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剣の長い帰路

「救世主さん、何かが動き出したようですね」

「ああ、そうだな……」


 確かに変化は起こっていた。この場所からも次々と天上人が押し寄せる黒い塊の方へと走り出していたのだ。だが、それだけでどうにかなるとは俺は到底思えなかった。この流れに乗って俺たちも何かしなくては──。


「救世主さま、どうしようか。あの人たちと一緒に戦う?」

「ちょ、ちょっと待って……!」


 素直に、行こう!と言えなかったのは、キョウシちゃんがただ戦いたいだけというのが分かったからだ。剣をした手がムズムズと動いている。そしてこの子がこんな状況の中で戦うとロクな事にならないのだ、きっと敵も味方も見境なく攻撃して更に混乱をまねくだけだろう。

 それが今までの経験で俺が学んだ事だった。しかし、他にどんな方法があるのだろう。


「ジョーシさん、どう思う?」

「……」


 俺の問いかけにジョーシさんは僅かに口を開いただけだった。言葉を待ったがその口は呼吸をしているのかも定かではない。何かが動き出してはいたが、それだけでは足りない。もっと決定打になるような何かが必要だった。

 ソッと遠くに目をやると天国が黒に侵食されている。それは着実に、そしてかなりの速度で進行しているようだ。


「ちょっと貸してね」

「え」

「そういえば思い出したんだけどさ、私がこうやって回ってたじゃない?」


 キョウシちゃんは俺からサッと剣を奪うと、両手に持ってクルクルと回り出した。戦闘狂の血が騒いだのだろうか。剣を取り返したかったが、俺的にはこの子の方が黒い塊より思い通りにならない。


「あの時に足がちょっと浮いたのよね。これって何か使えないかな?」

「え……、えっと。ジョーシさん?」


 キョウシちゃんという危険物の取り扱いでプチパニックに陥った俺は考える余裕も無く、思わずジョーシさんに助けを求める。すがる相手を間違えているだろう、すっかり口数が減って絶望的になっているようだ。

 だが俺のそんな心配をよそに、ジョーシさんはサッと姉の方を見ると抑揚のない声で言った。


「姉さん、それって足が浮いた後にどうやって回転するんですか?」

「あっ……ああ。いや、その。いやぁ~ねぇ、もうっ。ちょっと足が浮くって事を思い出しただけじゃない、あははは」


 キョウシちゃんは誤魔化すように笑うと、ピタリと回転を止めて俺に剣を返した。もしかしたら飛べるんじゃないかと思った俺は安心すると同時に少しガッカリする。どうやら回ればなんとかなるという訳でもないようだ、非常に残念だ。

 うん?回る……?その時、俺の中に何かが引っ掛かった。回るだけで浮く事が可能なら、剣だけで回って貰えばいいじゃないか。今度は俺からキョウシちゃんに剣を手渡す。


「キョウシちゃん、風車剣だ」

「え……?それって~、1?2?それとも救世主さまの言ってた竜巻何とかっていう──」

「持って走り回ってたあれ!」


 あぁ……、と手ごたえのない声でつぶやくと、キョウシちゃんは二本の剣をまとめて持つと頭上へとかざした。剣は見る見る間に伸びて回転を始める、これならどうだろう。キョウシちゃんが浮いても問題ないはずだ。

 キョウシちゃんは、それで?とでも言うように俺の顔を見ている。どうやら趣旨が伝わっていないようだ。さっきは自分で足が浮いたって言ってたのにこの子は……。


「姉さん、剣に角度を付けて下さい」

「あ、そうなの……?」


 たちまち風が巻き起こった。その風は姉妹のローブを激しく揺らしたが、残念ながらそれ以上のラッキーな何かを俺にもたらしてはくれなかった。そしてローブ程度も巻き上げられないのなら、自ずとこの作戦が失敗だという事は姉妹の足首を真剣な目で見つめる俺にも分かった。

 風、頑張れ。じゃなかった。神の剣、頑張ってくれ──。だがそれは俺たちに爽快感のある風を送り続けるだけで、思ったような結果にはならなかった。


「キョウシちゃん、もういいよ。ありがとう……」

「ん?うん……」


 キョウシちゃんは最後まで、それで?という顔のままだった。剣を俺に手渡すと、乱れた髪を整え出したのだった。作戦は失敗だ、剣だけの力では浮きもしない。

 ただ風が気持ちが良かっただけ──。うん、それでいいじゃないか。


「あの、救世主さん……」

「風が気持ち良かった。そうだろ?それだけいいんじゃないのかな!なぁ!?」

「……何の話をされてるんですか。それより、一つ案があるんですが」


 その言葉を一番待っていたのは俺かもしれない。山が動いた、そんな感じがした。俺はジョーシさんに詰め寄るとこれ見よがしに耳を近づける。さぁ聞かせて貰おうか、天才軍師の作戦とやらを!


「ただ、成功する確率が低いので余り言う気はしなかったんです。それでも他に方法がないのなら試してみるしかないかと思って……」

「うんうん、それで!?」

「余り期待されても困るんですが……」

「してないよ、全然してない!で、どうするの!?」


 俺が更に耳を近づけるとジョーシさんは黙ってしまった。そんなに俺の耳の穴が汚かったのだろうか、そういえば長いこと耳掃除をしていない。それに気付くと俺は恥じらいを交えた表情でジョーシさんから少し距離を取る。


「救世主さんがここへ上がって来た方法と同じです。神の剣に杖の形になって貰い引き上げる、3人一緒には無理そうですが一人ずつなら何とかなるかもしれません」

「ああ──」


 そうだ、その方法があった。なぜ気付かなかったのだろう。しかしこれで光明が見えた、上についたら小指でいいから耳掃除をしよう。

 そうか、杖でいいのだ。杖をこの天井に──。俺は天井を見上げると異様な違和感に体が震えた。この作戦の穴というか、そもそも穴がこの天井には……。


「で、その杖をどこに引っ掛けるの……?」

「それは……、まぁあそこしか無いですよね」


 そう言ってジョーシさんは指を天井へ向けた。その先にはやはりと言うか俺たちがここへ落ちて来た最初の穴があった。小さな小さな天井の染みのような穴だ、あんな物にどうやって剣を引っ掛けるというのか……。


「あの、えっと……。ジョーシさん?」

「確率は低いと言いましたよね?期待されたら困るとも言いました!」


 なぜか怒られている、なぜだ。とりあえず耳掃除は小まめにしようと思う。そして俺が小指を耳の穴に突っ込んだ時、思いがけない方向から声がした。


「じゃあ、それ。やってみよっか」

「姉さん……?」

「え、キョウシちゃん……?」


 作戦会議になると存在感が急に薄くなるキョウシちゃん、なぜかひどく乗り気のようだ。考えるより体を動かした方が早いタイプなのだろう。

 そもそもこの子には作戦なんて流暢(りゅうちょう)なものは要らないのだ。だって斬った方が早いもの。とりあえず遊びたいといったオーラを滲み出して、キョウシちゃんは俺たちから無言の承認をつかみ取った。

 諦めたようにジョーシさんが姉に短剣を渡す。そしてキョウシちゃんは自分の剣を妹に手渡すかと思ったが、そのままソッと宙に浮かべた。


「細かな方向はこの剣に任せればいいんでしょ?よろしくね」

「あ……、確かにそうですね」


 バカの剣はその場で返事をするかのようにクルリと回転した。その姿は尻尾を振る犬のようだ、俺の時と態度が全然違う。

 とにかく剣を伸ばせばいいのだろう、細かな方向はその犬の剣がやってくれるらしい。これなら恐らく問題ない、俺たちは地上へ戻れる。そしてあんな黒い塊の大群とはおさらばだ、へっへーんだ!


「救世主さま、ニヤニヤしてないで一緒に支えて」

「へっへー?……はい」


 剣を地面に突き立て、天井の小さな穴に向けて斜めに傾ける。それを俺とキョウシちゃんが二人で支えるように持った、なんだか変な感じだ。俺のニヤニヤ顔と違ってキョウシちゃんの表情がすこぶる険しいのも気になる。……お腹減った?


「これ、ちょっと厳しいかもね」

「やはりそう思いますか……」

「……え?え?」


 一人理解の追いつかない俺を置いて、キョウシちゃんが祈るような声で神の剣と呟く。すると剣は勢い良くグングン伸び出した、それまでの鬱陶しい気分を吹き飛ばすように高く早く上空へ上がって行く。その剣の伸びた先に俺たちの勝利と栄光のようなものがあった!実際は逃走と帰宅だが。

 いいぞ、行け行け神の剣!剣はどこまでも伸びて行く、その下に広がる黒く染まった風景を忘れさせてくれるように。剣はそのまま上空を割るように一直線に伸びて行き、既に今までにない長さへと達していた。しかし、そんな高揚感は手元の重圧によって苦々しくも妨害される。


「お、重い……」

「しっかり押さえて、救世主さま!まだまだこれからよ!」


 剣が重みを増していく、どういう仕組みか分からないが伸びれば伸びるだけ重くなるらしい。そういえばそんな感じだったような……?ここの神は随分いい加減だからその辺の勘定が良く分からない。

 心の中で軽くなれ!と思う存分に願ってみるが、重い。とてもじゃないがこれは無理だ。さらば俺たちの勝利と栄光、こんにちは敗北と挫折。腕が痛い腕が痛い、もうダメだって!無理無理、ムーリー!


「これは……、ダメそうですね」

「救世主さま、手を離して。諦めましょ」


 そう言うとキョウシちゃんはスッと手を離した、その瞬間に俺も剣から手を離す。一瞬だったがその重みはそれまでの数倍以上のものだった。思わず熱っ!?と言うような痛みが腕を伝って全身を駆け巡り、俺は思わず手を離したのだった。

 キョウシちゃん、君は一体どんな腕力をしてるの……?


「このまま一撃食らわしちゃって~」

「……まぁそれもいいでしょうね」


 俺が自分の手をフーフーしていると、何やらのんきな姉妹の会話が耳に入った。釣られて顔を上げると、上空へ高く伸びた剣が空を真っ二つにするように傾いて落ちて行く。そしてその下に広がる黒い風景の上へと叩きつけるように落ちた。

 一瞬だが黒い平面が真っ二つに割れる。さすがは神の剣、その威力に惚れぼれする。だがどうも斬ったのは黒い塊のみではなかったようだ。それと戦っていた(?)らしい天上人たちもまとめて斬ってしまったらしい、一斉に彼らが振り返る。

 これにはさすがの天上人たちもその穏やかな表情を歪ませた、……怖い!

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