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剣の敬謙な信者(仮)

 君(剣)が俺の手から離れて行く、あんなに分かり合えて(信仰して)いたはずなのにどうして──。別れは突然すぎてさよならを言う事さえ出来やしない、君の最後の笑顔(刀身の光)が目に染みるよ。


 わー!訳が分からん。この犬の剣、バカの剣!また俺を捨てるのか、ふざけるな、ふざけろよ!あの世で絶対呪ってやる、神を相手に呪い尽くしてやる!記念日にはお呪いのパーティーをして、祝祭日には親戚・友人一同を集めてささやかにお呪いしてやる!晴れの席では盛大に、お悔やみの席では粛々と。従兄弟の結婚の話を耳にして、僕ももう叔父さんになっちゃうんだな~なんて言いながら和気藹々と!

 突如、俺を見限った剣は光の中へと消えて行く。黒く巨大な牙は直ぐそこまで迫っているのに、俺は丸腰で放り出されてしまうのだ。ひどい、ひどすぎる。

 そうよ、そんなものなのよ。神なんていったところで結局は権力(剣力)のある方につくものなの!きぃ、悔しい……。そんなにあの女 (キョウシちゃん)が大事なの!?


「このバカ犬の剣がー!!」


 俺の叫び声を背に受けて神の剣は飛んで行く。そしてなぜか黒い牙の方へと向きを変えて伸び上がると、大きく複雑な図形を形作り牙を包み込むようにぶつかった。金属の擦れ合う音が響き渡る、図形は黒いサビの塊を周囲に撒き散らしてその中から白い塊を吐き出した、俺の方へ!?


「ちょっ、来るな!?」


 色の変わった牙が飛び掛ってくる。剣がした手品のような行為には仰天したが、結局俺を見捨てたのか助けたか真意がつかめない。白黒ハッキリしてよ!

 そんな俺の元へハッキリした白い物体が迫って来ていた、なんて嬉しくない回答だ。だが俺に取れる行為は限られていた、身を守る武器も避ける場所さえも残されてはいないのだ。

 そうだ、逃げるんだ、逃げるしかない!……気持ちだけでも。


「どぎゃーん!?」


 再び俺の乗った傘に激しい衝撃が走る、そして俺は思わず口から擬音を発していた。が、音が違う。俺の口走った良く分からない擬音と違い、衝撃の割にソフトな音を響かせて傘は吹き飛ばされていた。かなりの速度で、かなりの速度で!?

 柄にしがみ付いた俺の体が斜めに傾いて行く、更に斜めに──。おかしい、吹き飛ばされたにしては上がりすぎだ。このままではまた必殺・地獄の揺りカゴが発動してしまう、必殺というか俺を必殺できて必ず死に至らせる危険なやつだ。疑問を感じて傘の側面を見ると白い塊がこびり付いている、これが傘を押し上げているのか。

 原因は分かった、この白い塊を叩き落とすか跳ね除ければいいのだ。でも、どうやって……?俺は傘の柄に捕まったままで身動きが取れない、下手すりゃ落ちる。足を伸ばしても届きそうにない、別に俺の足が短いとかそういう事では断じてない!という事は──。


「神の剣さまー!たちけてー!!」


 いつもの流れとなる。とりあえず神の剣と叫んでおけばなんとかなるという、この甘くて緩い考えをそろそろ叩き直しておくべきだとは思う。だけど現実は中々がそうも行かないようだ。俺は叫ぶぞ、何度でも!こいつらが居れば俺は救世主でいられるんだ、へっへーん!

 強がる俺の前で白い物体が二つに割れる、その間から姿を現したのは神の剣だった。やったぜ俺の神の剣!やっぱりお前は最高だ!神よ神よ、ああ、神よ。信仰しますよ山ほど嫌ほど、剣もおだてりゃ木に登る、剣とハサミは使いよう。わっしょいわっしょい!

 勢いを落とした傘が静かに静止していく、助かった……。だが当然空中で止まる訳はなく、元の位置へと戻る揺り返しを感じた瞬間に俺の血の気は一気に引いた。なんだかんだで結構高いところまで上がっている、顔を横に向けるとなぜか黒い地面が見えた。これって前の時と変わらないぐらい上がってるよね──?


「ひやぁああぁああ!?」


 死を覚悟した俺は必死で傘の柄を握り締める。最悪、嘔吐で済めばいいがそれ以上の生理現象に襲われる危険性があった。少し前に俺、水飲んだよな……?色々な悪い予感と嫌な酔いを既に感じて頭の中がパニックになる。ヤダヤダヤダ、ヤダー!?


「ひやぁああああぁあああ!?」

「救世主さん、お願いですから言葉を話して下さい」

「……ひゃ?」


 妙に冷めた声が聞こえた、これは幻聴か何かだろうか。それともジョーシさんが心の声を使って俺に話しかけているのだろうか……?ああ、きっと夢だ。俺は気を失ってそんな声を聞いてしまっているのだ。でも夢ならもっといい想いをさせてくれてもいいはずだ、だって夢なのだから。

 俺は温もりを探して目を見開くと、傘の柄に接吻している自分に気付く。そして風景が余り変わっていない事にも──。俺は傾いた姿勢のままだった、これはこれで危険極まりないが少なくとも落ちてはいない、振り回されてはいないのだ。

 安心感で魂が抜けそうになる。ああ、生きてるって素晴らしい。とりあえず俺は傘の柄に付いた唾液を袖で拭き取る、すると柄に浮かび上がった鳥肌のようなものが消える。器用な剣だ、そんなに照れなくてもいいのに──。

 視線をそのまま柄の先へ向けると、そこには何かが絡み付いていた。見慣れた銀色の棒だ。今度はその棒を目で追うと、天井から覗いたメガネな視線と目が合った。ああ、ジョーシさん、夢じゃなかったんだ。


「大丈夫ですか?気を強く持って下さい」

「うん、もう大丈夫だ。……大丈夫じゃないけど」

「まぁ、そうですね」


 ロクな状況ではなかった。傘に変形した剣の上で水平以上の角度で釣られ、その柄にしがみ付いてお小水をちびりかけている。更には揺られてもいないのに酔った気がして軽いメマイと顔面蒼白。断言しよう、何一つ大丈夫ではない。

 だが、助かったのかもしれない。声が届く、前よりも天井の穴が近いせいか叫ばなくても会話が出来る。その分、高い場所に居る訳だがそれは一旦置いておいて……。


「ジョーシさん、剣を貸してくれないか」

「……無理です」

「え」


 なぜ?こんなひどい状況におちいった俺が頼んでいるというのに。それ以上のどんな理由があるというのだろう……?

 実は穴の上では壮絶なバトルが繰り広げられていて、だから渡す事が出来ないのだろうか。この地下の黒幕は俺たちの帰りを待ち受けていて、頭上では今もキョウシちゃんが剣で激闘を繰り広げているのだろうか。

 もしくは大きな地割れか何かが起こっていて、それを支えるのに剣が必要なのかもしれない。更にもしくは俺が姉妹のどちらが好きかで姉妹の間で口論になり、剣がその間に入って止めているのかもしれない。それは無いか。

 どれにしろジョーシさんのその落ち着き振りから、全て当たらずといえども遠からざる、つはり遠いのは分かった。どれも無いだろう、じゃあなぜ……。様々な疑問に頭を悩ませながら、俺はなんとか言葉をひねり出す。


「な、ナズェ……?」

「それはその……、既に使っているからです。その傘みたいなのを支えてるのがボクの剣ですよ」


 あ、そういう事か。これがジョーシさんの剣で、あれ?じゃあ犬の剣はどこへ行ったというのだ。てっきり白い塊を斬った後に穴の方へ伸びたと思っていたのに。俺が周囲を見回すと、居た、あっけないぐらいに。俺の頭の上には、フワフワ浮かんでまるで俺を見下ろすようにしている剣の姿があった。

 このクソ犬の剣め、俺を捨てたのか守ったのかどっちなんだバカ野郎!──と叫びたいのは山々だったが、ようやく三本の剣が揃ったのだ、ここで怒って帰られたのでは意味がない。俺は努めて平静を装うと、小さく頭を下げて言った。


「ああ、ありがとうございます。神の剣よ……、いてっ」


 頭に軽く痛みが走る。それはいつもほどの威力は無かったが、神の剣の一撃だった。やはり俺が叫んだのを覚えていたようだ、嫌な神だ。

 だがここはしっかり頭を下げておく、敬謙な信者を装っておく。やっとこんな状況からおさらば出来るんだ、俺は家に帰るんだ!


「仲が良さそうなのはいいんですが、そろそろ逆らうのをやめてここへ──」

「そうだ!俺は行くぞ直ぐそこまで、マッパで!」

「……」


 俺の言葉にジョーシさんが無言のまま天井に消えた。どうやら俺は少し言葉を言い間違えたらしい、マッハで行くと言いたかったのだがマッパ(真っ裸の略)と言ってしまったらしい。良くある間違いだ、致し方ない。

 どの道、都合が良かった。この三本の剣を天井の穴に引っ掛けるのだ、ジョーシさんには穴の周囲から離れていて欲しかった。そうだ、全ては計画通りだ。……開き直って全裸で行こうかと思ったがさすがにやめておこう。


「えっと、神の剣さま、よろしいですか?俺をあの穴にブラ下げて欲し──」


 珍しく敬語を使って話しかけているというのに、犬の剣は俺を放って飛んで行く。どうして欲しいのだこの剣は、一体何が気に食わないのだ。

 剣を目で追うと何やら風を切る音が聞こえた、そして黒い物体とそれに向かう神の剣が変形する。

 この流れは良く知っている、少し前にもあったと思う。続いて金属の擦れ合う音とその周囲にばら撒かれる黒い破片、何かが急速に近づいて来て俺は笑顔でそれを迎える。


「やぁ、いらっしゃい」


 白い塊は俺を捕らえるとそのまま強く押していく。一瞬死を覚悟したが、それは俺の体を貫きはしなかった。それどころか思った以上に柔らかい感触、そしてこの弾力。この抱き心地には覚えがあった。

これはもしかして──雲?


「い……痛い痛い痛い!」


 白い雲は俺を傘へとギュウギュウ押し付ける、何が狙いだこの雲は!?巨大な白い犬に全力でプレスを受けているようなこの感覚は、思った以上に迷惑だった、ちょっと飼い主出て来い!

 とりあえず神の剣に対処をお願いしようと目を上げると、顔の前に剣が浮かんでいた。フワフワと、まるで俺を見下ろすように。何やら嫌な感じだ、”助けて欲しいんだろ?ほら、叫べよ。ほらほら”、とでも言われているようだ。


「……ぐぐぐ」


 俺が剣とのにらみ合いを続けていると、背後で何かが動いた。背後……?いや、背中そのものと言ってもいい。つまりは背中を覆っている傘が揺れてズルリとそのまま──。

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