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剣の無策

「今度は随分早いですね」

「いや、違うんだよ!女体がキョウシちゃんで肉片になって、俺になんのお構いもなしでその口元が急上昇で……、それがとにかく恐ろしくてさ!」

「……はい」


 俺の必死の説明に目を丸くするジョーシさん、どうやら色々詰め込み過ぎたらしい。頭の中を整理しようとするジョーシさんの先には空洞がある、そこからランプに負けない光線が差し込んでいた。

 ジョーシさんは何とか言葉を飲み込もうとしてくれているようだが、言った俺にも良く分からないのだ、理解されたら逆に困る。言い直そうと言葉を探していると、落ち着いた声でジョーシさんがつぶやいた。


「まぁ、無事で良かったです。何度も言いますが、無理をする必要はないですからね」

「あ、はい……」


 なぜか胸が痛んだ。無理なんてしなかった、全くと言ってもいい。主に欲情してました、それしかしてませんでした。

 ごめんなさい、と口にしたかったが、理由を聞かれると困るので言葉をそっと胸の中に仕舞いこんだ──。ジョーシさん、ごめんなちゃい。


「それより、見てください救世主さん」

「うん?」


 ジョーシさんがその手の剣で指し示したのは空洞の中だった。さっきから気になってはいたが、随分明るい。その中央に何か居るようだが、あれは……なんだろう。

 丸?何かが空中で円を描いている、その輪郭はウロコのついた蛇のような生き物だ。しかも口で自分の尻尾を飲み込んでいる、意味が分からない……。

 お腹が空いたの?暇だからかじっちゃったの?それはまるで自分の尻尾にじゃれて、クルクル回ったあげくに疲れて倒れた犬を思わせて、哀れさと悲しさを漂わせていた。

 そんな生き物がなぜかは良く分からないが神々しい光を放っている。なんというか……、シュール(=超現実的な・不条理な・奇抜な等の意味)。

 誰がこんな風に祭り上げてしまったのだろう、可哀相だから出来れば隠してあげたい。俺はなぜかそいつが自分の恥のように思えて来て、いてもたってもいられなくなってきた。

 するとジョーシさんが解説を入れる。


「自分の尾を食べる蛇、確かウロボロスと言ったと思います。不老不死や死と再生を意味しているらしいですよ……。何か凄いですね」

「え……?そ、そうだね」


 何か凄いものらしい、凄い馬鹿とでも言いたいのだろうか……?だが、ジョーシさんの口ぶりにはそんな皮肉がこもっているようには思えなかった。

 一応まともな信仰らしい。俺にはそうは思えないが、少なくともジョーシさんがそう感じているのなら良しとする。それでも俺は脂汗をかくような居心地の悪いものを感じながら空洞の中へと足を運んだ。

 念の為に近づいてみるが、どうやらこの哀れな輪っかに害はないようだ。まぁ、あの塞がった口ではもう他の物に手出しは出来ないだろう。手じゃないから口出し……?どっちにしろ不憫な奴だ。

 俺のそんな憂鬱な気分とは正反対に、ジョーシさんは少し高揚した声で言う。


「この光なら何とかなるかもしれませんね。救世主さん、どうですか?」

「……どうと言われましても」


 俺としては全く気分が乗らなかった。出来ればこんな場所は早く出て行きたい、恥ずかしいものを見られた思春期の娘のように、きゃあ!と声を上げて部屋に閉じこもりたい。この哀れな輪っかが自分の恥部のように感じ、そんなものにテンションが上がっているジョーシさんも含めて全てが嫌になって来ていた。

 そんな俺の表情を読んだのか、ジョーシさんの顔が曇る。


「あ、すいません……」

「いや、ジョーシさんが悪い訳じゃ……」

「もう姉さんに立ち向かうのは無理ですか?やはり、怖いですよね……」

「え、うん……。え?」


 勘違いをされていた。

 いや、全く勘違いって訳でもないのだ。キョウシちゃんは怖いよ?確かに怖いけど、今の俺の憂鬱は全く別のところから来ていて。それは主にこの無闇に神々しい恥部のような輪っかが原因であって、キョウシちゃんは怖いよ?怖いけど……。それとはまた違った感情だった。

 そうか、俺が必死で逃げて来たからそう思われても仕方がないのかもしれない。確かに怖かったんだけどさ、それもまた違った意味の怖さでさぁ……。


「いや、そうじゃなくて……」

「はい……?」


 説明をしようかと思ったが、それらを全て誤解がなく伝えるのに限界を感じ。そんな事に費やす時間も虚しく思え、ひとおもいにこの輪っかを真っ二つに出来ればスッとするだろうに……、そんな考えが頭をよぎる。

 俺がため息交じりにその輪っかを見ていると、何かが記憶をかすめた。……何かに似ている、この明るさ、そしてこのパターン。あの神々しい木を中央に置いて戦おうとする俺と、それをあざ笑うように”世界”の木を両断して俺に迫るあの女。

 きっとここで戦っても同じ事になるのだろう。この輪っかが切り刻まれるのには多少の興味があったが、それより先にキョウシちゃんを救う事を考えなくては。その為には作戦が、そうだ作戦が必要だ。


「ジョーシさん、こんな何も無い空洞でキョウシちゃんを相手に時間を稼ぐのは無理だ。何か作戦が要る、一緒に考えてくれないか?」

「……分かりました」


 静かにジョーシさんがうなずく、その顔には何か不安のようなものが見て取れた。俺を心配してくれているのだろうか。余計な心配は不要だ!と言いたい所だが、正直なところ俺にも不安しかない。

 まぁ行けそうならいって、無理そうなら諦めればいいじゃない。光を放つ連中も割りといるようだし。

 俺は前向きか後ろ向きか良く分からない姿勢で作戦を練りだした。


「うーん……」

「……」


 だが、いざ作戦を考えると言ってもどうしたものか……。

 目的はキョウシちゃんに明るい場所に居て貰う事、光を当て続けると言い換えてもいい。その為には何をすればいいか?

 縛り上げて動けなくする、そして存分に日光浴を楽しんで貰えれば言う事はないのだが。誰が縛り上げるというのか、俺やジョーシさんでは無理だし、きっと神の剣三本も従わないだろう。俺の剣がもう少し役に立ってくれればいいのだが……。

 では、キョウシちゃんの頭かローブにこの輪っかを固定できないだろうか?それならずっと明るくて、気付けばキョウシちゃんも我に返る。まぁ、どうやって固定するかも分からないし、直ぐに輪っかを斬られて終わるのが落ちだろうけど。

 やはり時間稼ぎしかないか……、しかしどうやって?あんな怪物を前に3秒とまともに立っていられる気がしない。前は神の剣に救われたが、そう何度も上手く行くとは思えないのだ。キョウシちゃんがその気になれば、神の剣も投げ捨てて手刀やその歯で首筋を狙って来る可能性もある。

 想像するだけで身の毛がよだつ……、本当にありそうだから怖い。俺、あの子のこと好きだったんじゃなかったっけ?好きな人に殺されたいとか、そういう趣味?もう色々分からない。


「ボクの考えとしては──」

「ああ、何かひらめいた?」


 気付けば頭を抱えていた俺はその声に顔を上げる、するとジョーシさんのうつむきがちな顔に気が付く。二人して暗い顔をしていたようだ、作戦会議どころかこれでは葬式ではないか……。


「このまま穴を掘っていって地上に出ればいいかと……。もちろん、その途中で姉さんが元に戻るならそれもいいんですが。基本的には穴を掘る時間を稼ぎつつ、地上を目指すつもりでした」

「あー、そうだったんだ」


 確かに地上に出てしまえば話が早い、多少の日陰はあっても逃げ場がないからだ。なんなら広い場所におびき寄せればそれでいい。

 周りに人が居ない事が条件になるが、これだけ斜めに掘っていれば街からかなり離れた場所には出るのだろう、それがどこかは分からないが。

 問題は日の出ていない時はどうするかだ、夜や天候が悪い時の対処になる。だが、仮に夜でも一晩ぐらいは逃げ回ればいいのだろうし、この辺りはめったに雨が降らない。そう考えると手堅い作戦と言えなくもなかった、時間は掛かるけどね。

 なら……、それでいいんじゃない?別に無理する必要ないし。うん、悪くない。そう思い顔を上げるとジョーシさんと目が合う、その目が何かを訴えているようだ。

 もしかしたら俺はジョーシさんの表情を読み違えたのかもしれない。さっきの不安そうな顔は俺を心配したのではなく、不満に思っていたのかもしれない……。自分の作戦が否定された気がして不満な顔をされていたのかも。そう考えると俺に立つ瀬はなかった。

 だが待て、作戦を考えようと言い出したのは俺なのに、ホイホイとジョーシさんの案に乗るのか?それでいいのかお前は!?──別にいい、とは思ったが。それでも何か引っ掛かりを覚えた。俺の隅っこに残る意地とか不要なプライドがまたもうずいてしまった。

 よし、ここは一つジョーシさんがビックリするぐらいの妙案を考え出してみようではないか。まぁ、それが出来れば既にやってるんだけどね……。結局は振り出しに戻っただけだった。


「うーん……」

「……」


 うなってはみたが何も浮かばない、ジョーシさんの視線が痛い。そりゃあ、ここまで自分の作戦でずっと進めて来たのに、今更別の作戦を立てようなんて言われているのだ。俺でもそんな顔になる。気持ちは分かるが今はスルーだ。考えろ、何かないか何か……。

 なぜか俺は追い詰められていた、せっかくキョウシちゃんから逃げて来たというのに。体はヘトヘトでそろそろ空腹を覚え出していた。ああ、俺はどうすればいいのか……?

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