未来人は恋なんてしません
※この作品は『即興小説トレーニング』にて投稿した作品の誤字脱字修正バージョンになります。
お題:小説の中の恋
必須要素:SF
「あのー」
「バカッ」
「えっなんなの急に」
「こっちの台詞だボケ。お前が急に話しかけてきやがるから、夢から覚めちまったんだよ」
夢から、覚める?
意味が分からない。
「だって船長、そもそも寝てなんかいなかったじゃない」
「そういうことじゃない。いいか、しばらく俺に話し掛けるな」
迷惑そうにそれだけ吐き捨てて、船長は目を合わせてくれなくなった。わざわざお菓子あげにきてやったのに。もう知らない。船長といえども他人に対して悪態なんかつくやつに、物を恵んでやる義理はない。
船長は私と目を合わせない代わりに、椅子に座ってさっきからずっとずっと分厚い本の活字を追っていた。私も一緒に読んでみようと後ろから覗きこんでみたけれど、意味の繋がらない平仮名を三文字ほど捉えたあたりだったかな、結局片手だけで追い払われてしまったのだった。ムカつく。高麗人参みたいな顔しやがって。
何読んでるんですか! 今聞くときっとまた怒られるだろうから、後で聞いてみよう。 船長、いやこのクソ真面目な高麗人参のことだから、また何かの専門書でも読んでいるのかな。でもそれにしてはサイズが小さすぎる気がしたし、今どき珍しい縦書きであった。
船の外に広がる光景は漆黒と星ぼしの入り乱れ合戦で、最高につまらない。昔はこの光景を求めてたくさんの人が地球から飛び立ったらしいけれど、なんでこんな変調ないものに皆ウキウキなんてしたんだろう。地元の星が見せる四季に富んだ美しい自然のほうが、ずっと魅力的なのに。
ふと椅子のほうをみやると、そこに船長は座ってはいなかった。クルクルと回る空の座席に、さっきまで船長が読んでいた本が置いてある。つい気になって手に取ってみた。細くてか弱い自分の手とは到底釣り合いそうにもなく、 重い。古くさい、紙でできたカバーがかかっていた。それを外してみると、あまり目にしない単語が、素っ気ないフォントで載せられていた。ーー『純愛』。
純愛? 私が勝手に抱いていた堅物な船長像にはあまりにもそぐわない。読むときはあんなに真面目そうな顔をしておいて、実は専門書でも何でもなかったのか。だとすればこれは……。
「小説だよ。最近の奴にはこう言っても通じないのか?」
船長が湯気の立てたカップを持って戻ってきた。どうやら煽りたいわけではなく、口ぶりからして純粋な疑問のようだった。私だって全く知らないわけじゃない。学生時代通っていた学舎にもそれらしき紙の書籍はあったのだし。ただ、今どき創作は古くさいとか真実味がないとかいう理由により、ここ数世紀の間で廃れてきたらしい。だからこうやって現物を見ること自体が新鮮だ。
「これ、読んだのか」
「読んでませんよ」
「そうか。……純愛っていう恋愛小説でな。あまりにも幻想的で、その世界観にのめりこんでいた」
そっか! やっと納得がいった。夢から覚めるとか覚めないとかって話は、小説のことだったんだね。
「船長は、この何もない宇宙船の中で夢を見ていたんですね」
「恋の夢さ。現代人は自分の利ばかりを考えて、恋をしないだろ」
「はあ……」
「昔の人間ってのは、もっと身の燃え盛るような激しい大恋愛をしたんだそうだ。これを読んでいると、その熱い世界を体験することができる。作り話だろって揶揄されようが、それでも小説の恋は儚くて素敵だと俺は思う」
何もない宇宙の果てだからこそ、船長は夢を見続けていたかったのかな。自分にはよく分からないけれど。
「この物語の中に生きていた時代の奴らが俺たちを見たら、何て淡白だろうって嘆くだろうな」
ぼんやりと自信なさげな声がこだましたけれど、やはり超絶現代っ子の私には最後まで理解できなかった。所詮は全て嘘っぱちなのに、夢なんて見て何になるんだろう? 大恋愛とは、心身共に疲れはててしまうような恋のことでしょう? 疲れて、それでも叶わない恋なんて、最初からしないほうがいいのに。