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剣の進軍

 道幅が急速に狭まっていく、神の剣でもさばき切れない量のサビ人間が湧いて出ている。

 ジョーシさんが振り返り俺の方へと手を伸ばすが、その手をつかんだのは俺ではなく黒い手だった。そしてジョーシさんの足もつかまれてしまう。

 上手く行くと思った。この黒い地面の上を走りぬけ、三人で逃げ出すはずだった。いや、今もそう思っている。俺の中の俺は視線の先を駆けていた──。


「救世主さ……」


 神の剣は次々と黒い手足を切裂いていた。だがそれ以上に増えていくサビ人間ども処理するのは、さすがのこの剣でも不可能のようだ。視線だけが先を追う、そこまで行っているはずだった自分を──、近いのに届かないこの距離は心の距離。どれだけ想っても埋まる事のないこの空白を、俺はどうやって埋めればいいんだ……。

 俺が届かなかったのはキョウシちゃんではなかったようだ。体をいくつもの手に捕まれる。重い、そして暗い……。目の前がどんどん暗くなっていく。どうしてこんなに暗いんだ、地獄にも夜はあるのだろうか。夜の地獄、それはこんな景色なのかもしれない。

 俺は目を閉じると、本当の闇の中に落ちて行った──。


「救世主さま、何寝てるの?さっさと行きましょう」


 すると直ぐに声が掛かった、目を開くとキョウシちゃんが居る。周囲は暗いままだったが、体は解放されたかのように軽くなっていた。近づく黒い手を軽く払うように、キョウシちゃんは手にした剣でそれを切り裂く。次々と現われる黒い影を次々と、……どうやら夢ではないらしい。


「あなたもしっかりしなさいよね。待ちくたびれたじゃない」

「姉さん……?」


 何やらご立腹のようだ、その不機嫌な姿になぜか安心する。本物だ、それを実感すると俺は体に力がみなぎるのを感じた。サビの塊から妹を切り取るように剣を奮ったキョウシちゃんは、そのまま何事もなかったように俺たち前へ歩き出した。俺もあんな風にサビに包まれていたのだろうか。


「ちゃんとついて来てね。それと救世主さま、手がズレてる」

「……あ、ほんとだ」

「……ぷふっ」


 呆然としていたジョーシさんが俺の額を見て吹き出した。俺は額からズレ落ちかけていた手を元の位置に戻す。笑われるのは不名誉ではあるが、今の反応を見るとこれもそう悪いものじゃないと思う。どうなってるのか良く分からないのが問題だが……。鏡が欲しいが見たくない、俺も複雑なお年頃のようだ。

 キョウシちゃんが剣を振り回すと、俺たちは進軍を再開した。


「ふんふんふ~ん♪」


 踊るようなキョウシちゃんの動きに、周囲の黒いサビがのけぞるように切り倒されていく。さっきまでの陰鬱な気分が嘘のようだ、キョウシちゃんの鼻歌がそんな濁ったものまで吹き飛ばしてくれるようだった。

 二本の剣は流れるように伸縮を繰り返し、サビ人間だけを斬り付けて俺たちには一切傷をつけなかった。回転していた時とは大違いだ。キョウシちゃんが学習したのだろうか、それとも剣が……?俺がそんな疑問を口にする前にジョーシさんが口を開いた。


「姉さん、どうして直ぐ助けてくれなかったんですか?」

「……」


 そんな率直な疑問にキョウシちゃんの動きが一瞬鈍る。それをフォローするかのように、俺の手元から剣が伸びて二本の動きに加わった。待ってましたと言わんばかりだ。

 キョウシちゃんは口を開かない、何を黙る必要があるのだろう。だってキョウシちゃんは笑い転げていたのだ。確かにその後もしばらく地面に伏せってはいたが、結果的にはこうやって助けてくれたではないか。さすがだキョウシちゃん!ビバ、キョウシちゃん!

 黙ったままのビバキョウシちゃん、それをフォローする為に俺が余計な口を挟む。


「いやー、キョウシちゃんには助けられてばかりだなぁ」

「……そう?救世主さまだって助けてくれたじゃない」


 その言葉に俺は胸が熱くなるのを感じた。そうだ、俺だって頑張ってきたんだ。体を張って二人を助けた事だって、確かあった気がする。その頑張りが全くの無意味ではない事を理解してくれていた、その事に俺の涙腺は思わず緩む。二人の結婚式の絵が脳裏に浮かぶ、出会った瞬間からこうなるって分かってました──。

 そんなハッピーな俺を置いて姉妹の間では沈黙が流れていた。そんな沈黙に押し負けたのか、渋々といった様子でキョウシちゃんが話し出す。


「……だって、これって私のミスみたいなものじゃない?何か悪いなーと思ったら顔が上げられなくなっちゃってさ。ちょっとでも挽回できる機会がないかなーってその……、ねぇ?」

「姉さん……?」

「キョウシちゃん……?」


 何か正直に、それでいて陳腐な真実をキョウシちゃんから暴露されてしまった。俺のハッピーも吹き飛ぶほどに。

 つまりは助けれるけど様子を見ていた、そういう事なのだろうか。俺たちが必死であがき、助けようとしていた相手は、単に気まずくて顔を隠しているだけだった。あの時の攻防やその後に感じた絶望感はなんだったのか──、それを思うと怒りを通り越して呆れてくる。

 ひどいぞキョウシちゃん!ビバ取り消し、キョウシちゃん!


「それでいいんですか?姉さ──」

「ごめんなさい!」


 キョウシちゃんは妹に向かって真っ直ぐに頭を下げた。それは人としては大事な事かもしれないが、その腕に命を預けている俺としては余り嬉しくない行為だった。ちゃんと剣を振って下さい、お願いします!

 そんな間も空気を読んだ神の剣は、勝手に動いて勝手にサビどもを切り裂いてくれていた。多少効率は落ちるようだが、俺には十分ありがたい。


「……もういいです、許しますから頭を上げて下さい」

「ほんと!?」

「はい」


 ジョーシさんがそう言うと、姉は顔を上げてへっへへ~とかうっふふ~といった謎の声を発して再び剣を奮い出した。どうやら解決したらしい、これではどっちが姉だか分からない。でも俺はいまいち納得してないのだが……、まぁ気にしない事にする。そんな事をウダウダ言っている場合ではないのだ。

 だがそんな場合になったのもキョウシちゃんが原因でウダウダウダ……。


「うおっ!?」

「っと」

「気を付けて下さい!」


 足元がグラリと揺らぐ、転びそうになるがなんとか踏ん張る。また足を捕まれたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。次々と手や腕が生えてはいるが、デキる俺の剣が未然にそれを防いでくれていた。では、今の揺れはなんなのだろう。

 もう少しで黒い地面の上を抜ける、一応そこが最初のゴールだ。そこから先も逃げるつもりだが、そこまで行かねばどうにもならない。黒い地面が鉄のような古錆びた色へと変化している、そこが安全かは分からなかったが、少なくともサビどもは湧いていないのだ。


「うおお……!」

「落ち着いて下さい!大丈夫です、今のところは……」


 再び地面が揺れ動く、何かが起ころうとしていた。ジョーシさんの呼び掛けも語尾が弱い、いつまで大丈夫かは分からない。フと先を見ると古錆びた地面が消えている、俺たちの最初のゴールが……。へこんだのだろうか、それとも落ちた?

 どこへ消えたのかと周囲を見渡すが、その違和感の元に気付いてゾッとする。違和感の原因は俺たちの足元にあった。周りが落ち込んだ訳ではないのだ、俺たちが持ち上がっていた。持ち上げられていたのだ。


「なぁ……、ちょっとやばくない?」

「そう、ですね。あの、姉さん……」

「分かってるけど黙っといてくれる?これでも必死でやって──」


 キョウシちゃんは言葉途中で片手を上へと振り上げた、そしてクルクルと回転を始める。一本の剣は俺たちの周囲のサビをなぎ払い、そして上へ振ったもう一本は頭上へ伸びて再び風車のように回転を始める。俺たちの頭上──、そこにはサビが漂っていた。

 上空に巨大な蚊柱のようなサビが漂っている、何やら不気味で禍々(まがまが)しい。それはきっとキョウシちゃんの竜巻が上空へと巻き上げたものだろう。当然だが勝手にどこかへ消える事もなく、俺たちの頭上でずっと渦巻いていたのだった。さっき取り囲まれ時に暗く感じた原因はこれだったのかもしれない。


「あっ──」


 口を開けて見上げているのは俺だけではなかったようだ、ジョーシさんもこれには気付いていなかったらしい。左右からだけでなく上下からも、これではキョウシちゃんであれ息を継ぐ間もないはずだ。頭を下げてる余裕なんて無かったんじゃないの?思わず額の手がズレかけてハッとする。


「っていうかさ……、俺の頭ってそんなおかしな事になってるの?」

「はい……?」


 大して気になった訳ではない、今更感もあった。だが、無数のサビ人間に襲われている事実から少し逃避したかったのだ。気付けば俺の口は無意味な言葉を口にしていた。

 ジョーシさんはそんな俺に半ば呆れたように口をつぐみ、考え込むようしていから慎重に言葉を発した。


「形容するならそうですね……、マンドリル」

「まん……?」


(※マンドリル、オナガザル科のサル。成獣の雄の顔は鼻筋と口の周囲が紅色、ほおが青色、ほおとあごの毛は黄色になる)

 またジョーシさんが訳の分からない事を言っている、この子の博識にはついていけない。俺は顔を背けて自分の頭や顔を手でなぞってみた。

 額から垂れた血が鼻の周りで固まっている、そして頭上の毛が薄くなっている。更には剣に殴られたせいで額や鼻筋がジンジン痛い、少々青くなっているかもしれない。まさかそんな生き物が存在するとは思えなかった。


「ぶふっ」


 空気の抜ける音がした。それは生理現象ではあるから仕方がないが、人前で堂々とかますのはマナー的に余りよろしくない。特にうら若き女性はその辺りに敏感な傾向があるので、俺はそれを聞かなかった事に──、っていうかキョウシちゃん?


「ぷっはははは!マ、マンドリル!あはっあははは!」

「姉さん!?」

「ツボった!?」


 俺には良く分からなかったのだが、残念ながらキョウシちゃんにはクリーンヒットしたようだ。それは何かが決壊した瞬間だった……。

何か文章のつながりが悪い……?

まぁ今に始まった事ではないですが。

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