剣の小さな達成
「随分遅かったですね、救世主さん。何をしていたんですか?」
「そ、そりゃあ研究だよ!決まってるじゃないか!」
俺は内心の恐れをぶつけるようにジョーシさんに言い放った、何が決まっているのかは自分でも分からない。
ジョーシさんは俺のそんな八つ当たりのような行為にも眉一つ動かさず会話を続ける。
「研究、ですか。何か分かりましたか?」
「そ、そりゃあ色々と……分からなかった」
「そうですか……」
速攻で折れた俺から視線をずらすと、ジョーシさんは空洞を見回す。そこは森の中のようだった、いくらか木漏れ日も見られるが、深い緑で覆われた薄暗い森だ。ここには一体何が居るのだろう……?
そんな事も気にはなったが、とりあえず今は一番に聞くべき事があった。
「なぁ、そろそろ俺にも説明してくれない?キョウシちゃんに何が起こってて、俺たちは何をしてるのか」
俺の問いに口を塞ぐと、ジョーシさんは森の中を真っ直ぐ歩いて行く。何も居ないのだろうか?そうは思えない。俺には見えていないだけかもしれない。それこそあの暗闇の空洞がそうであったかのように、人によって見えているものが違うとか、そういう何かが居るのかもしれない。
「どう説明すればいいんでしょう……」
歩きながらジョーシさんが視線を上げる。その視線は空虚で見覚えがあるものだった、暗闇の中で俺を見るジョーシさんの視線だ。俺は思考を巡らせる。
あの時のジョーシさんと今のキョウシちゃんが同じ原因でそうなったのだと仮定して、どうしてこうも行動に違いが出るのか。どちらもひどく面倒だという点では共通しているが、何も出来なかったジョーシさんと急に襲い掛かって来たキョウシちゃんとでは行動に幅がありすぎる。
そして、その面倒を引き受けているのがほぼ俺だというこの理不尽。妙な疲労感を覚えた俺は、ジョーシさんに取り留めのない質問をする。
「あー、そういえばさ。あの時って寂しかったの?」
「あの時って何ですか?」
「えっと、あの……暗闇の中に居た時。俺に抱っこされてた時かな」
ジョーシさんが息を呑むのが分かった、立ち止まると鋭く俺を睨む。
あれ?どういう反応?俺、何か聞いちゃいけないこと聞きました?
「……気付いてたんですか?」
「気付くって……、何を?」
「その、ボクが寂しかったとかそういう……」
珍しくジョーシさんが語尾をにごす、うつむき加減な顔から訴えるように視線を上げて俺を見ている。あれ?俺ってもしかして今から刺される?
「そりゃまぁ……、散々俺のこと呼んだり一人にするなって叫んでたから」
「あ……」
その一言を口にしたまま、ジョーシさんの動きが止まる。目の焦点がまるで合っていない。
おいおい、もしかしてまた見えなくなったんじゃないよね?嫌な予感がした俺はジョーシさんの顔の前で手を振る、そして引きつった顔でダブルピースをかます。
ジョーシさんはそんな俺から目をそらすと、ポツリポツリと口を開いた。
「そう、ですよね……。隠す必要はなかったんですよね……。それと、可愛くないですよそのポーズ」
見えてた、俺は安心すると同時に心に小さな傷を受ける。心配してこんな行為に及んだだけだというのに、ひどい。
だが、傷ついたのは俺だけではなかったようだ。ジョーシさんは決意するように顔を上げると俺に向かってまくしたてるように言葉を続けた。
「ただ……、そんな簡単に口にしないで下さい!あんな姿、ボクの丸裸みたいなものじゃないですか、そんなのを見られていい気分がする訳がないでしょう!?」
「丸裸……?そんなの見てないぞ!」
なんだか理不尽な怒りに大して俺なりに反発する。こんなに言われるぐらいならやはり尻ぐらい触っておくべきだった、俺の視線が腰辺りに落ちる。もったいない事したな、ちくしょう!と思った瞬間、何かと目が合った。何か……?
「うわっ!?」
「何ですか!?叫びたいのはこっちですよ!」
「何か居る……」
「……ああ」
俺と目が合ったその物体は、直ぐに顔を引っ込めたが再び木陰からその小さな頭を覗かせる。その顔は子供のようだが随分と老けているようだ、背丈のせいで子供に見えるだけかもしれない。俺の膝ぐらいまでしかないのだが……、小さい。
「小人の信仰でしょうかね、あちこちに居ますよ。そんな事より──」
ジョーシさんが何やら語り始めた、デリカシーとかうんたらかんたら。だが俺はそんなものより小さな人の事で頭が一杯だった。崩れる”世界”の木とその中からこぼれ落ちる小さな生き物たち、俺の中にそんな記憶と後悔が繰り返し襲って来ていた。俺はこれを、守らなければ……!
「聞いてますか?救世主さん。別にこれはボクだけの問題じゃないんです、誰にだって触れて欲しくない部分というのがあってですね」
「守ろう」
「救世主さん……!分かってくれたんですね。そうです、そういう事です!」
「この小さな人たちを守ろう」
「……はい?」
俺はハッキリと決心した、この小人たちを再びあの女にやらせてはいけない、この小さな人たちは俺が守る。体の底から力が湧き上がるのを感じた。だが、そんな俺の決意とは対照的に、ジョーシさんの妙に冷めた視線が俺に突き刺さる。あ、やっぱり俺、刺される?
俺は体の底から湧き上がった力が速攻で漏れていくのを感じていた。するとジョーシさんはサッと俺に背を向け、壁に剣を突き立てるとさっさと穴の中へ入って行った。
睨んだりボーっとしたり怒ったり冷めたり、なんだかジョーシさんが忙しい。あの暗闇の間であった事の後遺症だろうか、早く落ち着くといいのに。
穴を掘る音がピタリと止まると、ジョーシさんの声が響いてきた。
「そこでも余り時間稼ぎをする意味は無いと思うので、早めに切り上げて下さい。次の空洞で待ってます」
それだけ言うと俺の返事も待たずに壁の破壊音が続く。ここでも時間を稼ぐ必要はないらしい、……どうしてだっけ?ジョーシさんの計画が良く分からない、完全に聞くのを忘れていたようだ。
まぁいい、今の俺には目的がある。この空洞に居る小さな人、彼らを守るのだ。今度こそは……!俺はその場に腰を下ろすと、一人静かに作戦会議に入った。
「しくしく……」
聞きなれたようなその泣き声を聞くと、俺は待ちくたびれたように立ち上がる。周囲で俺をチラチラと見ていた小さな人たちが一斉に顔を隠す。
彼らの数は想像していたよりも多く、辺り一面に並んだその目にずっと見られていた俺は、いつしかその視線に苦痛しか感じなくなっていた。数も多いが好奇心も強いらしい。
守ると一度心に決めたものの、その存在が既に邪険に感じられ、女が来るより先に俺が斬ろうかと迷う段階にまで入っていたのだが……。良かった、やっと来てくれた。ありがとう。
そして俺は、まるで友達にでも話しかけるような気楽さでその女に声をかけた。
「こっちこっち」
女は直ぐに俺の方へ顔を向けると、足を引きずるようにして歩いて来た。その足元に居たであろう小さな人も、さすがに相手を選ぶのか完全に顔を隠している。良かったような残念なような、とりあえず俺の初志は貫徹できそうだ。
女を誘導しながら、俺は穴の入り口へと移動する。正直、大した作戦でもない。この空洞を女と共に何事もなく通り過ぎる、それだけの事だ。それで彼らは救われる、いや、俺の心が救われる。そんな小さな満足感の為に俺はやっている、その為に小さな人たちの視線にずっと耐えて来たのだった。
女は迷わず俺の方へと近づいて来る。いいぞ、来いよ。そのまま何の迷いもなく──。
俺に一つの迷いもなかった。恐らく女にも無い、はずだった。しかし女の動きが僅かに止まった、その顔が下を向く。
「あ」
俺は声を発していたが、その時にはもう穴に向かって走り込んでいた。女の足元にあったのは、小さな人の顔。俺が最初に見つけたあの小さな人だ、きっと好奇心に負けたのだろう。
背後で剣が風を切る音がする。だが俺は止まる事なく走り続けた……。そうだ、俺はやり切った、小さな人たちを守り通した。少々の誤算はあったが基本的には成功だ!俺の心に何の後悔も引っ掛かりもなかった、それどころか妙にスッキリしていた。二つの事を同時にやり遂げたような、妙な爽快感があった。
「やったぜ、やり遂げたぜ!」
満足感と共に俺は穴の中を走っていく。しかし今度は中々空洞に辿り着かない、それどころか光も見えない。ほぼ真っ直ぐに掘られた穴だがジョーシさんの握力の問題か多少のズレがあり、それが視界をさえぎっていた。
一体どこまで続いているのだろう、緩やか斜面が足腰に少しずつダメージを与えていく。このまま地上に出たらどうなるのだろう……?そんな疑問が浮かんだが、解答のないままに光を目にする。
空洞か?だがその光は見覚えのあるランプの物、そしてその前には人影があった。つまりはジョーシさん……?
鳥の人が頭に浮かんだが、俺は構わず走っていく。そして耳に響く剣の破壊音を確認すると声を上げて叫んでいた。
「ジョーシさん!」
人影が僅かに動く、どうやら振り返ったらしい。間違いなさそうだ。確認するかのように聞き慣れた声が響いて来る。
「救世主さんですか、今度は早いですね」
「そろそろこの作戦について教えてくれないか!俺たちは何の為にこんな事をしているんだ?」
俺はさっさと本題に入る、また何かに邪魔されてはたまらない。
そんな俺の声にジョーシさんは手を止める、そして静かに俺の目を見つめると簡潔に言う。
「嫌です」
「……はい」
再び穴掘りが始まった。




