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墓穴の件

胸を押さえ、頬や耳まで真っ赤にしたジョーシさんが、

無理に平静を保とうと声を低めて言う。


「どうしたんですか……?早く、行きましょ……うよ」


ダメだ、これ以上は。

こんな薄暗くて狭い場所に若い男女が二人きり。

だって俺には結婚を誓ったキョウシちゃんという人が……。

俺が勝手に誓っただけだけど、

戻っても来ないけど。


「一人でも……、行きます……よ?」


切なげな吐息を吐きながら一歩一歩進んでいくジョーシさん。

一人で行かせる訳にはいかない。

が、一緒に行ったらそれこそ……。


どうすればいい。

こんなはずじゃ無かったのに。

どうして急にこんなアダルティな展開に……!


俺の記憶は巻き戻る。




「くっ、くすぐった。ぷはははは!」


脇を押さえ一人でバカみたいに笑い転げるジョーシさん。

それを真顔で見つめる俺。

どうしてこうなった。


「もっもう、やめて下さ。ぷっはははは!」


いや違う、もっと戻れ。

事の発端は……。




「どうしたんですか?」

「いや、お墓ってちょっとあれだよね」


俺とジョーシさんは墓地に来ていた。

目的地であるその場所に、俺の希望もあって昼間に到着したのだった。


「あれって何ですか?言いたい事があるならちゃんと伝えてください」

「ちょっと、嫌な感じがするよね?怖いというか……」


まじまじと俺を見るジョーシさん。

きっと目が悪いんだろう、眼鏡してるぐらいだから。


決して救世主たる俺がお化けを怖がるのが信じられないとか。

教団の恥だからここに捨てて帰ろうとか、

そんな事は思ってないはずだ、断じて!


「姉と同じような事を言いますね」

「ああ、お姉さん居るんだ」


ジョーシさんの眼鏡を更に大きくした人物が頭に浮かぶ、

大ジョーシさん。


「はい、救世主さんと同じように。居ないもの・会った事も無いないものに殊更(ことさら)に怯えたり興奮したりする人です。楽しそうだなって思います」


お姉さんとは気が合いそうだ。

しかしこの子、ジョーシさんは凄くドライだ。乾いてる。


決して楽しんでる訳ではないのだが……、

それを説明しても恐らく通じないだろう。


でも魔術師ってそういう怪しい何かと交流するんじゃないの?

契約したり捧げたりするんじゃ?

一体何なんだ……?


「あの、ジョーシさんって魔術師なんですよね?」

「……はい、一応」


一応。

一等とか一級とか、ランク付けの事だろうか。

一応魔術師。


「魔術師は教団での地位のようなものです。その場所が開いてたから無理やり押し込まれたというか……。今でこそ人でごった返していますが、小さな教団だったんです。我々、剣の教団は。その中で何とか人を切り盛りして、貧しいながらも(つつ)ましいというか……それなりに幸福にやっていたんです。今思うと、ですが。それが、こんな事になってしまって……、皆バラバラになって……。しかし全ては成る様に成るというか、成る様にしか成らないというか……。ボクもそれなりに楽しんではいます、でも、たまに……、少し寂しいような……。物足りない気持ちというか…………、戻りたい……って訳でもないんですが…………」


何だこの独白は、沈黙がうるさい。

口を挟む余地がない。


えっと、という事はこの子はただの女の子なのか?

キョウシちゃんと代わりのない。


いや、キョウシちゃんは強い。

恐らく俺より、……絶対強い。


「ジョーシさんも剣の腕は相当なもので……?」


更に卑屈になる自分が悲しい。

もう救世主たる自尊心もプライドもない。


「いえ、代わりに少し特技というか、体質があります」

「体質?」

「はい、ボクがここに来た理由はそれです」


俺に会いに来たとか、キョウシちゃんの代わりにお世話係って訳ではないらしい。

ちょっと安心した。


凄く事務的にお世話されそうだし、飯も落ち着いて食えないし。

キョウシちゃん早く帰って来て……。


「この墓地には何かがあるらしいです、探しましょう」

「何か……?」

「何かです」


何かって何だ。

言いたい事があるならちゃんと伝えろって教団の魔術師が言ってたぞ。


と訴える俺の視線に気付きもせず、

スタスタ歩き出すジョーシさん。


待って、置いていかないで。

こんな場所に一人にしないでください!


昼間でも決して楽しい場所ではない。

何か薄ら寒いんです……。


「手分けして探しましょう。その方が効率がいいです」

「はい……」


効率と俺と、どっちが大事なの!?

と聞いても絶対に効率と返ってくる。


仕方なく歩き出す俺。

悲しい、帰りたい。

何か薄ら寒い、見も心も。



犬の剣もシご主人様であるキョウシちゃんが居ないせいか、

すっかりうな垂れて杖のようにだらしなく伸びている。


ご主人様?それはキョウシちゃんじゃなくて俺じゃなかったか……?

腹の虫が悲しい声を上げる。


ああ、キョウシちゃん。

俺は君が居ないとまともに飯も食えないダメな男だ。

早く帰って来て……。


もう完全に嫁に逃げられた亭主だこれ。


「救世主さん」

「ふぁい!?」


急な声に背筋が伸びる。

俺の肝が瞬間冷却。


いつの間に回りこんだのか、ジョーシさんが横から歩いて来る。

目的の何かは見つかったのだろうか。


「あの、危ないです」

「何──がっ!?」


足を踏み下ろした瞬間、ジョーシさんの姿が消えた。

地面が消えた、俺の体重も?


あれ?消えたのってもしかして俺──


「いてぇ!?」


時間差で地面が足に戻ると共に、重力と全体重を左足で受け。

何かを強引に回したような、グリリッという音を頭の中で聞きながら、

受けきれない分は尻に分散して、地面に続き体重を取り戻した俺。

堪えきれない痛みと共に……!


「足が……、尻が……」

「大丈夫ですか?」


淡々とした声をよこすジョーシさん。

本当に心配してます?


「大丈夫じゃないです!」


戻ったというか下を覗き込んだだけのジョーシさん。

その横に神の剣が、……お前。

落ちると分かったら俺の手をすり抜けたな、

俺を捨てたな、お前……!


「見つかりましたね」


斜面を下りながらジョーシさんが俺を見る。

いや、視線は俺を通過してその奥を。


見つかったのは主人を見捨てるバカ犬ではなく、地面を斜めに掘り進んだような穴。

俺の背後に続く、トンネル?奥は暗くて見えない。



もしかして、探してたのってこれ?

墓地の下にあるほら穴に何の用があるというのか。

いや、無い。何もない。

出よう、怖いから。


俺の訴えるような眼差しに気付く様子もなく、

ジョーシさんは穴の奥、暗闇をジッと見つめる。


「この奥に何かがあります」

「何かって何?ちゃんと伝えないと分からないって教団のジョーシさんが」

「神の剣の秘密です」


神の件の……秘密?

こんなバカで犬で主人を捨てるろくでなしで、

神秘の欠片も残っていないこの剣の秘密?

何一つ興味がない。


「じゃあ帰ろっか」

「行きましょう」


暗闇を見つめるジョーシさんの目に光が。

うわ、何だろう。

ジョーシさんが始めて楽しそうな顔してるのに、

何一つ嬉しくない。


そしてそんなジョーシさんに精神的に押し負けている俺。

帰りたい、帰れない。

そんな入り口。

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