回想終わりの件
「さぁ、行きましょう」
食事を終え、更に洞窟の奥地へ足を踏み出すジョーシさん。
それとは違う方向へ、明るい光を灯した馬車が遠ざかっていく。
長い休憩時間のお陰で足の痛みもすっかり引いて、
飯も食ったし体力万全。
ジョーシさんの力があれば、きっと俺たちは目的地へ辿り着くだろう。
そして何がしかの目的を達成するだろう。
それは救世主である俺にとっても意義ある事のはずだ。
そんな俺が願う事はただ一つ。
帰りたい……。
太陽の下に出たい、日の光を浴びたい。
いつまでもこんなジメジメした地下でモグラみたいな事してられるか!
そんな俺は救世主、
太陽の下で神のクワを振り回し額に汗して働く男、
そんな姿が一番似合う男。
それが本当に救世主かって?
うるさい、俺は救われるんだ!
「あっ……」
「あ、ごめん」
考え事をしてたら前のジョーシにぶつかってしまった、
ちょっといい匂いがした……。
うわ、凄く睨んでる。謝ったのに、ごめんって!
「気を付けてください。さっき説明した通りボクの体は凄くびん……デリケートなんです」
「ビン……?」
ビンテージ=ただ古いだけでなく、年月を経て熟成されたものを言う。
「デリケートなんです!」
「はぁ……」
何を怒っているのか、
そしてどう見ても俺より若いはずなのにビンテージな体とはこれいかに。
ランプの薄い光の中だが、暗闇にとっくに慣れた俺の目には分かってしまう。
歩く度にローブのすそから白い足が見え隠れし、後ろ足のラインがうかがえるのが。
その上に女性らしさを主張する曲線が足の交差の度にクネクネと……、おっと俺は何を見ているんだ。
ジョーシさんがデリケートとか敏感とか言うから意識しちゃうじゃないか!
いや、ビンテージだった。
ああ、またちょっといい匂いが……。
「うおっ」
危なくまたジョーシさんにぶつかりかける、
振り返るジョーシさんの視線を回避。
しかし枝分かれの多い洞穴だ、思わずため息が出る。
「はぁ……っはぁ……っ」
「うん?」
ジョーシさんの息が荒い、疲れた?急に。
悪い物でも食ったのか。
いや、料理は取り分けられただけで俺も同じ物を食っている。
ああ、夕食は何かなぁ……。
2本に分かれた道、その片方へ足を踏み出すジョーシさん。
少し落ち着いて来たようだ。
良かった、ちょっと気分が悪くなっただけだろう。
そしてもう一方の道へ足を踏み出すジョーシさん。
「あっ……!はっ、はぁ……っ!こっち、です……」
急に妙な声をあげ出すジョーシさん、何があった。
今何かあった!?
胸を押さえ、顔や耳を真っ赤にしたジョーシさんが無理に平静さを保とうと声を低めて言う。
「どうしたんですか……?早く、行きましょ……うよ」
そうだった、こんな流れだった。
随分長い回想になってしまった。
まさかこんなにかかるとはなぁ……。
いや、問題はそこじゃない。
確か口が入り口とジョーシさんは言っていた。
なら今は一体どの辺りなのか、そしてゴールは一体どこなのか。
爪先?それともやっぱり、口から入ったものはその……。
水分か!?固形物か!?この違いは大きいぞ!
大きいし色々まずいぞ!
「あっ」
ああ!ジョーシさんのデリケートでビンテージなお体が声を上げて……。
「なんだお前らか」
足元に錆人間たちが横になって並んでいる。
こんなややこしい時に出て来るな!
神のクワを振り上げジョーシさんの前へ飛び出す。
そして手前の奴に振り下ろす!
そんな俺に光が届くよう、ジョーシさんがランプを高く上げ……下がった。
振り返るとそこには、膝を抱え声を押し殺して熱い吐息を落とすジョーシさんの姿が……。
うひゃあ!どうすりゃいいんだよ!?
神のクワを振り下ろす!
ジョーシさんの切ない吐息。
神のクワを振り下ろす!
ジョーシさんの小さなあえぎ。
ダメだ、このままでは俺の敏感な部分もビンビンに感じてしまう。
色々な限界を感じた俺は、錆人間を放置してジョーシさんに詰め寄る。
「ジョーシさん!」
「……はあっ、はぃ……」
ランプに照らされたジョーシさんの耐えるような表情、赤くなった頬、うるんだ瞳。
そう、言うべき事はただ一つ。
「俺とけっこ……帰りましょう」
「けっこ、かえる?」
2つになった、なぜか増えた。
違うぞ落ち着け。
「けっこう急いで帰りましょう」
「……いや、です。この、先に……何か、はぁっ……ふぅ、あるんです。そこまで、いか、いかないと」
その何かは何で、どの部分なのか?
水分か、固形物か。汗か涙か友情か!?
ジョーシさんが俺の体を押しのけ……られず、
自分が横にずれて一人歩み出す。そして小さくあえぐ。
なんなんだ……、俺はどうしたらいい。
どうしたらいい……神のクワ。
どうしたらいい錆人間……。
どうしたらいい、キョウシちゃん。
ちょわわー!
ハッ、これだ!
「俺が掘ります!」
「……はぃ?」
立ち止まったジョーシさんがゆっくり俺を見る。
その湿った瞳、赤い頬、キスしたい。
だから違うって。
「このクワで掘ります、地下への穴を。その何かへの道を」
「……えぇと」
言葉の意味を理解しようと、ジョーシさんのうるんだ瞳がみずみずしく宙を泳ぐ。
言葉の意味が理解できずに、神のクワがハテナマークになる。
空気を呼んのか、錆人間たちが静かに俺たちを見ている。目障りだ。
「それは……ひゃっ!?」
それでも言葉を捜すジョーシさんに埒が明かないと見て、
強引にその体を両手で抱える俺。
「けっこう急いで帰ります」
「えっ、えっ!?」
俺は走り出す、ジョーシさんの体を抱え地上へ、光へ!
「そっちじゃないです」
俺は戻る、ジョーシさんの支持に従い分岐点へ。
それからどっちへ!?
「左です」
俺は走る。置いてきた神のクワがフワフワ飛んで来るのを横目に。
その背後から来ているのであろう錆人間の足音を耳に。
「次を右です、……多分」
「多分!?」
俺は走る、諦めたのか大人しくなったジョーシさんの体を抱え、多分地上へ。
多分!?
「仕方ないでしょう。こんなに揺れたら分かる物も分かりません。言ったでしょう、デリケートだって」
俺は走る、お姫様抱っこのように抱えたジョーシさんが揺れにくくなるように両腕に力を入れて少し浮かせて。
しかし、これは腕が辛い……。
「っていうかさ、もう自分で歩けますよね?俺もう疲れた!」
「ダメです!」
ジョーシさんを地面に置こうとする俺、の首に両手を回ししがみつくジョーシさん。
顔が近い、何だこの展開。
「奴らが追ってきます。救世主さん助けて!」
背後を見る、そこに神のクワと錆人間たち。
錆人間たちも背後を見る。おい、きっとお前らの事だぞ。
やれやれとジョーシさんを抱え上げる俺。
珍しく口元をゆがませるジョーシさん、ずれた眼鏡を直す。
「走れー!」
抱えられた足をパタパタ動かすジョーシさん、すっかり子供に戻っている。
急にどうしたんだろう、揺らされすぎて変なスイッチが入ってしまったのか。
腕の中でケタケタ笑うジョーシさん、本来こういう子なのかもしれない。
腕が痛いから余り動かないで……。
その後のジョーシさんの支持は的確だった。
「真っ直ぐです、真っ直ぐ!道も覚えてないんですか?ボクもです!どうしたんですか、速度が落ちてますよ。しっかり走って!あ、じゃあ次は右で、その次はー左にしましょうか。じゃんけんで決めます?両手が塞がってますか。じゃあボクが一人でジャンケンポン、ひだりー!……フフフ、楽しいですね救世主さん。辛そうな顔しないで下さいよ。ボク軽いでしょ?痩せの大食いって姉達から羨ましがられてて。ジャンケンポン、みぎー!ってあれ?さっきこの道通りませんでしたっけ?気のせいですね。大丈夫ですよ、道に迷ってもちゃんと見つけて貰えジャンケンひだりー!」
「ひぃ……、ひぃ……」
息絶えだえな俺の前に広がるまばゆい光。
「地上、ですかね」
感覚のなくなった腕からジョーシさんが抜け出す。
「あーあ、ついちゃいましたね」
なぜか残念そうなジョーシさん、俺を残して光の方へ。
「ひぃ……、ひぃ……。ひぃ……か、りぃ……」
見かねたのか神のクワが俺の手に収まりに来る。
杖をつくようにそのクワで一歩一歩踏み出し念願の地上へ……。
「あ、姉さん」
「えっ、どうしたのこんなところで」
ジョーシさんの声と共に聞きなれた声が。
姉さんと言ったか?ジョーシさんのお姉さん……?
そして聞きなれたこの声。
俺とその体重を放置して、神のクワが光と声の方へ飛んでいく。
そのまま地面のベッドにダイブした俺は、
視線の先に懐かしい顔を見つける。
安堵と共に脱力した俺の目に映ったのは、光の中から俺を覗きこむ。
キョウシちゃん……。
目が不調のせいで更新が遅れます……。




