表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

 壁の中にいるという感覚は、すぐになれるものではなかった。

 外からみればらくがきでも、中に入れば生身であった時と変わらないからだ。

 とはいえ、同じように動かせるわけではなかった。

 体を動かそうとすると、自分の意思よりずいぶん遅く体が動き始める。

 それは、だれかが落書きを書き直しているように考えると、納得できなくもなかった。

 つまり、なんらかの処理が終わらなければ、自分の体は動かないのである。

 手を動かすだけならすぐにでもできないないが、走り出したりするようなことは、簡単にはできない。

 それに、そもそもこの世界では、彼女に勝てるわけがないのだ。


「そんなおもちゃを向けてどうしたのよ」


 外から見ていた僕には分かっていた。

 あの、ギターを見た時から分かっていた。

 絵と実物は違う、と。


「お前がそう思うならそれでいいが、これは銃だ」


 そのエアガンは、もちろん本物の銃ではない。

 見た目はそっくりであっても、ほんものであるわけがないのだ。

 それはあくまで、壁の外の話である。


「お前はこの世界に長くいきすぎたんだ。忘れたのか。ここは壁の中なんだぞ。現実ではない。本当の世界は、あっちだ」


 壁の外から見える彼のもつエアガンは、どう見ても本物の銃である。

 見た目が同じなのであれば、絵の中では、壁の中では、それは一緒なのである。


「残念だけど、おそらくあなたがしようとしていることは無駄よ。この世界では、はやいものほど止まって見える。漫画とかで考えたらわかるでしょう。その弾がどれだけ早かったとしても、避けることは簡単よ」


 僕はそうか、と銃を降ろして、そして背後に弾を撃った。


「試し打ちだ。確かに、遅く見える。僕でも避けられるかもしれない。だって、僕には意識があるからね」

「あなた、何を考えているの」

「別に、君が避けたってどうってことないさ。ただ、その後ろにいるだれかが、被害を被るだけだよ」

「……脅しているのね」

「君がどうして人を飲み込むのか考えていた。確かに君が言う通り、人間を飲み込み続ければ人に近づけるっていう話、考え方には納得した。でも、それならただひたすら人を喰えばいいだけだ。でも君は、話を聞いている。そしてその記憶で、自分の世界を広げている。その後にその人間を喰うんだ」


 銃を改めて彼女に向けた。


「記憶は永遠じゃない。でも元があれば、何度でも思い出せる。つまり、取り込んだ人間が死んでしまったら、記憶の元になる人間が死んでしまったら……君の塀はどうなるんだ?」

「……」

「10秒だ。10秒後に撃つ。おそらくだ、これはあくまで予測でしかないが、この壁の中にいる、君の後ろにいるだれかが死んでしまったら、君のそのだれかの記憶は失われるだろう。そして君はひとつ自由を失う。人間から離れていく。塀が崩れてしまう」

「……」

「試してみようじゃないか。違ったら違ったで別にいいんだ。残り3秒。さあ、覚悟を決めるんだ。もう一度言うぞ。君は避ければいい。後ろがどうなったって、別にいいじゃないか」


 引き金に指をかける。


「自由になるって決めたのよ。あたしには、行かなきゃいけない場所があるのだから」


 そして銃弾は、彼女に襲い掛かった。



 銃弾は一直線に走って行った。

 弾速はやはり大したものではない。

 梨花はその銃弾を軽々と避けた。

 と、同時、彼女の背後の壁に亀裂が走った。


「最後にあなたに言っておくわ。残念ね、言ったでしょ。この壁はぐるぐる回ることしかできないって。壁に亀裂を入れたわ。私の避けた銃弾は、すでにあなたに向かって走っている。あなたにはきっと避けられないわ。いまは一時的に、亀裂の向こうの記憶はないけれど、あなたが死んだ後にもう一度取り戻せばいいだけよ。さあ、もうすぐよ」

「……すでに僕は撃ったんだぜ」

「なにを言って……!」


 彼女はなにかに気付いたのか、反射的に身を逸らした。


「うぐっ」

「僕の弾丸は、ひとつじゃない」


 彼女の背後の亀裂から、銃弾が飛び出した。彼女の反応は早かっただろう。

 しかし、この壁の中での動きに慣れている彼女でも、不意の攻撃には対応しきることはできない。


「はやければはやいほど、この世界では止まって見える。お前が言ったんだ。落ち着いて避けていれば、そうはならなかっただろう」


 彼女の体は固まっていた。

 胸を抉るように、弾が走る。


「ああ……」


 彼女の口から、声が漏れた。

 僕はゆっくりと身を屈める。

 すぐに頭の上を、弾が走って行く。


「僕はさ、きっともう人間には戻れないんだろう。人間の領域には、もう立つことはできないんだと思う。それでいい。僕の旅はいま終わる。人であろうとした記憶はもう僕にはないけれど、それでもいつか僕が人になろうと思う時がきたら、君のことを思い出すだろう。君のことは僕が覚えているから」



 弾丸が彼女の体を貫いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ