表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋の停留所。~バスとリボンと私と鳩と。

作者: 刀根のぞみ


ああ、なんだか気持ち悪い。

私――種田千波(タネダ チナミ)はこの春に高校生となり、バス通学を始めたのだが、早速バスの揺れに酔ったらしかった。

「大丈夫ですか?

良かったら座ってください」

目の前に座っていた男子高校生は、イヤホンを外して立ち上がった。

隣にある男子校の生徒だと、制服を見て思いました。

「すみません……」

「いえ、そんな真っ青な顔、黙って見ていられないので、」

遠のきそうな意識の中、私は座らせてもらい、バス以外の手段を考えなければならないかもしれない。なんて思った。

「次ですけど、立てます?」

「……」

私は声も出せず、ただ頷きました。

バスが停車すると、その人は黙って私の抱えている鞄を肩にかけ、私の腕を掴み、支えてくれます。

「……すみませんでした、助かりました。私、乗り物に弱くて……」

「いえ、そしたら大変ですね、バス通学」

「……はい、」

その人はパッと道の先に見えた自販機にかけ寄りました。

水を買い、手渡してくれます。

「本当にすみません……

お時間、大丈夫ですか?」

「時間は大丈夫。学校、どうせ裏だし」

そう言ってその人は結局私を学校まで送ってくれました。

「千波、今のって誰?」

私は学校の前でちょうど出会った同級生――伊賀マリに引き渡され、そんな風に聞かれる。

「裏の学校の人……」

「名前も聞かなかったの?ここまで連れてきてもらったのに!信じられない!」

マリはそう言うけれど、私は気持ちが悪く、意識が朦朧としていて立っているだけで必死なのだ。そんなところまで聞く余裕があるわけがない。

その後私はそれに懲り、かなり遠回りではあるが電車通学。もしくは早く家を出て歩いて通うことに決めました。

だから同時に、その後その彼に会うことはないだろうと思いました。


その数日後、私は時計を見て青ざめました。

「……もうこんな時間!」

その日は提出物の締め切りの日で、締め切り時間はなぜか早朝。

そんな日に限って寝坊だなんてついていない。

電車で行く時間もなければ、学校まで走るには遠すぎる。

けれども間に合う手段がひとつ残されています――バスでした。

私はバス停に走ることに決めました。

あわてて支度をして、家を飛び出します。

するとバス停の手前で信号待ちをしているバスがいて、そのバスに乗れば確実に間に合うと思いました。

なので私は必死で走り、

「乗ります……!」

と声をあげます。

電車でいえば駆け込み乗車でしたが、運転手さんは嫌そうな顔をしながらも乗せてくれました。

「待って……!」

私の後ろから、男性のそんな声が聞こえましたが、バスの扉は閉められてしまい、バス停を少し離れたところで、また信号待ちで止まります。

その人がバス前方の扉をバンバン叩いている音がしました。

あの声の人もバスに乗りたかったんだろうな。なんて思い、目線を落とすと、襟元にあるはずの制服のリボンがありません。

「……!」

そうです、その男の人はリボンを拾ってくれたのです。

聞こえた“待って”は、私にかけられた声……。

気付いたときにはすでに遅く、落としたリボンの事で頭はいっぱい。その日私がバスに酔う事はありませんでした。

提出物は無事締め切り時間に間に合いましたが、マリはすぐに気がつきました。

「あれ、リボンどうしたの?」

「落としてきた……」

「え?」

「寝坊して、間に合う手段がバスしかなかったのよ。全速力で走って……気がついた時にはなかったの」

「確かにこれ、ホックゆるいもんね。簡単にはずれるもん、走ればとれるか……」

マリは自分のリボンをいじりながらそう言いました。

「でも、拾って追いかけてくれた人がいたんだね、」

「そうなの。でもバスの運転手さんが意地悪だったのよ、」

「んー、その人その後どうしたかなあ。売る、とか?」

マリは面白いことを考えると私は思いました。

「売れないでしょう、」

「そうかなあ?でも、どうするの?買うの?」

「んー……正装のリボンで我慢する」

私の学校は二種類のリボンがあり、正式行事以外の日はどちらをしても良いことになっていました。

「落としたのが正装リボンじゃなくて良かったよ、」

私は最後にそう言いました。


それからしばらく何事もなく、私は徒歩通学を続けていました。

「わ!」

私が立ち止まると、誰かがぶつかって来て、短く声をあげました。

「すみません……ぶつかってしまって、」

「いえ、私こそ急に立ち止まったので……」

顔をあげると、見たことのある男子高校生がいました。

「もしかして……以前学校まで送ってくださった……」

「そうです、あの時名乗るべきだったと思って、しばらく後悔していました。

翌日からも同じ時間のバスに乗っていたんですが、あなたは乗ってこない。

徒歩通学にしたのかと思って、時々自分も歩いたりしてたんですが……なかなか会えなくて」

「その節はお世話になりました。

私のほうこそ、名前も伺わずにお礼もできず……」

「あ、そうそう。もしかして、千波さんでは?」

その人は急にそう言いました。

「ええ……」

なぜ知っているのだろう。

そう思ったとき、彼の鞄から出てきたのは落としたはずのリボンでした。

「私の……です!」

「バス停のあたりでたまたまこのリボンを持って困ってるサラリーマンがいて。君の学校のリボンだし、こっちから通ってる子って君しか会ったことなかったから、もしかしたらって思って。

知り合いのだって言って受け取ったんだ」

「まさかこんな形で戻ってくるなんて……!」

受け取ったリボンのタグを見ると、確かに私の字で“千波”と書き込んでありました。

私たちはそれから他愛ない会話をしながら一緒に歩き出します。

「それより、さっきなんで立ち止まったの?」

「あ……鳩さんが道の真ん中にいたじゃないですか。

私、鳩苦手で……」

私がそう言うと、彼は吹き出すように笑いました。

「鳩がいて、通れなかったって言うのか……」

「そんなに、面白いですか?」

「いや……俺の名字さ、鳩間(ハトマ)っていうの」

「鳩間さん……」

思わず私も笑いました。

「どうだろう。明日からも、こうやって隣歩いても良いかな?」

鳩間さんはそう言ったので、私はこう言いました。

「ええ。道の真ん中に鳩がいたとき、立ち止まっても良ければ、」

と。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 全体を通してなごやかな雰囲気が出されており、非常に暖かい気持ちになれる作品でした。 でてきた二人の行く末を見守ってあげたくなりますね。 視点が守られており、一人称視点で話が進むため、目が回…
[良い点] 後半から面白みが増して行き、つい全部読み切ってしまいました。 自然な構成と、ちょっと可愛らしいキャラクターたちにクスッと、笑ってしまう場面も……。 私は男性ですが、影ながら応援しております…
2015/10/18 01:23 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ