剣のあっちこっち
「キョウシちゃんを探そう!」
「急にどうしたんですか?救世主さん。妙に鼻息が荒いですが」
なぜ落ち着いていられるのか、キョウシちゃんが居ないのだ。俺の大事な仲間でありこの子にとっては姉でもある、そのキョウシちゃんが居ないのだぞ!
もっと早く気が付くべきだった、俺は自分のうかつさを呪う。着ていたローブの匂いなど嗅ごうとしている場合ではない、その中身が居ないのだ。
この空間で理解したはずだろう、重要なのは表面ではなく中身だと。どこかに居るはずだ、あのキョウシちゃんが、神々の仲間入りをして一糸まとわぬ神聖な姿で踊っているのが……。
俺は石造りの門を抜けると、文字通りの血まなこになってその姿を探した。この場所は都合よく周囲より少し高い、見渡すにはもってこいだ。走れ!俺の血まなこ、うなれ!俺の血まなこ。全身全霊でもって俺は自分の眼球を周囲に這わせた。
どこだ!?キョウシちゃん、キョウシちゃん、キョウシちゃんの。キョウシちゃんの、キョウシちゃんの、キョウシちゃんの裸。はだか、はだか、まるはだかの女の。キョウシちゃんの、全裸の、すっぽんぽんの。どこだ……、うおー!!
「あっ、あれじゃないですか?」
「え、どこどこ!?」
いつの間にか横に立っていた冑騎士がそう言う。その顔面が随分上を向いているが、それは冑の口元に開いた空間から覗き見ているからなのだろうか。そんな状態のジョーシさんに先に見つけられたのは少々不覚だったが、俺の目はそれ以上にすっぽんぽんに飢えていた。
冑騎士が指をさす、ポーズ的にアゴも指す。その方向には白い布をまとった白々しい神々の一団と、その中にまぎれて……居た!キョウシちゃんだ。そこにはなんの違和感もなく神々と踊るキョウシちゃんの姿があった、馴染み過ぎ!
それもそのはず、キョウシちゃんは神々と同じように白い布を体にまとっていたのだ。これでは気付けという方が無理がある、だって俺が探していたのはすっぽんぽんで丸裸の──。
「救世主さん、どうしたんですか?今度は急に落ち込んで」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ……」
「……そうですか」
そう言い残すと冑騎士は俺を残してスタスタと歩いて行く。だが俺の体は重かった、なぜだか妙にムカムカしてきた。勝手な期待をしたのは俺だ、それは認める。にしたってもうちょっとあるだろう、心と体が喜ぶような、ついでに下半身も嬉しがれるような何かが。
どうも納得が行かなかった、あの地平線を見てからロクな事が無い。むしろあれを見たせいなのかもしれない。俺の心は幻想に飢えているのだ。
はだか、まるはだか、すっぱだか、すっぽんぽん、ネイキッドヤングガール……。なぜか涙が出そうだ。夢や希望を抱くと、報われなかった時にその分のリバウンドが返って来るらしい。俺は今、キョウシちゃんの全裸という夢に破れ、その反動を食らっていた。
何やら腹が立つ、ポカポカ暖かい日差しも周囲の連中も。なぜこいつらはこんなに幸せそうな顔をしているのだろう。ほがらかで親しみのある表情、穏やかで落ち着いた仕草、全く嫌味さを感じないが逆にそこが引っ掛かる。どうせこいつらは作り物なのだ、斬れば今までの化け物たちと同じように肉片と化すはず。
俺は自分の口元が嫌らしく上がっていくのが分かる。天国蹂躙──。俺がそんな良からぬ妄想にふけっていると、冑頭が急に振り返った。
「そういえば、頭を隠さなくてもいいんですか?」
「ん……?ああ、俺はもう大丈夫だ。俺は……知ってしまったからな」
「何をですか?」
フッとため息を漏らすと、精一杯の遠い目をして俺はジョーシさんに言い放った。
「この世界の真実。生皮の下で笑い転げる真実の素顔って奴をな……」
「ああ、あれですね。マンゴスチン」
「……ま?」
(※マンゴスチン 東南アジアの常緑高木。その果実は美味で「果物の女王」と称される。マンゴーとの関連はない)
ジョーシさんが何を言っているのかは分からないが、この子は何かを知っている。やはりあれを見たのでは、巨木の割れ目から覗いたあのおぞましい物体たちを見たのでは……?俺の中で様々な疑問が飛び交う。
女の子があんなもの見てもいいのか、あんなもの見て平気な顔でいられるのか、この子は案外あんなものやこんなものも見ているのか、見ているとしたらそれはやっぱりヨージョさまと下僕のあんなものやこんなものなのか、それとも案外この子もやる事やってたりするのか、あんなものやこんなものをあんな事やこんな事にしてたりするのか、ジョーシさんのあんなものやこんなものがあんな事やこんな事になったりするのか、それともあんな事やこんな事をされてたりするのか、大人しそうな顔して裏ではちゃっかりあんな事やこんな事を、うおお、それならしたいぞ俺だって!
「あんなことやこんなこと!!」
「救世主さん……、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!」
「はい……、そのようですね」
ふさいだ気持ちが一気に吹き飛んだ、もうさっさとキョウシちゃんを連れてこんな場所脱出しよう。もやは腹を立てる気にもならない。どうせこんな場所、今の俺の頭の中と同じで汚れまくってドロドロしてるんだ。綺麗なのは表面だけでほとんどヘドロみたいなもんだ。
俺はさっさと階段を駆け下りるとキョウシちゃんが居た辺りへと駆けつける。要救助者、確保!って……あれ?居ない。そこにはキョウシちゃんが居た余韻か、白布をまとった婆さんが一人で踊っていたが肝心のキョウシちゃんは居ない。どういう事だ。
素早く周囲に目を配るが、いたずらに踊る老婆が目に留まるだけだ。
「救世主さーん」
振り返ると階段の上に冑頭のジョーシさんが居た、どうやら一歩も動いていなかったようだ。手と腕を左に向けながら、こっちです、とか、そっちです、とか叫んでいる。
そうだ、そっちがお茶碗を持つ方の手だ!と返そうか思ったが、今の俺はそんな悠長な気分ではなかった。さっさと走り出すと石柱や屋根のある低い建物の間を抜けて大きな通りへと駆け出す。そして今度こそ、発見!って……あれ?違う。
そこには再びキョウシちゃんが居た余韻であろう、白布をまとったヒョロい爺さんが一人で踊っていた。どういう事……?
「救世主さ──」
呼ばれるより先に階段に目を向けた俺は、冑頭が今度は右に向けて手や腕を振っているのを目にする。そうだ、そっちが食事を口に運ぶ方の手だ!と返す暇もなく俺は直ぐに駆け出していた。まったく、余計な手間を掛けさせる。
俺が移動している間にキョウシちゃんは反対側へ抜けていた、恐らくすれ違ったのだろう。少しルートを変えてみるか。そう考えると俺は建物をわざと遠回りし、さっきと別の道を選ぶとそのまま一気に元の位置へと駆けつけた。
そして再び白布をまとった婆さんの踊りを観賞する──。
「きゅうせ──」
冑頭がまたも左に向けて手と腕を振っている、どうなってんの?こうも上手くすれ違えるものなの?
俺は再びルートを変えると今度は周囲に怪しく目を配りながら大通りへと駆けつけた。そして爺さんのヒョロヒョロ踊りを堪能する、しかも目の前でだ。やったぜ!
「救世主さーん、……救世主さん?」
冑頭が叫んでいたが俺は耳を貸さなかった。俺は一体何をしているのだ、何をさせられているのだ。走って走ってお似合いの老人二人のダンスを交互に眺める。意味が分からない。しかもポカポカ陽気が祟ってか、それなりに汗もかいているし息も切れている。不思議と喉は渇かなかったが、こんな無駄なランニングは出来れば懇切丁寧にお断りしたい。
横目で冑頭を見ると、例によってやっぱり今度も再び同じように両手で右を指し示している。──なんかもう走る気がしない、ずっとここでヒョロヒョロ踊りを見ながら黄昏れてる。キョウシちゃんも移動してるみたいだからこれでいいんじゃないかな、俺が走らなくても直ぐ来るんじゃないかな?
「しゅさーん。……きゅうせ」
「……」
ヒョロヒョロの爺さんの尻が俺の目の前で踊っていた、気持ちが良さそうに細い尻が揺れている。俺の位置取りは完璧だった、爺さんの向こうには大通りがありほぼ全体が見渡せる。尻が少々邪魔なのを除けば。
後はキョウシちゃんがやって来るのを待つだけだった。今すぐにでも現われるであろうキョウシちゃんの姿を、俺の心は目の前で踊る尻と同じようにワクワクと、だが気だるい気持ちで待っていた。そしてついにキョウシちゃんは……来なかった、待てども待てども。
妙な寂しさがあった、デートをすっぽかされたような空虚な気持ちがあった。そんな俺を追い詰めるかのように、冑頭が断続的に俺に向かって叫んでいた。
「うせいしゅさーん。……きゅ」
きっと君は来ない、そんな気はしていた。だが、なぜ?ひと言その理由が聞きたい。
これはもうただの偶然ではない、すれ違う事を目的としたような悲しい駆け引きだ。嫌いになったのならハッキリとそう言ってくれれば楽になるのに、それをしてくれないのは優しさなのかそれとも未練……?
君に会いたい、揺れる尻に向かって小さく語りかけると、俺は再び一歩、二歩と歩き出していた。ただひと目、君をこの目に収めたい。それだけが俺の望みだ。
楽しげな人たちの脇を抜ける、それだけで孤独を感じるほどに俺の心はナイーブになっていた。それでも俺は行かなくちゃ、君をひと目見る事が出来れば、きっと全てが分かるだろう。
重い足取りで、ただすがり付くように君を探して、気付けばいつもの場所に来ていた。君を最初に見た場所へ──。
居た。そこには軽やかなステップで踊る、白い布を体にまとった、見慣れた笑顔の婆さんが。婆さんが……?
「ふっざけんなぁああああぁああ!!」




