剣のでかい
俺の時間稼ぎは一瞬で終わりを告げた。
当てるべき光が真っ二つにされてしまったのだ、これではいくら時間を稼いでも意味が無いだろう。俺は自分の計画の浅はかさに呆れ、そして単純に怖かったから逃げた。それで間違いないと思います。
俺は空洞の隅まで行くと、四本足から二本足へとスライドするように立ち上がり。そしてそのままジョーシさんが作った穴へと走り込んだ。
「救世主さん、無理しないでいいですよー」
「しなかった!無理なんてしてないぞー!」
前方からやって来るジョーシさんの声に返答しつつ、俺はジョーシさんの剣が放つ青白い光を頼りに穴の中を駆け上がる。その先にはまた空洞らしき場所と光があった……、案外近いな。
次はもっと上手くやろう、上手くやれるさ!俺は気合を入れなおすとその光の中へ飛び込んだ──。
「これは……」
「あ、救世主さん。もう来たんですか」
そこにはジョーシさんが居た。その言葉に嫌味は感じられなかったが、自分に対する不甲斐なさに頭が重くなった。しかし、それよりも俺の目を引いたのは空洞の中央にある物体だ。
ジョーシさんのランプに照らされて、これでもかと巨大な存在感を主張している不可解な物体。これは……、足のようだ。
「でかい……」
「そうですね」
思わずため息のような声が出る、そうとしか表現できない大きさだ。その大きさは手足を伸ばした俺の体を丸々押しつぶせる程で、小指ですら俺の頭より優にでかかった。そんな物が空洞の中央で天井を突き破るようにして存在していたのだ。
「巨人……?」
「さすがにご存知でしたか、恐らくこれはそういった信仰でしょうね。ただ、足だけですが」
「足、だけ……?」
確かにくるぶしから上は天井によって見えてはいない、だから足だけと言えばその通りなのだろうが。この物体にはその上にふくらはぎや膝、更には胴体の上に首を乗せた巨人の姿を想像せざるを得ない、凄みのようなものがあった。
さすがにこんなの相手に出来ないぞ……、それこそ巨大な神の剣を持ってしてでも──。
そう考えた時、俺の中で何かがつながった。これは神、かつて神の剣を手に戦ったとされる神の姿なのではないか。ならこの地下に俺たちがやって来たヒントか何かがここにあるのでは……!
「じゃあ、ボクは先に行きますね。ここで時間を稼ぐ必要は余りないので、救世主さんも適度に逃げて下さい。それとも一緒に来ますか?」
「いや……、いい」
「そうですか」
ジョーシさんは淡々とそう告げると、壁に穴を開けて行ってしまった。明りがなくなり一気に空洞が暗くなる。どうやらここには光がほぼ無いようだ、随分と薄暗い。
しかしジョーシさんの反応は俺の感動に比べて随分と淡白だった。もしかしたらキョウシちゃんの事で頭が一杯で、ここへ来た本来の目的を忘れているのかもしれない。
俺は剣の発する青白い光を頼りに、足の周りをグルリと一周しながら考える。この足に沿って上へ掘り進んで行けば、この巨人の正体やその存在の意味が分かるかもしれない。そうすれば俺たちがここへ来た目的も全てハッキリとするかもし──。
「あ」
思わず俺は声を上げていた、ポカンと口が開いているのが自分でも分かる。
その時、俺が見たものは、巨大な足首の上に空いた穴だった。それは恐らくジョーシさんが作ったのであろう穴。俺と同じ考えに至ったのかは分からないが、やはりジョーシさんも気になったのだ。そして足首の上に剣を刺して確かめた、その結果は……。
ただの穴があった、足首の上には何もない、巨人どころかスネすらない。つまりはここにあるのは足だけ、本当にそれだけだった。これは一体何の信仰なのか、巨人なのか巨大な足なのか、それすら良く分からないが。とにかく、ここに居ても大して得られるものは無いようだ。
……まてよ、僅かなヒラメキがあった。これならいけるんじゃないか?この大きさなら……。俺は少しここで待つ事にした。
「しくしく……」
布を引きずる音と共に、湿った女のすすり泣きが聞こえてくる。俺は休めていた体を起こし、戦闘態勢に入る。
ジョーシさんの剣を頭上に掲げると、女の姿が闇の中に浮かび上がった。相も変わらずボサボサの長い髪、そしてその合間から僅かに光を反射した双眼が動いている。
俺は思わず悲鳴を飲み込む。そこには俺が好きだった女の子の姿は欠片も無かった、あれほど求めて振り回された女の子の姿は……。
やはりこれは別人、キョウシちゃんとは違う何か。しかしそうであっても、ジョーシさんが元に戻ったように、キョウシちゃんもまた元に戻せるはずだ。
俺は腹に力を入れると、自分を叱咤するように声を張り上げた。
「俺はここだ、かかって来い!」
女の目が俺を捕らえる。大声を上げたにも関わらず、俺は思わず巨大な足の下に顔を伏せていた。怖いんです……。
だが使える、この巨大な足は。そうだ、今度こそさっきの”世界”の間で出来なかった作戦が使えるはずだ。つまりはこの巨大な物体の周りを回っての時間稼ぎが。
これは言わば雪辱戦なのだ、一瞬で粉々にされた俺の小さな友人たちの……。
「救世主さん、まだですかー?」
ジョーシさんの間延びした声が水を差す、今はそれどころではないのでスルーを決め込む。女はその声に何ら反応を示さず、静かに俺の方へと近づいて来る。右か左か、それとも……。
女は片手で剣を振り上げると、目にも留まらぬ速さで巨大な足に斬り付けた。まるで世界の間であった事の繰り返しだ、だが今度の俺は焦っていなかった。それが大方予想できていたからだ。
土踏まず辺りを切られた巨大な足は、しかし何の反応も示さず、かといって道を譲る事もしなかった。僅かにその断面を覗かせただけで、他に何の変化も見せなかった。
第二・第三の剣戟が飛ぶ。巨大な足はその度に断面を作り、いくつかは破片となって崩れたが、それでも変わらぬ大きさを女の前に誇示し続けた。
俺は密かに心の中で勝利を確信する。いや、勝利なんてものは無いのだが、それでも作戦の成功を感じてほくそ笑んでいた。
「救世主さーん、生きてますー?」
「生きてる生きてる、活き活きしてるよー!」
ジョーシさんの声に、俺は弾んだ声で返答する。そんな俺の前では、女が巨大な足に向かって何度も何度も剣を振り下ろしていた。いい加減諦めて回り込むかと思われたがその執念は見事なもので、巨大な足を側面からえぐるように道の様なものが出来始めていた。
そんな姿を見ながらも俺がまだ焦っていなかったのは、例え道が貫通したとしてもカカトか爪先の方に回ればいいと考えていたからだ。逃げるのはそれからでも遅くはない。
巨大な足が中ほどまで斬り進められた辺りで変化が起こった、女が剣を振り下ろすと共にバランスを崩したのだ。疲れた……?俺は一瞬そう考えたが、この程度で足に来るほどキョウシちゃんの体はヤワではないはず。しきりに足元を気にしているのを見ると、どうやら転がっているものが問題のようだ。
斬り落とした足の肉片、それは恐らくブヨブヨと柔らかく、足場にするには余りに適さない物体。それがいくつも女の足元に転がっているのだ、これでは歩くどころか剣を振るのも大変だ。これは嬉しい誤算なのかもしれなかった。
女はバランスを崩しながら何度も剣を振り下ろす。時に足を滑らせ、また巨大な足に手をついて、その不思議な動きは踊っているようにも見えて、恐怖であったが同時にコミカルでもあった。そしてついに女が尻餅をつく。
倒した……。俺が倒した訳ではないが、作戦勝ちという事にしておこう。妙な満足感で女を見下ろす、女は直ぐに立ち上がったが(その事で多少なりとも驚かされたが)、再び足場の悪さにバランスを崩してよろめく。
「しくしく……」
俺は一体何を眺めているのだろう……。目の前では恐ろしい執念でもって転んでは立ち上がる、それこそ七転八倒する女の姿があった。なぜそこまで頑張るのか、回れ右をして方向を変えればそれでいいのに。まぁ捕まるつもりはさらさら無いが。
その湿っぽい声も相まって、徐々に不憫に思えて来た俺がいる……。
立ち上がり、よろめいて、剣を振り回しては、倒れる。学習とか賢い手段とか、そういった事とは無縁の行為には、まれに人の心を動かす何かがある。転ぶように巨大な足に顔面をぶつける女、大して固くはないだろうが、それでも俺は思わず手を差し出していた。
「大丈夫……?」
「しくし……!」
女と目が合う。いや、その目は髪で隠れていて良く見えないが。それでも何かが通じた気がした。この感覚は、ジョーシさんを抱っこした時にもあった感覚。もしかしたらキョウシちゃんもこれで元に戻るかもしれな──。
頬に冷たいものが触れる、そして生暖かい物が流れていく。次に尻餅をついたのは俺の方だった。
見上げた先に剣がある、女が振り上げている俺の剣。危ないじゃないか、どうして守ってくれなかった。神の剣、お前も油断してたのか……?女は再び動き出し、七転八倒を再開した。
何も通じていなかった、気のせいでした。それと神の剣、やはりお前に感謝などしない。
「救世主さーん、そろそろ気が済みましたー?」
ジョーシさんの間延びした声が響く、さっきから何度もうるさいな。せっかく俺が時間を稼いでいるだからどんどん先へ掘ってくれればいいのに、一体何をしているんだろう。
うん?そういえばさっきジョーシさんは言っていた、「ここで時間を稼ぐ必要もないので」と。どういう意味だろう、光に当てるというのも良く分からない。
風を感じて顔を上げると、目の前に剣があった。そして巨大な足の上に覆いかぶさった女が俺の方に頭を垂れていた。
「ひっ!?」
俺は悲鳴を飲み込むと手足で尻を浮かせ、カサカサと背後へ逃げる。
済みました、気が済みましたいくらでも。俺は再び四本足から二本足へとスライドするように立ち上がると、ジョーシさんの作った穴へと肩をぶつけながらも駆け込んだ。
別に逃げた訳ではない、早くジョーシさんから計画を聞かねばならない。俺の脳が論理的思考を欲していたのだ。そんな俺の口から思わず知性があふれ出してしまう。
「た、助けて!ジョーシさーん!!」




