表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

完結編


 つまんない。つまんなかった。ずっとずっとつまんなかったのだ。


 自分はこれまでずっとつまんなかったのだと、五歳のパブロはこの前やっとわかったばかりだ。


 朝、起きる。メイドに世話されるがまま、顔を洗って服を着替えて、運ばれてきた朝ごはんを食べる。そのあとは何もしない。いや、机のアマデオと話したり、椅子のキリアンや本棚のエンリクとかくれんぼをしたりと、やることはいっぱいある。しゃべるのはパブロだけで、みんな答えてはくれなかったけれど。そうやってずっと、また眠るまで過ごしていた。


 答えてくれない家具に話しかけたり、たまには自分で答えたり。前は面白かったが、やっぱりつまらなかったな、とパブロは最近になって思った。


「おはよう、パブロ。もう朝よ」


 きれいなきれいな、まるでお姫様のような女の人が起こしに来る。その人はメイドと違って、洗顔も着替えもやってくれない。だけどパブロがたくさんあるボタンを一生懸命とめるのを、ずっと横で見守ってくれる。ぜったい急かしたりしない。


「さ、今日もお母様にどんな夢を見たのか、教えてくれる?」


 そういうとシェイラは――パブロの新しい“おかあさま”は、パブロの手を取る。子ども部屋から出して、家の食堂に連れて行く。このお母様は、パブロにひとりでご飯を食べさせない。自分は先に食べているみたいで、パブロが話す昨夜の夢のお話を聞きながら、朝ごはんを食べるのを見ている。


「今日はいいお天気だから、外でお日様にごあいさつしましょうか」


 それだけでも楽しいのに、お母様はその後、パブロと一緒に遊んでくれる。外――家の中でしか遊んだことのないパブロが、ずっと前から憧れていた裏庭へも出してくれる。思っていた通り、裏庭にはおもしろいものがいっぱいあった。植木鉢のカルロスやニワトコの木のペペ、じょうろのサンチョなど、パブロには新しい友達が増えた。


 今のところパブロの世界は家の中と裏庭だけだが、もう少し時間が経ったら、外に“おさんぽ”に行きましょうね、とお母様は言ってくれた。パブロはまだ小さいので“おさんぽ”がどんなところなのか知らない。でもお母様と一緒なら楽しいだろうと思う。


「じゃあパブロ。今日の“おはなし”の時間よ」


 そしてパブロにとって何より楽しいのは、お母様の“おはなし”だ。絵本という、パブロの部屋の棚にずっとあったけれど、今まで誰も触らなかったものがお母様のお気に入りだ。


 パブロが初めて知った“おはなし”は、毎晩のパブロの夢よりも、ずっとおもしろいものだった。お母様が語ってくれる、森の動物や海の生き物の話。パブロが“うみ”が何かわからないと言うと、絵も見せてくれた。お陰で今のパブロはすっかり物知りだ。“いぬ”や“ねこ”、ハリネズミだって知っている。


 お母様が来てから、パブロは“つまんない”をすっかり忘れてしまった。ずっと“たのしい”ばかりだから。




 そんなある日のことだ。


「おはよう」


 その日の朝、起こしに来てくれたお母様は、いつもよりずっときれいだった。どうしてかわからないけれど、今まで見たことないほどきれいな笑顔だと、パブロまで嬉しくなった。

 そんなお母様に連れられて食堂に行くと、男の人が先に座っていた。パブロも知っている人だった。


「“おとうさま”だ!」


 前に会ったのはずっと昔だが、パブロはちゃんと覚えている。この“めがね”というヘンテコな物を顔につけているのは、パブロの“おとうさま”だ。同じ家にいるけれど、“おしごと”があるからパブロはあんまり会えない。


「久しぶりだな、パブロ。いい子にしていたか」


 いい子にしていたかと聞かれ、パブロは答えにつまる。お父様の言う“いいこ”がどんな感じなのか、まだ知らなかった。困って横のお母様を見上げたら、にっこり笑ってうなずいてくれた。


「はい。ぼく、いい子です」

「そうか……」


 パブロはしっかりうなずいて答えたけれど、お父様は「そうか」と言ったきり黙ってしまう。お腹が空いていたので、まだ朝ごはんにしないのかな、と心配していたら、お母様が口を開いた。


「旦那さま。今朝のパブロの夢がどんなだったか、聞きたいんでしょう。朝ごはんを食べながら、聞いてみません?」

「そ、そうだった。――パブロもシェイラも座ってくれ。食事にしよう、一緒に」


 


 その日から、パブロの“つまんない”は完全に終わった。二度と戻ってこなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ