第2回
夢を見ていた、そこには小さな子どもとその親らしき二人が映っていた。
「ここが今日からお前が通う学校だよ」
「僕、あきちゃんと同じ学校じゃないの?」
「ゴメンな、パパの仕事の都合で俺達はここで暮らすんだ」
「そっか、でもまた会えるよね?あきちゃんにも、ママにも」
「会えるさ、それにここでもたくさん友達作ればいいだろう?」
「うん…」
記憶に無い夢だった。俺に親の記憶など無い。この島に暮らす人間は、俺以外にも親の記憶が無い者が多数存在する。俺は島の施設で育てられ今に至る。
起きると保健室にいた。
ボクちゃんに保健室送りにされた時以来だな。そして、手に掴んでいる柔らかいものが何か分かった。
「いつまで触ってるつもり?」
手に柔らかい感触。なぜ? 仰向けで眠っている俺の頭上には女の子がいて、俺の手には、触ったことのない柔らかな膨らみ。現状を把握するため、少し指に力を入れる。
「……」
おっぱいだった。脳が事実を把握する間も無く、身体は宙に浮かぶ。何が起きているのかも分からぬまま、背中に衝撃的な痛み。
「タッチ程度のラッキースケベならまだしも、今のは確信犯よね?」
「た、確かに本能に対して、男として生まれたからにはこの行為は正当性を確信するまでもなかった、そしてその行為が社会おいて罰せられる行為だということも自覚していた…」
「今の私の言った『確信犯』は日本人が良く誤用して使う方の意味よ」
分かりにくいジョークが言えたことに満足し、壁にもたれかかりガクッと首を落とした俺には小さな笑みが零れた。我が人生に一片の悔いなし。
「ちょっと…!死ぬにはまだ早いわよ」
慌てた彼女は俺に近づいてきた。そして触れるか触れないかの距離で、何やら呪文のようなものを唱えだした。
「エロイムエッサイム…」
なんかどこかで聞いたことのある呪文だった。
「傷口が、治っていく…」
「いや、あんた傷口なんて無いから」
「そ、そうか…」
疑う間も無く、痛みが消えていく。
「とんでもない同級生がいたもんだ…」
「アンタだって、何かしらのチカラがあるんでしょ?」
「いや、お前みたいな超能力じみたもんは持ってねえよ」
「ふーんどうだか。で、アンタ何科なの?」
「工業科だよ」
「あー、あっちの校舎か。どおりで」
窓の向こうの、校舎の方向を向いて、ふむふむと女は頷く。
「でも俺はお前のこと知ってるぜ、メイ」
「いきなり呼び捨て?」
「すまん、有名人すぎて、芸能人を呼び捨てにしちゃうのと同じ感じだ」
「そうね、まあせめてメイさんとか、メイちゃんとかあるでしょう?」
「そもそも、いきなり下の名前で呼ぶのも俺は抵抗あるけど…」
「アナタ、ドラマや漫画の見過ぎじゃない?少し身体を見せてもらうわよ?」
「え…?」
解説しよう。この島に住む人間は苗字がない。終わり。
急に顔を近づけられる。近い…近いぞ、ってか可愛いな…
「睡眠不足、ね。深夜までアニメの見過ぎ。栄養バランスも偏ってるわね、それに重度のストレス。まあ、あれほどのことが起きればね」
「そうだよ…!!朝礼、あれからどうなったんだ!?」
外を見る限り、もう夜。空には月が浮かんでいた。
「全校生徒が集まった朝礼。うちの学生の総人数はおよそ400人」
「死体の数は正確には数えられなかったわ、あちらこちらに散らばってて、とてもじゃないけど。印とかつけていけばいいかなとも思ったけど、途中で気持ち悪くなって…」
「死体の数を数えようとする時点で、なかなかだな…」
「さて、一人は目覚めたからあとはもう一人ね」
「もう一人?」
「そこに眠ってる女の子よ」
メイが指差す方向には、女の子がいた。ベッドで眠っている。
「この子、私がここまで運んだの」
「俺のこともお前が運んだのか?」
「アンタはこのカートで運んだわ」
そこには、スーパーとかでカゴを運ぶ、カートがあった。
「なんでこんなものが学校に…」
「知らないわよ、うちの科は変わり者が多いから…」
メイが選択した学科、というか首席で入学し所属している『特別科』は、確かに変わり者が多い。これといってしっかりした授業は無く、各自自室を持っており、真面目に勉学に励む人間は皆無。独自の研究を続けていたりする変人が多い。工学科にも変わり種は多いが、常識の領域を超えている。1年に1回はノーベル賞の授賞式が朝礼で行われているような気がする。
とにかく俺たちの学校は、入学も卒業も難しい。そもそも普通なら『なんとか学校』と固有名詞になるはずなのだが、なんと正式名が『学校』なのだ。しかし、この島で暮らしてると違和感を感じない。
そして『特別科』の生徒は、ほぼほぼ入学の時点で、卒業に必要な単位を取り終えている。海外で言う飛び級みたいな感じだ。特別科の生徒は、そこで学校から多額の研究費を貰える。それ目当てに入学してくる頭のイカレたヤツが『特別科』の生徒ってわけ。まあ、普通にガリ勉秀才くんが多いこの学校の生徒は、ここで初めて『天才』という存在を自覚する。俺だってそうだった。ちなみに、基本的に授業料入学料はすべて免除の超太っ腹な学校だ。しかし、学歴だけでは入学出来ず2次面接が肝なのも有名な話だ。何かしらの芸術の特技、スポーツなど才能があって初めて入学可能なのだ。俺はAIプログラムの技術で入学をパスした。
「生徒は、あのガスで死んでたわね」
「あれは一体何だったんだよ…」
「私にだって分からないけど、多分毒ガスっていうか神経ガスかなにかね」
「いやほんと、未だに信じられねえ。だれがこんなこと考えたんだ」
「学校でしょ」
「ってことは、この学校で一番偉い人か……つまり、犯人は……校長だ!」
我ながら推理力高いぜ。ドヤ顔をキメる。
「校長は殺されていたわ」
俺の名推理は一瞬で崩壊した。メイはスマホの画面を俺に見せた。背中をナイフで刺された校長が写っていた。保健室のベッドにはひとつ、ガスマスクが置いてあった。