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剣の曲芸

投稿の順番を間違えていました。

一つ飛ばしていたので、それを間に入れて再びの投稿になります。

失礼しました。

「見事に逃げられてますね」


 白い婆さんの踊りを目の前で堪能していた俺はその声に顔を上げる、立っていたのは冑頭だ。なぜだかスネた気分の俺は、その堅そうな頭から顔をそらせた。

 何か盛り上がった気分になればキョウシちゃんを見つけられると、そんな勘違いをしていた自分が恐ろしく恥ずかしい。一人相撲もいいところだ、浮かれてもいた自分を殴りたい。

 そんな自分も嫌だったが、そこまでしても探し出せないキョウシちゃんにも腹が立っていた。散々走ったし散々待った、道を変えたり探しながらも走ったりもしたのに、それでもまだ見つけられない。完全に追いかけっこじゃないか、いや、一度も目にしていない事を考えるとカクレンボか。

 どういう事なんだこれは……?俺は八つ当たりのように恨みがましい視線を冑頭の方へ向けた。


「どうやらこの場所が関係しているようですね。……これはあくまで推測ですが」


 タップリと間を空けて冑頭は語り出した。その口調に諭すような声色(こわいろ)が含まれていたのは、俺の表情が余りにスネてひどかったせいだろうか。冑の構造は良く分からないが、それなりには見えているらしい。見えてない方が良かった。


「天国のような場所であるここは、残りたいと思う人をいつまでも手放さないように出来ているのではないかと思います。望む人にとっていつまでも天国でありえる場所。それは逆手に取れば、望む人を逃がそうとはしない場所。そんな力が働いているのかもしれません。……これで理解して貰えますか?」

「……ああ」


 この妙な追走劇をキョウシちゃんの悪質な嫌がらせではないかと疑っていた俺は、その理由を推測して語るジョーシさんをポカンと口を開けて眺めていた。

 案外そんなものなのかもしれない。きっと走り回っている俺より高い所から見渡していたジョーシさんの方が良く見えたのだろう、ここで起こっている事の全体像が。俺は改めて冑頭をマジマジと見つめる。

 仮にその推測が合っているとして……、俺は次に何をすべきなのだろう。ジョーシさんの次の言葉を待ちきれず、俺は口を開いた。


「それで、どうすればいいんだ?」

「では……」


 そう言い残すと冑頭はその後頭部を俺に向けてスタスタと階段の方へ歩いて行く。ちょっとちょっとー?ジョーシさーん?俺は慌ててその堅そうな後頭部を呼び止めるが、返って来た答はひどくシンプルなものだった。


「ボクに分かったのはそれだけです。そこから先は分かりません」

「あ、そう……」


 残された俺は白い婆さんの踊りをジッと見つめていた、一緒に踊ろうかと思ったが気力が沸いて来ない。どうせ俺も踊らされていたのだ、この婆さんと同じく。それはキョウシちゃんも同じなのかもしれない、自分から踊っていた気もするが……。

 しかしどうしたものだろう。この場所がキョウシちゃんを帰すまいとしている──、なんて言われてもいまいちしっくり来ない。具体的には何が起こっているんだ?俺と同じかそれ以上の速度で動き回っているのはなんなのだ。

 やっぱりキョウシちゃんが逃げ回ってると考えるのが一番腑に落ちる。俺はフラフラと歩き出すとそのまま見覚えのある建物の前で立ち止まり、窓らしき穴に手を掛けて建物の上へと登った。大した高さではないその石造りの屋根の上、それでも十分に周りが見回せるほど周囲の建物も低かった。

 そして、……居た!ついにこの目で捉えた、キョウシちゃんの姿を。相も変わらず穏やかな笑顔を振りまいて踊っている、その姿はここの天上人と見まがうほどに清らかで神々しい。その天上人たちがまがいものでなければ言う事はないのだが。

 ついでに、居た!……ってどういう事だ。踊るキョウシちゃんとその団体の目の前に居るのはジョーシさんだ、何やってるの、さっさと捕まえてよ。そのジョーシさんはなぜか俺に向かって目の前の団体を両腕で指し示している。

 いやいやいや……。俺は大げさに首を横に振ると両手両腕をジョーシさんの方へ向け、腕で輪を作って捕まえる動作をした。つまりは”お前が捕まえろ”と。ジョーシさんはそんな俺の指示に対して大げさに首を横に振って応える。……なんで?

 再び両手両腕を俺の方に向けて来たジョーシさんに、俺は大げさに首を振りながら両手両腕を向け返す。何かの責任を押し付け合う見苦しい人たちのように、俺たちは互いに首を横に振りながら両手両腕を相手に向け合っていた。そんなジョーシさんの前でキョウシちゃんは穏やかな顔をして踊っている……。


「嫌です!」

「……なんでだよ!さっさと捕まえてくれよ!」


 ついに沈黙を破ってジョーシさんが声を上げた、()を上げるとはこの事か。まぁそもそも黙っている必要はなかったのだ、大声で話してもキョウシちゃんたちが逃げる訳でもない。

 その声が最後の抵抗だったのか、ジョーシさんは渋々と目の前の団体へ近づいて行く。そして顔を確認する為か顔(冑)を上に向けてキョロキョロと周囲を確認した後、ようやくターゲットのキョウシちゃんの方へと近づいて行った。が、行けなかった……。

 邪魔が入ったのだ、周囲で踊る連中がジョーシさんを穏やかな顔のままで跳ね除ける。それでもめげないジョーシさんは再度中へ切り込もうとするが、あっけなく踊る男の肩にぶつけられて玉砕する。その連中の動きは、俺があの日影の中で割れ目に向かおうとして押し退けられたあの時の鉄壁ディフェンスのようだった。俺ならその足元を抜ける事が可能なのだが……。

 そんな悲しいおしくらまんじゅうを何度か繰り返した後、ついに耐えかねたのかジョーシさんは首元にある剣の柄を握り締めた。殺る気だ、というかジョーシさんも腹を立てて暴力に訴える事があるのだ。


「神の──」


 俺がそんな無意味な感心をしている間に、ジョーシさんの冑は解けて短剣へと姿を変えていた。だがジョーシさんがその短剣を頭上に振り上げたその時には、もうキョウシちゃんとその一団はジョーシさんの前から姿を消していた──。

 あっという間すぎて良く分からなかったが、どうやら一団がキョウシちゃんを連れ去ったらしい。まるで人さらいだ、天国にあるまじき行為が平然と行われている。やっぱりここは天国じゃない。


「……」


 短剣を振り上げたジョーシさんが無言のままで俺の方に顔を向けるている。剣は俺たちに気を使ったのか、直ぐにジョーシさんの顔を冑の形になって包み隠した。ありがとう神の剣、冑があって良かったと初めて思った。

 振り上げた剣は既にその手になかったのだが、ジョーシさんはそのまま動かずに堅そうな頭を俺の方へ向けたままだ。振り上げた拳のやり場に困るとはこの事か。

 哀愁溢れる冑を見ているとフと気付く、ジョーシさんにはこうなる事が分かっていたのかもしれない。きっと俺が走り回っている間に試したのだろう、それとも待っている間か。それがいつかは分からないが、あれほど嫌がっていた理由はそれかもしれない。

 なんにしろこれで敵の正体はハッキリした訳だ、あの連中を切り刻むかこねくり回せば問題は解決する。連中の大半は男の形をしているから俺の良心も大して痛まないだろう、それを良心と呼んでいいのかは分からないが。

 なんにしろあの地平のようなお○ぱい信仰や巨根信仰と大差のないような連中を切り刻むのに、俺に少しの躊躇もなかった。

 とりあえず奴らを見つけよう。俺は屋根の上から降りると、大通りへと走りそこから更に階段を駆け上がった。


「ふぅ……、余計な運動ばかりさせやがる」

「……」


 冑頭が俺の方を向いていた。俺は今、何気なく言ってしまった言葉を今更のように後悔する。余計な運動をさせたのはお前だ、と冑頭に言われているようで妙な威圧感を感じた。しかもなぜか拳はまだその頭上にある。


「よし、一気にカタを付けるぞ!」


 その圧に気が付かないフリをして俺は素早く周囲に目を走らせる。──居た、キョウシちゃんとその一団だ。どうやらまた白い婆さんの居る辺りで踊っているらしい。

 俺は背中から剣を取り出すと、その一団に切っ先を向けた。この距離で届くか分からないが、試してみても罰は当たらない。それより何より、今は隣の冑頭の圧と妙な沈黙が怖かった。


「神の剣!」


 俺の叫びに反応して剣が真っ直ぐに伸びて行く、その勢いは持っている俺が押されるほどだ。建物五つ分はあるだろうこの距離で、狙った的は余りにも小さかった。それは針の穴を二階から狙って通すような無謀な曲芸に思えたが、それでも独自の意志を持っているらしい神の剣は狙いを外さなかった。

 手ごたえあり!反動が剣を伝って俺の腕に押し寄せる。この調子で一体ずつ倒していけば邪魔する連中も居なくなるだろう。


「うん……?」


 剣の先に天上人らしき肉片がぶら下がっているだろうと想像していた俺は、視線の先にある物体に違和感を禁じえなかった。白い、確かに白い物体が剣の先にぶら下がってはいたが、あるのはそれだけだ。白い布、それだけが剣の先に引っ掛かり、肉片らしき物は欠片すら見当たらなかった。あるとすればそれは踊る白い婆さんのみだ。

 集団もあっという間に姿を消していて、この手段を持っても簡単に事が運ぶ訳ではないという事を明確に匂わせていた。剣を手元に引き寄せ再び連中が視界に現われるのを待ったが、……現われない。俺の方から移動するしかないのだろう。

 早くも沈黙に耐えかねた俺はその場から逃げるように走り出した、背中に妙な圧を感じながら。


「……」


 ダッシュで白い婆さんの側へと辿り着く。やはりそこにあるのは白い布だけだ、本体らしき物は見当たらない。あの速度の剣をかわすとは、にわかに信じがたい事実だ。せめて一体ずつでも片付けられれば話が早かったのに、というか五・六体まとめてやれても全然良かった。

 気が遠くなるのを感じながらも俺は近くの建物に足を掛ける。そして登った屋根の上から連中の姿を確認すると、剣の先をその方向へと向ける。と、直ぐに連中は姿を消してしまった。正確に言うと柱の影に隠れたのだ。

 この手段は通じないか……。肩を落とした俺の耳に、パーン!と爽快な音が鳴り響く。

 なんの音?

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