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体質の件

笑い疲れ、グッタリと横になったジョーシさんを悲しい気分で眺めている。

たまにビクンビクン震えているのは、

笑いすぎてどこかの筋肉がおかしくなったせいだろうか。


顔の表情全てがだらしなく間延びして、

いつもの凛としたジョーシさんの面影が一つもない。

唯一、眼鏡だけが光を反射して、

その酔っ払いのような生き物がジョーシさんである事を主張している。

……光。



いつもの無口なオヤジが俺の前に料理を並べていく。

そう、あの光は馬車の物だった。

教団の馬車の。

一体どうやってこの場所が分かったのか……。


そういえば俺が転んだ時、その足元に錆人間が居たらしい。

俺に細切れにされるのを待つように横になっていたという。


確かに奴らは俺の所へ寄って来るらしいが、

仲良く一緒に来たって訳じゃないよな……?


それはさすがに問題あるぞ。

救世主たる俺の存在意義に関わってくる。

俺は一体何から何を守っているのか、

訳が分からなくなってくる。

死活問題だ。


そう、俺は救世主なのだ。

神のクワを振り回す偉大な農夫のようなもの。

んー……、あながち間違ってないから困る。



ちなみに足元に居た錆人間はさっさと細切れにした。

ジョーシさんにあざ笑われながら悲しい気分で……。


少々手荒くやってしまったせいか、

馬車が通れないほどの穴を作ってしまったのだが。

無口なオヤジは何も無かったようにニコニコと笑っていた。

光の正体が馬車と知り、絶望した俺の前で物怖じせずに。


このオヤジ、只者ではない。


そんなオヤジと二人で、

息絶えだえで「戻して」だの「あっち」だのとつぶやくジョーシさんを分岐点まで運び、

今に至る訳だが……。



教団の魔術師、この人は一体何なのか。

救世主たる俺は一体……。

そして神の剣、というかクワ。

もう、まとめて全部何なんだよ!?


先が折れ曲がりクワの姿がすっかり板についてきた神の剣。

この切れ味があれば、俺の畑も随分楽に耕せるんだが……。


あの痩せた土地で、泥と汗にまみれた暮らしが懐かしい。

裕福ではないし体もきついが、貧しいながらも慎ましいというか……。

どこかで聞いたなこの台詞。



そんなくだらない思い出話は置いといて、飯だ!

無口なオヤジが俺とジョーシさんの前に料理を並べ終え、馬車へと戻っていく。

いい匂い、家に居たらこんな料理ありつけないぞ。

安っぽい郷愁は捨てちまえ!


「旨い!」


硬い大根に硬いごぼう、干物のトビウオ、串つき肉の燻製……。

最近、ますます料理が硬くなってきている気がする。

旨いからいいけどさ、救世主の歯が試されているのだろうか。


「教団の好みです」


いつの間にか天国から帰還していたジョーシさんがそう言って飲み物を口にする。


「……お帰りなさい」

「ボクはずっとここに居ましたが?」


やはり冗談が通じない。

しかしあんなだらしない顔を見てしまっては、まともに話す気にもなれない。

ある意味、全裸より恥ずかしいものを見てしまった気がする。


「神の剣を信奉する我々は、それに似た姿や硬い物を愛するのです」

「だからいい物ほど硬い、と……」

「そういう事です」


ありがたいようなそうでもないような。

何にしろ、まだ教団は俺を神聖視してくれているようだ。

丈夫な歯に物を言わせ易々と咀嚼する俺。


「なので、もしあれをうちの教祖が見たら気が変になるかもしれません」


ジョーシさんの視線の先に神の剣、クワがある。

その姿は教団が信仰する巨大な剣。

雲を突っ切る程の大きさを持ち、それが山に突き刺さって人々を見下ろしている。

見る者に畏怖や畏敬の念を感じさせざるを得ないあの剣と形だけは同じ……じゃない。

ただのクワですね。


確かにこんなグニャグニャ曲がるおかしな物体を見たら、教団の人間じゃなくてもおかしくなるだろう。

ん?じゃあ、あのオヤジは……。


「あいつは信者じゃないのか?」

「はい?……ああ、彼は大丈夫です。ちゃんと人は選んでます」


俺たちの視線に気付いたのか、無口なオヤジが笑顔で会釈する。

あのオヤジ、やはり只者ではないようだ。



俺の前でジョーシさんも食事を始める。

前より食べるのが遅いのは、それほど腹が減ってないせいなのか。


「聞いてもらっていいですか?」

「え、何を?」


食べながら話すのは代謝が悪いとかどうとか。


「先ほどの失態についてというか……、ボクの体質の話です」

「はぁ……」


人の些細なミスを腹抱えて笑った挙句、疲れて動けなくなる体質。

そんなもの聞かされても古傷が痛むだけだが。


「聞いてください、小さい頃の話です。ボクはよく父と一緒に布教の旅に出ていました。それは決して楽しいものではなく、ほとんどが苦痛でした」


確かに教団は余り好かれていなかった、変人の集まりだとか言われてたっけ。


「途中、よく道に迷い、この様なほら穴や森に迷い込みました」


……それは単に方向音痴なだけなのでは。

もしくはこんな場所がよそにも山ほどあるのか。


「物を記憶する方法はご存知ですか?……いえ、すいません」

「うん……?」


なぜ謝ったのか、謝られたのか。

その疑問を干し肉ともに飲み込む。


「体の痛みや刺激と共に、情報をマーキングするんです。その刺激によって思い出しやすくする。感覚と記憶の一致というんでしょうか」


うんうん、飯が旨いな。


「ボクは小さい頃にそれを教わり身につけました。建物に入る度、口に刺激を与え。正しい道を選んだ時はその刺激を首の方へ、間違えれば刺激を耳の方へ」


ほうほう、なるほどなるほど。


「あ、痛みや刺激といってもボクの場合は指で触れたりつねったりするぐらいです。本当に体に傷をつける人も居るようですが」


はっはっは、そいつは最高だ。


「そんな事を繰り返す内に、分かるようになってしまったんです。今、自分がこの森の・建物のどの辺りに居るか、体の感覚で。恐らく経験と勘がそうさせたのでしょう」


うんうん、話が長いなぁ。


「それ以来、父とボクが命の危険にさらされる事は激減しました。布教の方はかんばしくなかったですが……」


よし、そろそろ運動でもしようか!


「だからボクは別に救世主さんを笑った訳じゃないんです。救世主さんが道をそれて、その……脇の方へ行ってしまうのでくすぐったくて、つい……」


ついつい、あるあるー。


「分かって貰えましたか?」

「え、何が?」


ジョーシさんの言葉が詰まる、何かを探るように目が宙を泳ぐ。

長期戦を意識したかのような長い息を吐きこう言った。


「さて、どこから話しましょうか」


それは出来の悪い愛弟子に何かを諭すような態度だった。

そしてその後、ジョーシさんは俺とのディスカッションに数十分を費やすのだった……。



「凄いじゃないか!やはり魔術師だ!」


興奮する俺とは対照的に、冷めた目ですっかり冷え切った料理を口に運ぶジョーシさん。

俺なりにジョーシさんの言葉をまとめてみる。


「体にマーキングを……分かりませんか。例題です、あなたが食べた大根は三本です。手のひらに3と書いて下さい、覚えやすいでしょう?次にあなたが食べたのはニンジン一本です。今度は腕に1と……はい?ニンジンが嫌い。いや、そういう話じゃないです。とりあえず書いて下さい。嫌な顔しないで!では、あなたが食べた大根は何本でしたか?……は?ニンジンがまずくて忘れた。……だからそういう事では無いんですが……。はい、ニンジンが食べられれば今居る場所が分かるように、なりませんよそんなの!脇でニンジンを食べるって何を言ってるんですか!本当に食べられたら今居る場所が、分かるでしょうね!そりゃそんな事できたら何でも分かるでしょう!……もういいです!魔法です、ボクには全てが見えるんです!」


凄い、やはり魔術師って凄い。


「で、今居る場所は体でいうとどの辺りなの?」

「……理解してるのかしてないのか。バカにしてるなら怒りますよ!?」


そして怒ると怖い。

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