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剣の世界

「聞いてますか?救世主さん」

「あ……、はい」

「きっとあそこでは、その人の一番恐れているものが見えてしまうんじゃないかと。そう思うんです」

「ああ、……ああ?」


 俺の頭の中は鳥の人の断末魔で一杯だった、恐怖は今も刻々と近づきつつある。……ジョーシさんが何か言っているようだが内容が入って来ない、あそこ?あそこってどこだ。

 迷子になる俺の頭。ジョーシさんはそんな俺に振り返ると、真剣な顔で口を開いた。


「つまり、ボクにあの時見えていたのは……」


 ジョーシさんは俺を見ると、なぜか再び口を閉ざした。そしてさっさと穴掘りに戻ってしまう。その肩越しに脱力するようなため息と落胆が伝わってくる。

 とりあえず俺は、ジョーシさんが見たのであろう自分のバカ面を整理する。うんうん、……よし。無理に真面目な顔を作ったせいで眉間が釣りそうだ、ほどほどにして諦める。

 そして次は頭の中だ、何を言っていたっけか。恐怖とキョウシちゃんと、あそこと見えていたもの……。ん?何が見えていたって?恐怖のキョウシちゃんのあそこが見えていた。え、マジで!?


「新しい空洞ですね」

「ああ、……ああ?」

「これは少し期待できるかもしれません」


 俺たちの前にまばゆい光が射し込む。何が期待できるのかは分からないが、俺たちは様子を見つつ中へ一歩踏み出した。

 そこにあったのは一本の木だ、昼寝の木を思い出したがあれとは少し(おもむ)きが違っている。見るからに老木ではあるのだが、その中央辺りには円形の土がついていて、木の根を小さな蛇がかじっている。なんだこれ?

 とりあえずジョーシさんに聞いてみよう。


「何?これ」

「これはまだ有名な方だと思いますが……。本当に何も知りませんね、救世主さん」

「ごめん……」

「いえ、責めている訳ではありません。説明のしがいがあります」


 そう言うとジョーシさんはメガネの中央を指先で少し押し上げてから続けた。


「これは世界の成り立ちに関する信仰です。世界がこの木のようになっている、と昔の人は考えていたんですね。この土の部分にボクたちの大地があるんです、そして上には神族、下には死の世界や氷で閉ざされた場所がある……。今は少し古びた考えですが、根強く信じている人は存在するようですね」

「へぇ……。まぁ、害はない訳ね」

「そうですね。あ、でも下手に手を出さないで下さいね。一応は世界の始まりや終わりをつかさどる何かがその辺りに居るそうですから」


 そう言われて少しは萎縮(いしゅく)したが、こんな木一本に一体何が出来るというのか。堂々と近づいて見ると想像以上に小さい、俺の背丈と変わらない。もっと遠くにあるのかと思ったのだが、無闇に神々しい光を放っているせいでそう勘違いさせられただけらしい。

 良く見ると蛇以外にも動く石や鹿が居るようだが、どれもかなり小さくて頼りない。これが世界なのか……?それこそキョウシちゃんが見たら可愛いの一言で全て片付けられてしまいそうだ。これが世界……。


「救世主さん、ここで少し時間を稼げませんか?姉さん相手だと厳しいかもしれませんが」

「……え」


 俺が世界に絶望していると、妙に具体的で危険な事を告げられてしまう。

 まぁ少しでいいならいいが、それでもその少しで俺の寿命がどれほど削られるかを考えると気が遠くなった。その後に俺の命が残っていればの話だが。

 俺の訴えるような視線にジョーシさんが返答する。


「姉さんを元に戻すには、光を当てるのが正解だと思うんです」

「光……?」


 何を言っているのだろう、野菜でも育てるつもりだろうか。キョウシちゃんの頭の上に花が咲く、そんなイメージが俺の頭の中で花開く。あら可愛い。


「理由は後で話します、危険だと思ったら直ぐに逃げて下さい。いいですか?」

「お、おう。ま、任せろ……。やだ」

「……本音が漏れてますよ。少しでいいです、お願いします」


 ジョーシさんはそう言い残すと、空洞の端へと歩いて行った。残された俺は、まるで吊るし首になるのを待つ罪人のような気分だ。頭の中で再び鳥の人の断末魔がこだまする、鳥の人……。

 俺は不安を紛らわすように、思いついた疑問を口に出してみる。


「ああ、そういえばさ。さっきの鳥の人ってなんだったの?」

「……あれは、ボクにも良く分かりません。不潔な神か何かでしょうか」

「ああ、そう……」


 それだけ言うとジョーシさんはさっさと壁に穴を開けて行ってしまった。

 人でなし!冷血人間!俺の中でジョーシさんに対する悪口が飛び交ったが、それも不安を紛らわす手段でしかなかった。

 俺は”世界”の方に顔をやる、小さな生き物たちが何かしている。そうだ、世界なんて所詮はこんなものなのだ。大したことはない、こんなもの壊れようがどうしようが……。

 俺はその中に居る小さな石の生き物に指を近づける、するとその石の生き物は俺の指を乗り越えて歩いて行く。こいつ、やるじゃないか。

 俺は再び指を近づけると、今度は手の平を下ろして石の生き物の前に五つの山を作った。それを見た石の生き物は、しかし何らためらう事なく俺の指を一つ一つ乗り越えて行く。ああ、生きてるんだなぁ……。

 なぜか俺は感動していた、こんなに小さくても生きてる。ちっぽけでも生きてる。そうだ、これが世界だ、世界はここにあった!


「しくしく……」


 その声に顔を向けると、そこにはボサボサの髪と擦り切れた服の女が立っていた。ああ、世界は終わった……。

 俺の意識が一気にこの場へ戻ってくる、鼓動が一気に高鳴る。世界に絶望したり感動したりしている場合ではなかった、現実逃避もほどほどに、だ。

 再び俺の前に実力の差という壁が立ちはだかっていた。絶対に勝てない相手にどうやったら少しでも時間が稼げるか……?俺は急速に頭を回転させる。もっと前に考えとけよ、俺!

 しかし、その女は中々動き出さなかった。目元を押さえてフラついている、どうやら急に眩しい場所へ出たせいで目がくらんでいるようだ。それともジョーシさんの言う光の効果とやらが表れたのか……?

 ここはひたすら様子を見る。今がチャンス?いやいや、倒すのが目的ではない。そもそも斬りかかっても倒せる気などしない。足音で場所がバレて、上半身と下半身がお別れするぐらいが関の山だろう。

 だが、キョウシちゃんが手にしている神の剣。そこに僅かな救いがあった。それは元は俺のもので、一応は俺を持ち主と認めているはず。……少なくとも敵だとは思っていないよね?既に一度助けられてるし。

 キョウシちゃんがあの剣を手にしている以上、俺の上半身と下半身がお別れする心配はないのだろう。上半身と頭もだ。

 いざとなったら刃の向きを変えて、斬る行為を殴る行為に変えてくれるだろう。それならきっと死なない、死ぬほど痛くて骨が数本折れるぐらいで済むだろう。それはそれで、う~ん……。


「しくしく……」


 すすり泣きと共に女が行動を再開した。泣きたいのはこっちだったが、さすがにそろそろ俺も腹をくくるべき時だった。自分に何が出来るか、改めてそれを問いかける。

 手元にはジョーシさんの短刀のみ、まともに斬り合ったのでは歯が立たない。だがポイントはここなのだが、勝つ必要はないのだ、時間を稼げば良い。そしてこの木が放つ光によって、キョウシちゃんの頭に花を咲かせればいい。そう考えると手段が大分変わって来る。

 逃げ回ろう。普段のキョウシちゃん相手なら俺が取るべき行動では全くないのだが、今のキョウシちゃんは違った。なぜか走らないのだ、それは今までの行動でも明らかだ。逃げ回る。

 そしてその為にも何か障害物があった方が良い。追い込まれる心配がないように、そして何ならその周りをグルグル回ってもいい。それがすなわち、この木だ。

 ”世界”の周りをグルグルと回って時間を稼ぐ、それは何かとても暗示的で、自分が神か何かになったかのような雄大な計画だった。

 俺は思わず口を開いていた。


「さぁ来い!」


 女は俺の方に顔を向けると、足を引きずるようにゆっくりと動き出した。この速度なら大丈夫だ、さぁ右から来るか左から来るか。

 俺は腰を落とし女の行動を注視する、同じ速度で逆の方向へ逃げる。そして始まる”世界”を中心にしたダンス。……俺の心は既に踊っていた。

 女が静かに近づいて来る。右か、左か……。その一挙手一投足も見逃すまいと、俺は”世界”の隙間から女を覗き見る。女はゆっくりと剣を振り上げる、しかし今使うべきなのは腕ではなく足なのだと、俺は密かにほくそ笑む。そして更に言うなら頭かな……?

 女の手元が一閃する、そして俺の頭の上から”世界”が真っ二つに割れて転がり落ちてくる。


「せ、世界がー!?」


 再び”世界”が終わりを告げる。いや、女がこの場所に現れた瞬間に、”世界”は既に終わっていたのだ……。

 俺の目の前を石の生き物や小さな人がなだれ落ちる。そして”世界”である木がその断面を(あらわ)にし、神々しい光を発する表面を伏せて倒れる。”世界”が終わり、闇が女と共にやって来た。

 それは何やら暗示的で、俺は終末を見守る神の様な気分でいた……。そして女はそのまま真っ直ぐ俺の方へ歩み寄ると、その腕を振り上げる。


「救世主さん、大丈夫ですかー?」

「わあっ!?わあ!!」


 俺の叫びが聞こえたのか、ジョーシさんの間延びした声が聞こえた。その声で俺は我に返る。

 わあ!?逃げろ!……いいんだよね?ジョーシさん。

 ”世界”の崩壊と共に俺は尻餅をついていたようだ、そのまま四つん這いになり女に尻を向けて逃げ出す。その直後に尻に激痛が走る、そしてパン!と鳴り響くいい音。

 神の剣の一撃は俺の尻を四つに分けず、強烈なスパンキング(尻叩き)となって俺の足に拍車を掛けたのだった。

 覚えてろよ神の剣!でも、ありがとう……。

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