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剣の妙案

「ずっとこうしてるのも何なので、掘り出してもいいですかね?」

「あ……はい、お願いします」


 何の案も浮かばないまま、待ち疲れたジョーシさんが行動を再開する。俺に浮かんだのは背中の変な汗だけだった。

 考えようとすればするほど何も浮かばない、こういう行き違いは良くある事だ。ジョーシさんの視線の拘束(こうそく)から逃れた俺はゆっくりと息を吐く。我ながら不甲斐ない。

 背後の爆発音に目を向けると、大きな穴とその中へ消えるジョーシさんの背中が見えた。うん、これで良かったのだろう……。俺たちは時間を稼ぎながら地上へと出る、そして追ってきたキョウシちゃんは太陽光によって我を取り戻す。これで全ては解決だ。

 俺は自分のプライドにささやかな供養を済ませると、何か手伝える事はないかと穴の方へと向かった。


「はぁ……」


 ため息をつきながらも、なぜか頭の中は再び作戦会議に戻っていた。

 そういえば……、キョウシちゃんはいつも真っ直ぐに向かって来る。それはあんな状態になっても変わらない。多少の障害物ではどうにもならないから困ったものだ。

 フと光を発する輪っかが目に入る、心に何か引っ掛かりを感じたが、これもまぁ空腹のせいだろう。

 それと、とまた考える。キョウシちゃんは走らない、これについては良く分からないのだが、なぜだろう?正直、そのお陰で俺たちはまだ生きていられると言ってもいい、だがその原因は完全に不明だった。ちょっと聞いてみるか。

 俺は穴の中を駆け上がり、気軽な感じでジョーシさんに声を掛ける。


「そういえばさ、どうしてキョウシちゃんは走らないの?確か、俺たちより足速いよね」

「……救世主さんと同じにされるのには抵抗がありますが。まぁ、短い距離なら姉さんの方が早いですね」


 再び不満気な顔を作ってジョーシさんが答える。

 確かに俺とジョーシさんとではかなり差がありそうだが、そんなに嫌な顔しなくてもいいんじゃないの?そして付け足した言葉も気になる、短い距離なら、か。長い距離なら自分の方が早いとでも言いたげだ。それってどれぐらいの距離なんだろう……?少なくともこの地下で役に立つ情報とは思えなかった。


「なぜ走らないのかはボクにも良く分かりません。可能性として考えられるのは、姉さんが髪の長い女をそのように理解しているから……。そんなところでしょうか?つまりは姉さんの思い込みですね、髪の長い女は走らない」

「あぁ、そういう事か」

「あくまで推測ですよ?それが正しいかは分かりません。それこそ姉さんに聞くしか……」


 そう言うとジョーシさんは顔を曇らせた、だが俺にはなぜかその答えに合点がいった。

 思い込み、やはり信仰な訳だ。キョウシちゃんは自分の信じる恐怖に支配された。信じる、というのは存在を認める事でもある。

 そして恐れすぎた、すなわち信じすぎた故に自分が成り代わってしまったのだ。ある意味で狂信者よりも熱心な信者といえる。

 ああ、ようやく理解できて来たのかもしれない。恐怖に飲まれる、とはこういう意味か。なら、と俺は思いつきを口にする。


「キョウシちゃんも今までの邪神みたいに、壁の中に閉じ込められないかな」


 俺は軽いジョークのつもりだったのだが、ジョーシさんは穴掘りの手を止めて俺の方へ振り返る。その目が怖い、本気のマジだ。


「救世主さん、あんな状態であってもあれは姉さんなんですよ?呼吸が出来なくなったらどうするんですか」

「じょ、冗談だよ。そんな真剣に怒らなくても……」

「それは楽しくない冗談です」


 ピシャリとそう言うと、ジョーシさんは穴掘りを再開した。

 なぜだろう、ジョーシさんがピリピリしている。俺としてはどんな時でもジョークが言い合えるぐらいの余裕は欲しいところだが、今のジョーシさんには無理らしい。

 ここは素直に引き下がればいいのだが、怒られた俺はスネた自分を隠す事なく蛇足のひと言を付け加えた。


「だってさだってさ、穴みたいな狭い場所に明りと一緒に閉じ込めたら、きっとキョウシちゃんも直ぐに元に戻るんじゃないの?」


 俺の声に反応するように、再びジョーシさんが振り返る。俺は反射的に頭を下げるが、中々ジョーシさんのお説教が始まらない。どうしたのだろう……?

 恐る恐る顔を上げるとジョーシさんが斜め上を見つめたまま固まっている。斜め上を確認するがそこには天井しかない。そして急に俺の顔を見るとハッとしたように口を開いた。


「救世主さん……、それですよ。穴と光です」

「うん……、うん?」


 ジョーシさんは何を言っているんだろう。穴と光……?あの輪っかの事だろうか。穴と輪っか……、ああ、そうか。さっきの引っ掛かりはこれだったのだ。


「そういう事か!」

「そうですよ、救世主さん!」

「この作戦ならいけるかもしれない!つまり、丸く穴を掘れば──」

「落とし穴を作ればいいんです!……え?」

「……え」


 妙な空気が流れた……。

 俺たちの中に天啓のようなヒラメキが降りた、しかも同時に。だが、舞い降りたのはそれぞれ別の案だったらしい。

 アイデアの高揚感に満面の笑みを交わす俺たち、だがその笑みが引きつっていくのが分かった。いや、別にいいんだよ?二人が別の案を出しても何も困らない、困らないんだけど……。

 妙な空気が流れていた──。


「……あの、救世主さん、続けて下さい。丸く何を、どうするんですか?」

「え?落とし穴でいいんじゃないかな。それで行こうよ」

「でも、救世主さんの案の方がいいかもしれないじゃないですか」

「悪かったらどうすんの!後で言っていまいちだったら目も当てられないじゃない!?」


 俺たちは何を言い争っているのだろう、俺は何に意固地になっているのだろう。

 高揚感によって俺たちは一瞬分かり合えた気がしたのだが、ただの幻覚だったようだ。俺たちは互いに、思いついた作戦を実行に移したいという興奮を抱えながら、このゴールの見えない会話に戸惑っていた。ジョーシさんの引きつった顔が俺にそう告げている。

 ええい面倒だ、ここはさっさと話を進めてしまおう。


「よし、ジョーシさんの作戦を聞こうか……?」

「あ……、はい。落とし穴です、この剣で下向きに穴を作ります。そこに姉さんを落として、何か光る物と一緒に閉じ込めます。後はそのまま放置するだけ……、どうですか?この作戦は」


 料理のレシピでも語るかのようなジョーシさん、美味しいキョウシちゃんの丸焼きが出来そうだ。

 いや、冗談は置いといて。俺は何か気まずさを感じながら返答する。


「うん……、いいね。落とし穴作戦と名付けよう」

「え?あ、はい。……名前よりも上手く行きそうかどうかを聞いてるんですが」


 穴掘り作戦、この作戦はどうだろう。まずいんじゃないか……?何がまずいって上手くいきそうなのがまずい、俺の案なんて不要なほどに。ただ、いくらか荒はある、なんたって相手はあのキョウシちゃんだ。そう簡単に行くとも思えない。

 俺が考え込んでいるとジョーシさんが口を開いた。


「では、救世主さんの案……作戦を聞かせて貰えま──」

「ジョーシさん!穴掘り作戦だが、もう少し練る必要があるな」

「はい……?」


 すかさず俺が口を挟む。

 なんだかもう自分の案を口にする気が起こらない。いいんだ、この作戦で行こう。俺は素早く脳内で作戦のシミュレートをする。……うんうん、なるほど。悪くない、悪くないが……!


「まず穴だけど、その剣で掘ったのではデカくなりすぎる。もう少し小さく掘るか、隠す必要がありそうだ」

「暗い通路の中に掘ればどうでしょう?それなら大きくてもバレないと思いますが」

「その通りだな!」


 うんうん、なるほど。悪くない、悪くないぞ!だが……!


「穴に落ちたキョウシちゃんがケガをするかもしれない。これについてはどうかな……?」

「確かにそうですね。なら穴の中に何か入れましょうか、……刻んだ邪神とかどうでしょう?」

「うん、それで解決だな!」


 うんうんうん。いいぞ、悪くない。むしろいいぞ!だが、だがだ……!


「キョウシちゃんがあの脚力で這い上がってしまうかもしれない。その時はどうするんだ!?」

「救世主さんのテンションが妙に上がっていて変な感じですが……。そうですね、うーん」


 ジョーシさんが考え込んでしまった。フッフッフ、ちょっとやり過ぎたかな?大人気ない事をしてしまった。

 いや、別に変な敗北感から意地悪をしている訳ではない。心の隅にあったいじけた感情をぶつけている訳ではない。作戦をきっちり練り上げて成功に導く為に言っているのだ。決して私的な感情から言っているのではない。……フッフッフ、笑いが止まらん。

 ニヤニヤする俺の前でうつむいていたジョーシさんが顔を上げる。


「こんなのはどうでしょう。姉さんの前で言うんです、髪の長い女は足が弱い、這い上がれない、と」

「……ああ、信じ込ませるのね」

「はい……、通じるかは分かりませんが」


 うーん、どうだろう。俺の考えとしては、ジョーシさんの剣を巨大なメガネにして穴のフタにする。そしてその上に二人で乗ろうかと思ったが。跳ね除けられる恐れはあるし、何より尻の下にあんな危険人物を置いては安心して座っていられない。

 うん、悪くない。むしろジョーシさんの案の方がいい。


「うん、いいね、ジョーシさん。俺の負けだ、免許皆伝!」

「……はい?何の話をしてるんですか?」

「なら作戦に必要な物を集めよう。キョウシちゃんのクッション、すなわち次の獲物を!」

「そうですね、分かりました」


 穴掘りを再開するジョーシさん、その背中は以前よりたくましく見えた。人はこうして成長していくのかもしれない、娘はこうやって親を巣立っていくのかもしれない。

 俺は良く分からない感傷に浸っていた……。そしてフと心に言葉が浮かぶ、俺いらねぇじゃん。


「あ……」


 ジョーシさんが立ち止まり口を開く、その先には新たな空洞があった。今度はかなり近かった。

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