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剣の鶏鳴

 俺は僅かに傾斜の付いた穴の中を駆け上がっていた、この穴はどこまで続いているのだろう。

 だが振り返る事はなかった。さっきの事を考えると逃げ切れる自信はあったし、少しでも早くジョーシさんと合流したかったからだ。

 後ろに何か未練があったとすれば、また暗闇の中に一人残して来てしまったキョウシちゃんの事だろう……。いやいや、あれはキョウシちゃんではない。同一人物ではあるが、別の何かだ。だから暗闇の中に放置しても何ら問題はない!俺の心も痛まない!

 俺のつたない自己弁解が終わった辺りで、先の方に光が見えて来た。そしてその側に人影も。


「助けてジョーシさーん!」


 近づくほどにその光がランプではなく自然光のような光である事が分かる。だがここはまだまだ地上ではないはず、という事は新たな空洞があるのだろう。

 そこまで掘り進んだジョーシさんの思惑は分からないが、とにかく合流して話を聞こう。きっとまた何か策があるはずだ。へっぽこなんて言わないよ!

 空洞の手前で妙な匂いが鼻をつく、物が腐ったような匂いだ。気にはなったがその辺りの事はジョーシさんに聞けば分かるだろう、俺は人影に向かって元気良く声を掛けた。


「ジョーシさん、遅れてごめん。次はどんな作戦でいこうか!」


 人影はこちらを振り向くと、鋭い目で俺を睨みつけて両の手の翼を大きく広げて威嚇(いかく)した。その怒った顔がどこかジョーシさんとリンクする。


「あれ?……ジョーシさん?」


 その鋭い眼光と目じりや口の下に出来たシワ。一瞬、ジョーシさんが急に歳を取ったのかと思ったが、どうやらさすがに人違いらしい。……というか、人?

 よくよく目の前の生き物に目を這わす。顔こそ人の物らしいが、腕は付け根辺りから羽で覆われてその先の翼を形作っている。腰から下も同様に短い羽に覆われ、更に膝から下は堅そうな皮膚と鋭い爪が姿を見せている。ああ、これは鳥だ……、鳥の人だ。

 少なくともジョーシさんではない、決定打はメガネをしていない事だった。


「救世主さん、こっちです!余りその人を刺激しないようにして下さい」


 声の方に目を向けると、空洞の反対側にある穴からメガネさんが俺に向かって叫んでいた。俺はホッと胸を撫で下ろす、そして素早く短刀を胸元に仕舞って中腰になり、ニヤケた顔でその鳥の人に()びへつらった。


「いやいや、すいませんねぇ、お邪魔しちゃって。直ぐに出て行くんで、……ああ、そんなお構いなくお構いなく」


 我ながら情けないが、俺はこういった行為がそれほど苦痛ではなかった。特に好きな訳でもないが、頭を下げる事に大した精神的抵抗を感じないのだ。それは俺個人の性質としては仕方がないが、救世主としてどうなのか……?そう問われると言い返す言葉は無かった。

 そんな俺の態度に、鳥の人は翼を下ろし俺に対する警戒を解いたようだ。そして足元にある、なんだろうあれは、腐肉のようなものを(つい)ばむようにして口にした。腐った匂いの原因はこれだろう。


「うーん……」


 ついうなってしまう、それはなんとも嬉しくない光景だった。

 天界かどこかに居るという翼を持った人、そんな神話的なイメージとは余りにかけ離れた生き物が目の前に居た。ハトかニワトリのように首を前後させながら鋭い目を周囲に配り、腐肉を口にしては食べ残しをばら撒いている……。

 ゾッとして空を見上げると、そんな陰惨(いんさん)な光景にしつらえたような、赤く染まった光が差している。


「救世主さん……?何を黄昏(たそがれ)ているんですか、こっちです。早く!」

「……ああ、ごめん」


 どうやら俺はショックを受けているようだ。子供の頃、嵐の中で両手を羽ばたかせて空を飛ぼうとしていた記憶がフッと蘇る。当然飛べはしなかったし、殴られるような風に引きずり倒されてすり傷をこしらえたが、それもいい思い出だ。

 だがここに居る生き物とその風景に、そんな俺の心を満たしてくれるものは何一つなかった。そうだ、早くこんな場所は出て行こう。

 足元の腐った何かを避けながら、慎重に足の踏み場を選んで歩く。キーキーと良く分からない鳴き声に顔を向けると、同じような鳥の人が他にも数体いるようだ。だがそんな発見にも俺の心は塞いだままだった。


「おっと……」


 体がよろめく、どうやら腐った物体に足を引っ掛けてしまったらしい。思った以上にナーバスになっている自分が可愛い。だがそんな事を気に掛けずに次の一歩を踏み出そうとすると、キー!だのギー!だのいう声が響き渡る。振り返ると、まさかというかやっぱりというか……、鳥の人。

 ちょっと引っ掛かっただけじゃないですか、そんな顔して怒らなくても!遠くから見ても分かるほどの剣幕で、鳥の人は俺に向かって走って来る。その足が大量の腐ったものを蹴飛ばしているが、そんな事はお構いなしだ。


「救世主さん!その人たちは──」

「え、何?どうするの!?」


 ジョーシさんの声は反響する鳥の人の金切り声によってかき消される。ジョーシさんが口をパクパクさせているのだが、俺にはもう聞き取れない。

 俺は懐に手を突っ込んで短刀を握り締める。こいつらならためらい無く斬れるだろう。だがジョーシさんの言葉が気になる、何か恐ろしい技でも持っているのだろうか。そして今、その人たちって言った?その人”たち”とは……。

 俺がその存在に気付いた時には、既に4体の鳥の人に囲まれていた。反響していると勘違いしたが、その声は実際に四方から聞こえていたのだ。

 彼らはそれぞれギーギーと俺を威嚇するように(わめ)きながら、険悪な顔をして両の翼をバサバサと羽ばたかせている。その風が運ぶのもまた、どうにもならない悪臭だ……。恐怖よりも嫌悪感が鼻をつく。

 ジョーシさんの言葉の続きは気になったが、俺はさっさと胸元から短刀を引き抜いていた。来るなら来い、少なくともキョウシちゃんよりは怖くない。

 そんな俺を見て、鳥の人たちが口を閉ざす。俺の攻撃の意志に反応したのだろう、もはや威嚇の段階ではない。続いて来るのは翼を使った攻撃か、それとも足の爪が襲ってくるか。

 俺は最初に見た一体に視線を定めると真っ先に襲い掛かる算段を立てた。数の劣勢につけ込まれないようにだ。その老婆のような顔つきからそれほど俊敏に見えないのも幸いして、俺は少し強気になっていた。

 その一体が固く閉ざしていた口を開く。それは間違いなく開戦の意志で、俺はその声を聞くと共にそいつの首元目掛けて飛び掛り、短刀でその喉元を──。


「……あれ?」

「その人たちは騒ぐだけで危害を加えません!さっさとこっちに来て下さい!」

「あ、はい……」


 鳥の人たちの後姿が遠ざかる。キィキィ言うその鳴き声が「助けてー!」とでも言っているかのようだ。

 よく分からない疲労感や脱力感を抱えながら、俺はジョーシさんの元へ体を引きずるように歩いていった……。



「あんなのでも時間稼ぎにはなるでしょう」

「時間、稼ぎ……?」


 淡々とした口調でジョーシさんが言う、その手にしているのはキョウシちゃんの剣だ。その剣はまるで自らの意志であるかのように壁に突き刺さり、俺たちに新たな道を(ひら)いていた。


「はい、恐らく今の姉さんならどんな物でも見境なく斬り付けるでしょう。なので、ああいう人たちなら逃げ回って時間を稼いでくれるかもしれません。……まぁ、一瞬で終わる可能性もありますが」

「……だよね」


 俺の脳裏に浮かんだのは、一振りで鳥の人の頭を三つも四つも同時に吹き飛ばすキョウシちゃんの勇姿だった。その首が次は俺の首になるかと思うと思わず自分の首根っこを押さえずにはいられなかった。ずっとくっついていられますように……。

 しかしジョーシさんの確信的な語り口が気になる、既にいくらか状況がつかめたのだろうか。俺は母親に答えをねだる子供のような気分でその問いかけを口にした。


「で、何か分かったの?」

「……」


 俺の問いは初っ端から空振りする。なぜだ、何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのか。俺がお預けを食らった子供のようにヤキモキしていると、ジョーシさんは振り返りその口を開いた。


「あの真っ暗な空洞に居る時、救世主さんには何が見えていましたか……?」

「え?ああ、えっと……」


 真っ直ぐな目で俺を見るジョーシさん、その目に撃たれて俺はなぜか口ごもる。告白でもされるのかと思った……、された事ないけど。

 しかし俺に何も隠す物はないだろう、自分が見たものを言えばいいだけだ。えっと俺が見たのは確か。


「尻に剣が刺さったオッサ──」

「……はい?」


 言いかけて俺は口を閉ざす、待て待て、それは合ってるけど間違ってる。少なくとも今口にするべき言葉ではない。

 そんな俺にジョーシさんは露骨に眉をひそめると、顔を背けて穴掘りに向かってしまった。誓って言うが嘘はついていない、だが真面目な話をしようとしているのに尻に剣が刺さったオッサンなどと言い出されたらそんな反応をするのも良く分かる。分かるけど、分かるけど……!

 よしここは思い切って……、仕切り直す。


「燃え上がる化け物と……、闇の怪物かな」

「……そうですか」

「うん……」


 仕切り直せませんでした。

 何この感じ……?今更真面目に話しても遅いみたいな、もう知りませんみたいな。俺は最初から真面目だったよ、ちょっと見たものが悪かっただけで……。

 まさかあのオッサンがここへ来てまで俺の足を引っ張るとは……、俺は苦虫を噛み潰すとヒリヒリし出した尻を押さえた。


「あそこは恐らく……、恐怖」

「はい?」


 会話が終わったと思っていた俺は、急に話を切り出したジョーシさんに対応出来ず、素っ頓狂な声を上げる。

 良く聞き取れなかったのだが、恐怖、確かにそう言った。そして俺がその言葉を反芻(はんすう)した直後、背後から鳥の人の鳴き声が響いて来た。そしてその声がブツ切りにされるように途切れるのも。

 その断末魔のような声が耳の中で反響する。恐怖、そうだ。確実に俺たち向かって、恐怖は近づいて来ていた……。

祝!100話&30万字!

そろそろ話を締めくくる方向に持って行きたいんですが、いつ終われるんだこれ……?


お付き合い頂いている方に感謝。

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