占いなんて存在しない!
幽霊が怖すぎて朝まで眠れなかった俺はというと、正にいま、猛烈な睡魔と格闘している真っ只中であった。「俺vs睡魔‼︎」これは世界が熱狂する大勝負になる予感がする。あゝ眠たい。
眠れなかったとはいえど、やっぱり寝ないと朝は眠たい。睡眠の重要性を思い知らされる今日この頃であった。
俺は無理矢理にベッドから起き上がり、重たい体を洗面所へと向かわせた。
休養をとれていない身体はぐったりとだるかった。もう眠っちゃおうかな?なんていう悪魔の囁きが聞こえるが、そんな訳にはいかんのだ。2日連続遅刻なんていう不名誉な称号はいらない。
「うわ……!くまやべえな……」
洗面所につき顔をあげると、鏡に不気味な顔面の男がうつっていた。そう、即ち俺である。
目の下にできた豪快なくまからも分かるように、俺は明らかにやつれていた。まさに生きることに疲れきったおっさんの顔だ。俺なんでまだ17歳なのに疲れきってんのかよ。ペース飛ばしすぎだろ。
しかし、こんな顔を見られては健太に馬鹿にされかねない。
ビビって寝られなかったなんて知られたら…………想像するだけでも恐ろしい。俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。
これは、プライド高く生きている俺の学園生活に関わる大問題だ。今までのカッコつけ続けてきた俺の人生が、無駄になってしまうかもしれない。下手すると、国家レベルの問題だな。
対策としては、ATフィールド張って近づかせないようにするか、石ころぼうしをかぶって存在感ごと消してしまうか……。迷うところである。
俺はバシャバシャと軽く顔を洗う。水はひんやりと冷たい。が、そのくらいでは眠気は飛んでいかなかった。何回逃げるを押しても『敵に回り込まれてしまった!』っていうくらいの絶望感。
その後うつらうつらしながらも、適当に朝食を済ませると、ぼーっと朝のニュース番組を見たりしながら学校の準備をしていた。
『たった今ニュースが入ってまいりました。今朝7時ごろ、愛知県の名古屋市内で交通事故があった模様です。道路を横断しようとしたところを走ってきたトラックと接触したようで警察は原因の究明を急ぐとともに…………………………………………………………病院に搬送されましたが今だ意識はもどっていないようで………………』
「名古屋ってすぐそばじゃねえかよ、大丈夫か?…………てか、このアナウンサー可愛いな」
眠たい俺の目に飛び込んできたのは、交通事故のニュースよりも原稿を読む可愛い女子アナの方であった。
不謹慎だと思うかもしれないが、朝から交通事故のニュースを聞くのは少し荷が重すぎたのだ。ぼーっと色んなニュースを聞き流しながら、俺は終始女子アナに見とれていた。ニュースの内容なんて眠気のせいでまったく頭に入っていない。
しばらくすると、番組の話題はさまざまな事件から明るいものへと切り替わり占いのコーナーが始まった。
『今日の占いのコーナー!!今日の運勢が最も良いのは双子座のあなた!そんな双子座のあなたにはばんばん幸せが訪れることでしょう!ラッキーアイテムは白の……』
「ふたご座かー…………」
12月9日生まれ射手座の俺は、少し肩を落とした。ちょっぴり1位を期待してしまった。いや、でもちょっとだけだぞ。
普段の俺はというと、占いなんてのはてんで信じていなかった。
科学的に正しいとも証明されていなかったから、信じる理由がとくに無かった。占いなんて適当にそれっぽい事を言っとけば、それっぽく聞こえてしまう。なんとも美味しいビジネスだと思う。
だから普段は占いのコーナーがくるとチャンネルを変えることが多いのだが……今日はアナウンサーが可愛いのでつい見いってしまった。不覚。これが失敗であった。
『では逆に本日の最下位を紹介してみましょう♫
本日運勢が最悪のあなたは〜っ……!なんとそこの射手座のあなた!今日からは様々なアクシデントが起こるかもしれません!それを回避するラッキーアイテムは黒の数珠です!それではこのへんでまた来週〜♫………』
ぷちっ。
俺はすかさずテレビを消した。反射的にボタンを押していた。
だが、もう遅かった。
はっきりと結果を聞いてしまった。
占いを信じていない俺でも、運勢が最悪だなんて言われるとさすがに傷つく。射手座に産まれてきたことを悔やんだ。
これだから占いは嫌いなんだよ。なんでよりにもよって、俺が見るときに限って射手座が最下位なんだよ。もういっそ毎日見ようかな!
これって下手したら何かの呪いなんじゃないかな?俺に定められた宿命と言いますか。きっと俺を狙った闇の組織の隠謀なのでは⁉︎いや、闇の組織の嫌がらせせこすぎだろ。
まあでもひとつ分かったのは、やはり俺は占いを見ない方がいいということだな。
普段占いを見ないようにしているのは、この世の数多くいる射手座の人を救うためでもあったことを思い出した。正直射手座民の運命は俺が握ってるんだよな。世界中の射手座民を救えるのは俺だけだ!
まあでも占いを信じていない俺からしたら、射手座が12位とかどうでもいいんだけどな。だって信じてないし?
_______しかし俺は、気づいた時には黒い数珠を血眼で探していた。
「数珠くらいどっかにあるだろ…………。どこにいるんだよ数珠ちゃーーーん!!」
x x x
かちゃっ♪
『日高圭介は黒い数珠を装備した!』
ちゃっかりラッキーアイテムを装備しちゃうあたり、俺、さすがである。あれから30分ほどの死闘の末、ついにお目当ての数珠を手に入れたのであった。押入れの奥深くに眠っていたためかなり手こずってしまったが、無事見つかって本当によかったな。
これでもう何も怖いものはないぜ?12位とかもはや関係ないぜ。ここラッキーアイテムちゃんが全部チャラにしてくれるからな!ハハハハハハ!…………はぁ。
とはいえ見つかったのは良かったが、探すのに想像以上に時間をかけてしまった。そろそろ学校に行かないといけない時間のはずだ。夢中になって気づかなかった。
俺は用意が完了したカバンをもって、足早に玄関へと向かった。
スリッパを脱ぎ捨て、お気に入りの赤のスニーカーへと履き替える。緩ませた靴紐を、きゅっときつく結び直した。
「いってきまーす……」
いつものように出発の挨拶をする。が、もちろん誰もいないので返事が返ってくることは無かった。俺はなんだか寂しい気持ちに包まれる。まあ返ってきたらそれはそれで怖いけどな。
床に置いたカバンを担きあげドアを開ける。
その時、
ガチャ……
ガチャ……
俺がドアを開けたタイミングと同時に隣の部屋のドアも開いたようだ。
「あ…………!おはようございます……」
隣のドアからはパジャマ姿のお姉さんがでてきた。俺と目があったお姉さんは気まずそうに挨拶をしてきた。俺もそれにあわせて軽く会釈をした。
このおとなしそうなメガネをかけているお姉さん。この人が昨日言っていた女子大生である。すなわち壁ドンの犯人である……はずなのだ……。そうはやはり思えないが。
しかし、ある意味ラッキーだったな。昨日の真相を聞いておくちょうどいいチャンスだ。また同じ過ちを繰り返さないためにも、昨日の謎は解き明かしておこう。俺はなかなかコミュ障なのだが、勇気を振りしぼって聞いてみることにした。がんばれ俺!
「お、おはようございます!……昨日はなんか……その……。荒れてまみたね……!」
まみたねってなんだよおおお!わざとだろ、あざといぞ俺!違うんだ、噛みまみた!…………わざとじゃない!
ああ恥ずか死。やはり、俺の人見知りはとどまるところを知らないな。どんだけコミュ障スキルにステータス振ったんだよ!リセットして顔面偏差値に振り直してえ!
「え……。荒れてたって……私がですか?」
彼女はキョトンとした表情を浮かべた。
まるでその事については何も知らないかのように。ていうか、良かった……ちゃんと伝わってた!
俺は落ち着きを取り戻し、質問を続けた。
「なんか壁バンバン殴ってなかったですか?てっきり嫌なことでもあったのかと……」
「え……!ごめんなさい!無意識です……。昨日は帰ってすぐ寝ちゃったんであんま記憶が無いんですけど……」
「無意識で壁殴ってたんですか!? ……あ、いや!全然気にしないでください!聞いてみただけですから……」
無意識!?無意識ならすごい迷惑だ!
どうやらこの事件は、容易には解決しない香りがしてきたぞ……。
彼女が嘘をついてるとはまるで思えない。こんなマジ顔で嘘ついてたらね、もう人間が信じられない。人間不信になっちゃう。
やっぱ壁ドンの犯人はこの人じゃないような気がするのだが?
無意識で壁殴ることは、さすがにないよな。
となると、一体誰が?
謎は深まるばかりであった。
ここでふと時間が気になり、携帯を確認すると。
「な!!8時20分……だと…………?」
な、なんだってー。びっくりした俺は思わず声をあげてしまう。なんということか思っていた以上に時間がたってしまっていたようだ。
俺の学校は8時半までに登校しなければならないのだが、俺の家から学校までは3キロ程の距離があり、普段は20分ほどかけてチャリで登校している。
つまり、このままだと遅刻√確定である。
「あ、ごめんなさい。なんか止めちゃって。学校の時間ヤバいんでもう行きますね!変なこと聞いてすいませんでした!」
俺は彼女との話を適当に切り上げると、学校を優先してとりあえずこの謎の解決は後回しにすることにした。後編へ続く!
「いえいえ!全然良いですよ。いってらっしゃ…………」
俺はお姉さんの言葉を全て聞き終わるまえに飛び出していった。ちょっといってらっしゃい聞きたかったけどな。
猛スピードで階段を駆け下り我が愛車にまたがる。左足で勢いよくスタンドを蹴りあげ、学校に向かってこぎ出した。
「まだ間に合う……!」
俺は何故だかそんな気がするのであった。
俺ならやれる、この時は俺の中の何かが覚醒しているような気がした。脳内BGMにはこの前みた月9の挿入歌が再生されていた。今俺は月9の主人公である。彼女の結婚を止めないと……!違う、遅刻するぞそんなことしてたら。
俺は風を感じながらいつもの道を勢いよく駆け抜けていった。
_______「うーん、私やっぱり壁は殴ってないと思うんだけどなあ。まあいっか……」
彼女は納得いかないといった表情を浮かべて独り言をつぶやいた。
走り去っていく圭介をぼーっと見送ると、ぱんぱんに膨らんだゴミ袋をもってゆっくりと階段を下りていった。
そんなこんなで俺はなんとか学校に到着した。時計をみると、なんと8時35分を指していた。
うん、普通に遅刻した。
俺はドラマの主人公には向いていないのか。まあでもヒーローは遅れてやってくるっていうしな。ヒーローにはなれんじゃねえの。
学校の中に入った俺は、遅刻したことにショックを受けながらも、とぼとぼと自分の教室へと向かう。いつものように下駄箱に靴をしまい、俺の教室がある2階へと階段をのぼっていく。息を切らしているせいもあってか、今日は階段がやたらにきつかった。もう年か。
なんとかのぼりきり、ひとりきりの廊下を早足で歩いていく。この学校無駄にでかいから腹立つんだよな。
やっとのことで教室の前までたどりつくと、何だか中がざわついているようであった。普通ならばもう朝のホームルームが始まっているはずなのに、喋り声が外に漏れている。どうも様子がおかしい。何かあったのだろうか?
俺はそっとドアを開け、中に入った。
____すると何故か、まだ担任の鈴木がきていなかった。普通の流れなら、鈴木が遅刻した俺にビンタの一発でもかましているところなのだが。
鈴木とは、俺たち2年3組を担任している若い女教師のことである。新任で授業は下手くそなものの、何事にも熱血で好印象な先生だ。そんな彼女は朝のホームルームに遅刻するなんてことは今まで一度もなかった。
何か嫌な予感がした。
教室に入って、あたりを見渡してみる。すると、みんなこそこそと何かを話しているようで、明らかに様子がおかしかった。今日のクラスは不穏な空気に包まれていて、どうにも息苦しい。
俺は何が起こっているのか気になったが、とりあえず自分の席に向かうことにした。
席に腰を下ろすと後ろの席である健太が軽く俺に手をあげる。俺もそれとなく、手をあげ返す。
「よう、遅刻か?」
「まあな。でも鈴木いないみたいだしバレないんじゃねえか。ラッキーだったわ。………………ていうかなんでこんな空気なんだ?」
「確かにバレないかもな………………っていうかお前本当に何も知らないのか?朝のニュース見てないのかよ」
「ニュース?なんの話だ?」
今朝のニュースが今のクラスのおかしな現状の原因だとでもいうことなのだろうか。鈴木が遅れていることも、そのニュースに関係があるということなのか。
しかし俺は朝のニュースは一応見てきたはずなのだが、まるで思い当たる節がなかった。特にこれといった大騒ぎするようなニュースは無かった気がするのだが。もしかして眠気のあまり意識が飛んでしまっていたのか。
俺は朝の記憶を思い出していた。脳みその中にある記憶から、今の現状に結びつく鍵を探す。
__________________________「交通事故」
俺は健太のその言葉にハッとした。
確か、今日のニュースでやっていた交通事故は愛知県名古屋市、つまりこのあたりの内容だったはず。もしかしてそれって______
「桐原が交通事故にあったらしい……。
急に飛び出してトラックとぶつかったんだってよ……」
俺は健太の言葉に反応すると、咄嗟に教室の中の桐原の姿を探した。が、桐原はどこにもいなかった。あの事故の被害者ってのはあいつだったのか……!思わぬ衝撃に、俺の頭は混乱した。
「無事………なのか…………?」
「いや、結構ヤバイらしいけど……。まだわからんなそれは……」
「そうなのか……」
俺が口を開いた、その瞬間であった
バンッ!!
勢いよく教室のドアが開く。柱に強く叩きつけられたドアは一際大きな音を出した。みんなの視線がいっせいにドアへと集まるその視線の先にいたのは、担任である鈴木であった。
ものすごい勢いで走ってきたようで、膝に手をついて息をきらしている。
そんな鈴木の顔は明らかに暗かった。どうみても明るい話題を持っているであろう顔つきではなかった。
彼女はきらした息を整えるように、ゆっくりと教壇にのぼっていった。
クラスは緊張に支配された。おそらくこの状況からいくと、彼女は桐原の安否を知っている。そして、それをこれから俺たちに知らせなければならないのだ。
鈴木は教卓の前までくると、大きな深呼吸をした。それから少し落ち着きを取り戻したように見えたが、結局教卓に腕を突っ伏して、一向に黙ってうつむいているだけだった……。
クラスの空気が凍てついていく。これから鈴木の言うセリフが、なんとなく想像がついてしまうのだ。だが、そんなことは有り得ないと信じたい。
そんな凍てついた空気を切り裂くように、1人の女子が口を開いた。
「先生、……桐原さんは無事なの?」
クラス全員の興味の先が鈴木へと集中した。鈴木は覚悟決めたようで、うつむいている顔を起こし、ゆっくりと口を開いた。
「…………みんな、よく聞いてね…………。桐原さんは、たった今………… 亡くなったそうよ…………」
________俺を含めたクラスのみんな、誰ひとりとして状況を飲み込めていなかった。
ただ呆然としていた。いや、呆然とする他なかった。だって
桐原が死んだ?
その言葉は、なんというかあまりにも現実味を帯びていなかった。突然クラスメートが死ぬなんてことは、日常に慣れすぎた俺たちにはありえない出来事であった。そんなこと突然言われても、信じられるわけがなかった。そんなの、あまりにも残酷すぎる。
「うそ……でしょ……」
さっきの女子は顔をひきつらせながら、ぼそりと声をこぼした。
「先生もまだ正直信じられないの。でも、桐原さんが亡くなったのは事実よ。もう……このクラスには桐原さんはいないの……」
鈴木は辛そうな顔をして言う。クラスメートが1人いなくなったのだ。彼女の言葉はあまりにも惨かった。
もうこのクラスに桐原いない。
2度と帰ってこない。そんな現実を、まざまざとつきつけられるようであった。
「そんな……………………」
今日という日がこんな風に始まるなんて、誰が予想できただろうか。誰もがいつもと同じように、いつもと同じ日常を過ごすと感じていた今日は、こんなにも惨憺と崩れ去っていった。
みんなどんな顔をして、この事実を受け入れればいいのか。どこにこのショックを吐き出せばいいのか。誰1人として、この問いに対する答えは出ていないようであった。俺も、ただ茫然とする事しかできないでいた。
俺は決して桐原と仲が良かったとは言えないし、特別な思いなんてのも特になかったのかもしれない。言ってしまえば、少し苦手だったかもしれない。それでも、それでもあいつには生きてて欲しかった。いつもと同じようにクラスの中でつっぱり続けて欲しかった。別にみんなのことが嫌いでもなんでもいいから、死なないで欲しかった。
そんなことできたわけがないって事は分かってる。それでも俺は、彼女を助けられなかったことが悔しくてたまらなかった。
x x x
その後、全校集会が開かれ、桐原ましろという生徒が亡くなったことが全生徒に伝えられた。そして、桐原に向けて学校の全生徒からの黙祷がささげられた。
集会が終わった後も、その日のクラスは重たい空気のまま時間が進んでいった。俺は授業もあまり耳に入らなかった。先生が何を読み上げても、ただ右から左へと抜けていく。黒板を叩くチョークのリズムだけが、頭の中にたんたんと響くだけであった。
普段なら授業中にそんなぼけっとしてたら怒られるところなんだろうが、今日ばっかりは先生たちも黙認しているようだった。先生だって辛い気持ちは同じだろう
クラスの誰もがうつろで、みんながみんな考え事にふけっているように黙り込んでいた。窓側の席に座る俺も、一日中窓の外に浮かぶ雲を眺めながら考えた。きっと俺と同じを事を考えていたやつも多くいたはずだと思う。
「桐原はなぜ急に飛び出してしまったのか」
これは今回の事件で俺にとって最大の疑問だった。
あれほど優秀な人間が、走ってくるトラックに気づかずに急に道路に突っ込むなんて幼稚なミスをするのだろうか。人間誰でも不注意はあると言ってしまえば、それで片付いてしまうことなのだが。この問いに対する答えはどれだけ考えても浮かんでこなかった。運が悪かったということなのだろうか。
クラスメートという身近な存在が死ぬ、というのは自分たちからはものすごく遠い距離にあると思っていた「死」について考えさせられるものだった。
「死」の存在は自分たちが考えているより、はるかに近くに存在しているらしい。
思わぬ場所に転がっているらしい。桐原だって……自分が今日死ぬなんてのは、考えもしなかったんだろうな。
桐原は死ぬ瞬間、何を考えてたんだろう。
_________桐原ましろの死が俺たちにもたらした影響はとてつもなく大きくて、まだ未熟な高校生の心には重たすぎるものであった。
クラスが沈黙した日々はしばらく続いた。
それから数日後には、桐原ましろの葬式が行われた。それには家族の希望で俺を含む2年3組のクラス全員がこの葬式に参加することになった。クラスで浮いていた桐原であったが、あいつとしてはクラスの奴らが葬式に来るってのは嬉しいことだったんだろうか。
桐原の死の処理は着々と進んでいった。だんだんと、クラスは今まで通りのクラスへと近づこうとしていた。桐原が席にいないだけで、それ以外はほぼ今までの2年3組に近い状態まで戻っていった。無くなっていたみんなの笑顔が帰ってきて、クラスの雰囲気は良い方に向かっていたと思う。
でも俺はどうしても桐原がなぜ死んでしまったのか未だに納得できずにいた。
一週間ほどたった頃だろうか、クラスの一部のやつらは桐原の死についての議論をするようになっていた。そんな中で、とある噂が広まりつつあった。
桐原が何故死んでしまったかというと______
x x x
俺はいつものように自転車を駐輪場に停め、2階まで階段を上る。マイホームの202号室にたどり着き、鍵を開けようとする……と、鍵がなぜかあいているようだった。俺はゆっくりとドアを開けた。
「ただいまー」
玄関で靴を脱いで上がろうとすると、珍しくお出迎えがやってきたようだ。
「あ!おかえりーお兄ちゃん!」
声の主は妹であった。久しぶりに帰ってきたらしい。
俺はただいまに返事が返ってきたことに深い感動と安心を覚えていた。
この妹の名前は、日高紗良。中学3年生、今年は受験生だ。
前髪を結んでいて、おでこの主張が激しい。ボーイッシュな雰囲気だが、いちいちこいつのしぐさは可愛くグッとくるものがある。もし妹じゃなかったら確実に結婚していた。
てか、ここんとこ友達の家に入り浸ってたから会うのはほんとに久しぶりだな……。
「よう。1週間ぶりくらいじゃねえか?」
「うーん…まあそんくらいかな?私に会えて嬉しそうだね。やっぱり妹は可愛いか…!」
久しぶりに交わす妹との会話は新鮮でら暗くなっていた気持ちを晴らしてくれるようだった。
「可愛い可愛い。…………あ」
俺はその時ふと思った。ちょっとこいつに相談してみようかな。たまには可愛い妹を頼ってみよう、と。
「ん?なにかな?」
にこっと笑いながら紗良は首をかしげた。
「可愛いお前に相談してもいいか?……………この家には、幽霊がいるかもしれない。」