだろう、なぜ触手を拒絶するのだろう。こんないいものは他にないというのに、なぜ一つになるのを恐れるのだろう。ここは無理やりにでも手篭めにして触手の良さを体で覚えさせた方がいいのかもしれない。

 俺に一切の下心と欲望と迷いは無かった、俺に一切の欲情と下半身の(たぎ)りと迷いは無かった。俺に全ての欲望はあり、迷いだけは無かった。

 行け、触手よ。そして女どもをヒィヒィ言わせてやるがい──。


「……い?」


 俺の触手が伸びるより先に、目の前に飛んで来たのは一本の剣だった。その剣は一切の迷いもためらいも良心もなく、俺の頭を強く打ち付け──。

読み返して読みにくさに気付き、手直しだけで30分以上……。

最近、書き方を変えたんですが、その成果が出るのはストック分があるので来年以降でしょう。


良いお年を、ってまだ早いな。

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