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地下の件

教団のマークである剣の装飾がほどこされたランプを手に、

ジョーシさんが歩いている。

暗く湿気た空気が肌にまとわりつく不気味で緩やかな斜面を、

何の迷いもなく。


カツカツと杖をつくような音がしているのは、

盛大に足をぐねった哀れな救世主のような半泣きの男が手にした。

神の剣と呼ばれたはずの、(つば)から先がだらしなくうな垂れ、

ハテナマーク「?」のようになったそれが地面を叩く音で。


一秒に一度は帰りたいと聞こえるのは、

幻聴ではなく俺の穢れなく偽りない本心だ

ああ、帰りたい……。



これでいいのか救世主。

いい訳ないだろ神の剣。


きっと晴れ渡った地上では、雲を切るほどの巨大な剣が山に刺さり。

その荘厳な姿で人々の信仰を集めているのだろう。


そして俺はそんな神の剣に……、神の杖?に選ばれた男。

世界を救う者、つまり救世主という存在。


そんな俺が思う事はただ一つ。

……帰りたい。



教団の一応魔術師であるジョーシさんの圧に負けてここまで来てしまったが、

今からでも遅くはない。

遅いけど、遅くはない。


ジョーシさんの背中に目一杯の帰りたいオーラと呪詛のような独り言をぶつけてみる。


帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい返りたい還りたいけーりたいけうりたい帰りたい帰れない二人の夜はこれから帰らせて帰らないで惚れた女の弱み帰りたいあの日に帰りたい君のぬくもり君の涙二人の夜をもう一度あははん帰りたい帰らない私を待つ人がいるああでもこの人を一人きりにしていくなんて。


「気付きましたか?」

「……はっ!?」


気付きました、現実逃避してどこかにトリップしていた自分に。

そんな俺にランプを向けてジョーシさんが続ける。


「教団のマークです、今や何にでもこのマークがついています」


はぁ、とっくの昔に気付いてました。

そんな事より帰りましょう。


そう訴える俺の顔に何一つ反応せず、語り出すジョーシさん。


「そんなに誇示する必要もないと思うんですが、きっと不安なんでしょう。この騒動が終わったら自分たちがまた見捨てられるんじゃないかと……」


ジョーシさんの顔が僅かに曇る。

今の教団に対する気持ちは一様ではないようだ。

そんな事より早く帰りましょう。


そう訴える俺の真顔に何一つ反応する事もなく、

再び歩き出すジョーシさん。


何も通じ合える気がしない……。

こんな時にキョウシちゃんが居たらこう言うだろう。


「かっ、かかか帰りましょう。こんなところ今すぐかっかかかかかか……、ちょわわー!」


ダメだ!キョウシちゃんはここに居ちゃダメだ。

きっと俺や壁に襲い掛かって横穴が増えるか天井が崩れて生き埋めになるだろう。


ジョーシさん良かった……、あれ?


「こっちです」


何度目かの分かれ道。

ジョーシさんはそれが慣れた手順であるように、それぞれの道に何歩か足を踏み出し、そして戻ってからそう告げる。


「何をしてるんですか?」


いい影腹の据わってきた俺がジョーシさんに尋ねる。帰りたい。


「道の確認です」

「はぁ……」


あれで一体何が分かるというのか。

勘がいいとか何かをビビッと感じ取るのか、

それともやっぱり悪霊か何かと交信を……。


嫌な考えが浮かぶと共に、俺の耳が異音を察知する。

それは俺とジョーシさんの足音に混じった何かの音。

そして俺とジョーシさんの足音とは確実に違う音。


「来ましたよ」


振り返り俺を見るジョーシさん、

何かを感じ取ったのか髪の杖が剣の形を取る。

いや、元は剣だから杖になっていたのであってまぁいいか。


「何が……、来るんですか?」

「……」


上ずる俺の声に何の反応も示さずジョーシさんが俺を見つめる。

あれ?もしかして……罠?


教団の魔術師なんて肇から居なくて、俺をこんな場所に……こんな場所に!

おびき寄せて始末する奴ら、闇の教団の手下だったのか!

闇の教団って何だ……?


俺の自問自答にお構いもせず、足音は近づいて来る。

それは前方から、つまりはジョーシさんの方から聞こえてくる。


ジャリジャリと地面を削るような音が反響して迫って来る。

そしてジョーシさんが俺に近づいて来る。


「後は任せました」

「そ、それは一体どういう意味で……?」


俺の始末をこれから来る連中に任せたという意味なのか、

でも俺に言ったようにも見えたぞ。


何かが来る。何が?

お化け?幽霊?髪の長い……キョウシちゃん?それとも地下に潜む神々のけし……ん?

迫る足音に、ランプを高く掲げ光を当てるジョーシさん。


足音の主は……、錆人間だった。


「お前らかよぉ!!」


恐怖が吹き飛ぶと共に怒りが込み上げ吐きそうになる。

俺の歓迎の雄たけびに怯える錆人間たち。


旧友に対する図々しさで一気に間合いを詰め、

振り上げた神の剣を思い切り錆人間の体に振り下ろす。


ザクリザクリと小気味いい音を立て分裂する錆の塊たち。

恐怖から萎縮していた筋肉が解放される。

気持ちいい──


思わず腰が入る、土を耕すような振り。

明らかに剣とは軌道が違う、当てるポイントの違えた振りが地面に突き刺さる。


問題ない、切れる。

錆人間を細切れにしながら足元が掘り返されていくのが分かる。


っと思ったらそういう事か。

神の剣がクワの形になっている。

先が折れ曲がり平らになっている。

気を利かせたつもりか……?


構わんよ、そんな神のクワを錆人間に振り下ろす。

すると今度は錆人間が俺の足元に横になって並び出す。

気を利かせているのかバカにされているのか。

ほんと何なんだこいつらは、緊張感の欠片もない。


俺の恐怖を吹き飛ばすストレッチは数分で終了した。



「いててて……」

「お役目に忠実なのは構いませんが、ご自分の体ぐらいちゃんと管理してください」


足をぐねっていたのをすっかり忘れて……いた訳ではないのだが、

少々痛みがマヒしていたらしい。

もう治ったと勘違いしたのとやけくその半々といった所か。


しかし厳しいジョーシさん、

少しは俺をいたわってくれても良いのではないだろうか。

ああ、これがキョウシちゃんだったら……。


「ちょわわわー!」


ごめんなさい、何でもないです。


「歩けますか?」

「まぁ……何とか」


眼鏡の下の冷たい目、感情のないジョーシさんの目が……あれ?

俺の足をジッと見ている。

案外、心配してくれているのかもしれない。


クワの形のまま寝てしまったのか、バカの剣を杖代わりに歩き出す俺。

その速度を計りながら前を行くジョーシさん。


冷たい印象はあったが、そこまで悪魔でもないようだ。

悪の教団とか言ってごめんなさい。

悪の教団って何だ……?



恐怖とジョーシさんへのわだかまりが消え、

足は痛いが心の軽くなった俺。

ちょっと暗くて狭いぐらいで地上と何も代わりはない。


もう大丈夫だ、何でもかかってきやがれ。

急に心が大きくなる。


いや、でも……。

何でもは来ないで下さい。

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