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剣の黒い棒

「姉さん、少しは学習して下さい。あれはいくら斬っても無意味ですから」

「分かったってばぁ~」

「救世主さんも自分の意見に自信を持って下さい」

「はい……」


 なぜか俺まで怒られた、理不尽だ。しかしそんな事より気になる事が……。


「あれって大丈夫なのか?」

「……何やら活性化してるようですね」

「怒ってるのかな?」


 俺たちは逃げていた、といっても大して動きの早くない巨大な黒い手からだ。余り緊張感もなく歩いて距離を取っていたのだが、それでも徐々に怪しくなって来る黒い手の動きは既に放っておけないものになっていた。

 怒っているのか凍えているか、良く分からないがブルブルと震えているのだ。そして荒い砂を混ぜ合わせたような音を発しつつ更に大きくなっている。不穏な動きだ、何か良からぬ事が起ころうとしてるのでは──。

 そしてもう一つ問題があった。誰も口にはしなかったが、俺たちはどこへ向かっているのだろう。とりあえずで逃げているのは確かだが、そこにちゃんとした目的地がある訳ではなかった。逃げる場所も向かうべき場所も、俺たちは完全に見失っている状態だったのだ。

 足が重く感じる、人生に迷いを感じたような良く分からない不安に襲われる。俺たちは一体何をしているのだろう──?

 フと上空を見上げると黒い塔が目に入った、木炭人間の塔だ。それは天国まで伸びていて、相も変わらず焼かれた木炭が空から落ちている。望みがあるというのはいい事だ。少しばかり羨ましく見えはしたが、焼け落ちるのだけは勘弁願いたいところだった。


「……あれって俺たちでも登れるのかな」

「えっ」

「分かりませんが、行けるかもしれません……」


 何気なく発した言葉だったが、ジョーシさんの返答には何か決意めいたものが含まれていた。正直、俺も登れるとは思っていないし登りたくもないのだ。だから素直に驚いてくれたキョウシちゃんの反応が正解です。

 不吉な予感と共にジョーシさんに目をやると何やら厳しい目で背後を睨んでいる。その視線の先には当然だが巨大な手があった。俺たちがどうでもいい事を話している間にフッと消えてくれれば良いいに、生憎そうは行かないようだ。それどころか更に激しく震えている、貧乏揺すりも真っ青だ。


「……もしかして、なんだが」

「何ですか?」

「かなりやばい?」

「やばいんだと思います。かなり、というより相当」

「え……、そうなの?」


 相当やばいらしい。一人足並みの揃っていないキョウシちゃんは放置して、事態はかなり、相当、いやもっと切迫しているようだった。背後の黒い塊は震動して膨張して、今にも爆発しそうだった。

 それを確認すると俺たちはサッと歩く向きを変える、俺たちと言っても正確には俺とジョーシさんだ。それまで漠然と逃げていただけだったが、今はハッキリとその進む先をあの黒い塔へと向けていた。


「ねぇ、どこ行くのー?」


 ワンテンポ遅れてキョウシちゃんが俺たちに追いつく。そう、俺たちがどこへ行くのか、それだけはハッキリした気がする。視線を感じてジョーシさんを見ると、俺たちは少しの間目を合わせ、そのまま静かにうなずき合った。俺たちの次のゴールは──。


「帰ろう、街に。いや、家に」

「あ、そうなんだ。でも、どうやって?」

「そ、それは……」

「……」


 その疑問に俺たちは凍り付く。もっともな疑問なのだが、残念ながらその回答を俺たちはまだ持ち合わせていなかった。

 この場所が危険である事、これ以上先へは行けない事。この二つが揃った時点で既に俺たちに選択の余地はなかったのだ。それに気付いた段階で早く帰り道について考えるべきだったのだ……。そのツケが今、俺たちに迫りつつあった。

 自然と歩みが速くなる、背後から砂をこするような音がする。それは能動的で生命感のある音だったが、同時に金属質で冷たい音でもあった。少し耳障りに感じ出していたその音が、急に弾けた──。


「よけて下さい!」


 背後を振り返ったジョーシさんの声がつんざくように響き渡る。その瞬間に俺は腰が抜けたように地面にへばり付いた。頭の上を黒い塊が通過する、サビ人間の塊。それは増殖するようにどんどん先へと伸びて行く。


「なんだこれ……?」

「救世主さま、どいて!」


 キョウシちゃんの頼もしい声と共に、頭上から金属の擦れる音と激しくぶつかり合う音がこだまする。思わず顔を上げると長く伸びた黒い棒がスライドするように落ちて来ていた。


「ひぃぃ!?」


 俺は四つん這いで落ちて来た棒をゴキブリのようにかわすと、直後に俺の居た場所へズシリと重い音を立てて鉄の棒が落ちる。これはもうサビというレベルの密度ではない、ただの鉄の塊だ。斬られたにも関わらずモゾモゾと動いているその姿は新しい生命体のようにも見えた。


「姉さん、斬っても無意味です」

「そう言われてもさぁ……」

「次が来ます!」


 再びジョーシさんの声が響く、俺は反射的に横へ転がる。だが次の狙いは俺ではなかった、膨張した黒い塊は震動と共に長い指のような物体を体内から伸ばすと、今度はジョーシさんの方へと飛び掛かった。その直線上にキョウシちゃんが入り込む。

 伸びて来た棒はキョウシちゃんの前で次々と分断される、まるで手品でも見ているようだ。黒い塊を撒き散らすようにキョウシちゃんの体が揺れ動いている、だがその手元は既に目では追えない。次々と黒いカケラが俺たちの周囲に撒き散らされていく──、すると黒い塊は諦めたように棒を伸ばすのをやめた。


「姉さん……」

「斬っても意味ないんでしょ?分かってるわよ」

「ありがとうございます」

「あ、……うん」


 姉妹の仲が良さそうで風景的には悪くないのだが、生憎今はなごんでいる場合でもないらしい。撒き散らされた黒いカケラは再びサビ人間へと形を変えていく、それは俺の前に落ちた黒い棒も同じだった。昆虫の死骸に群がったアリのように、群を成したサビ人間があふれ出していく。これでは切りがない。しかも連中はこりずにまた敵意むき出しで迫って来る。


「登りましょう、早く!」

「……よし!」

「え?……え?」


 背後を警戒しながら俺たちは木炭の塔を目掛けて残りの距離を走った。果たしてこの塔は俺たちでも登れるのか、それは分からないが試してみるしか手はないのだ。最下部だけが僅かにピラミッド状になって、後はほぼ真っ直ぐに伸びた塔。そんなヒョロっとした塔が雲の高さまで続いている──。

 見上げているだけで首が痛くなりそうだ。途中で落ちたら、なんて事まで考えると気を失いそうになる。本当にこんな物に登れるのか。いや、本当に登るというのか……?

 俺は隣に立っていたジョーシさんを引きつった顔で見る、するとジョーシさんは無言で静かにうなずいた。──いや、無理ですよね?


「来るわよ」


 その声で我に帰る。我に帰りながら地面の上を転がる、もはや条件反射だった。だが、残念ながら次の狙いも俺ではなかった模様。命知らずにもキョウシちゃんの方へと真っ直ぐ伸びた黒い棒は、キョウシちゃんの見えない手元でこま切れにされて──と、意外にも今度はスルーされてその横をすり抜けた。実際にすり抜けたのはキョウシちゃんの方だ。


「斬っても無意味、か」


 つまらなさそうにキョウシちゃんがつぶやく。その姿は存在理由を否定され、群を追われた百獣の王のようだった。女の子に使う比喩ではないが、あながち間違ってはいないだろう。

 そんなライオンちゃんの背後で何かが弾け飛ぶ。


「あっ」

「あ……」

「え、どうしたの……?」


 弾け飛んだのは木炭人間たちだった、そしてその塔だ。黒い塊の突撃を受けてパッカーンと子気味よく吹き飛ばされていく、ついでに俺たちの計画も子気味よく吹き飛ばされる。

 俺たちはまたも人生迷子に戻ってしまうのか……。それでもどこか安心している俺が居たのは、こんな塔に登らなくて澄んだからだろう。いやー、無理だって。

 どうでもいいけど、サビ人間VS木炭人間の勝負はあっけなく結果が出たようだ。


「……」


 それでもジョーシさんはまだ空を見上げていた、その横顔は悲しんでいるようにも見える。だが俺たちは先へ進まなければいけないのだ。それが先なのかは分からないが、別の可能性へと向かわなければ。俺は自分に言い聞かすようにそんな言葉をかみ締めていた。

 するとジョーシさんは見上げたままでつぶやくように口を開いた。


「まだ大丈夫です、登りましょう」

「……はい?」

「さっきから何の話をしてるの……?」


 ジョーシさんの視線を追って見上げると、そこにはまだ塔があった。吹き飛ばされたのは最下部だけだ、そこから上はにはまだ細長いものがユラユラと揺れながらそびえ立っている。だがそれはもう塔と呼ぶには心許ない、ただのぶら下がった縄のようだった。

 ……いやいや、無理だって!さっきよりバランス悪そうだし、登るにしたってサビの塊に破壊されたせいでつかめる場所は遥か頭上だ。身長が二倍ほど足りない。一体どうするっていうんだ。

 ジョーシさんはその手の短刀を地面に突き刺すと、柄に足を掛けた。そして覚悟を決めたような顔で頭上を見上げ、静かに口を開いた。


「神の剣」


 剣はジョーシさんを乗せたままスルスルと伸びて行く。その姿は俺が頭上の天国で巨木に登る為に使った手段であり、危険だから二人が使わなかった手段だった。でも速度が俺の時より遅くない?

 ジョーシさんはそのままサビ人間の塔へと飛び移る。塔はその影響でユラユラと揺れはしたが、崩れたりはしないようだ。これなら行けそうだ、え、行けそうなの……?

 ジョーシさんの剣はスルスルと元の長さに戻ると、そのまま浮かび上がってジョーシさんの胸元に納まった。


「大丈夫そうです。来て下さい!」

「……お、おう」


 そうは言われたが、俺は全く行く気がしなかった。まず飛びたくないし、俺たち三人がしがみ付いても大丈夫なのかも分からないし……。だがそれも試してみるしか手はないのだ。でもこういう天国へ続く縄みたいなものって、欲張らない方がいいんじゃなかったっけ……?

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