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第五話 王女と狼の遁走曲(フーガ)

 最後にコンサートホールへサラを誘ったのは、サラを殺す決心が付かなかったせいだ。これでは殺し屋は廃業しなければならない。

 今まではサラのリクエストに答える形で、都内を回ってきたのだが、俺のほうから誘ったことにサラはすごく喜んだ。だが、俺はその笑顔を見て胸が痛む。

 チャキッ!

 俺が『第九交響曲』の歌声響くコンサートホールの中で、その音を聞き取ることが出来たのは偶然ではない。俺にとって聞きなれた初弾を装填する音、セミオートガンのスライドをひく音だ。

 仲介屋の真琴の話では、シーリア王国の内情は安定している。暗殺を狙うのはバーゼルたちぐらいだという話だ。ということは、依頼人は俺を信用していなかったようだ。殺し屋を二重依頼するとは……

「チッ」

 舌打ちと共にサラを引き寄せた。同時に銃声。サラの前に座っていた男が腕に被弾した。多分、命に別状は無いだろう。

おそらく俺の顔には笑みが浮かんでいただろう。先に裏切ったのは依頼人だ、俺にはサラを殺す理由がなくなった。全力でサラを守ることができる。

 俺は懐のCZ75を引き抜き、天井に向かって三発威嚇射撃をする。

 銃声を聞いても伏せると言うことを知らない日本人だ。敵の放った一発目の銃声で呆然としていた人々が、俺の威嚇射撃で現実に引き戻されパニックに陥り我先に出口に殺到する。俺はサラの手を引きその人波に紛れ込んだ。

「こっちだ! 走れ!」

「は、はい!」

 俺はスタッフオンリーのたて看板を蹴っ飛ばし、扉のカギを閉める。時間稼ぎにはなるだろう。

 狭い通路をサラの手を引き走る。出演者専用の出入り口から脱出するつもりだ。

 しかし、出入り口の前には拳銃を手にした男がいた。男がこちらを認識するより先にCZ75が火を吹く。弾丸は男の親指に当たり、拳銃が床に落ちる。かわいそうにこれからは、普通の生活をするにしても不便な思いをするだろう。しかし、容赦はしない。蹲る男の顎をけりあげると、男は崩れ落ち動かなくなる。俺は男の懐から予備のマガジンと床に落ちている銃を奪う。『グロッグ18C』高性能のマシンピストル。こいつら、街中で銃撃戦でもやらかすつもりか?

「さあ、行くぞ!」

 ドアの外に誰もいないのを確認して、サラの手を握り俺は路地を走り出した。




「はあ…… はあ…… これじゃ、昼間見たアクション映画の主人公とヒロインみたいだな」

 俺とサラは廃屋と化した病院に隠れている。あの後何人かの敵を倒し装備を奪った。

「あの…… 私が狙われているのですよね?」

「ああ。サラは俺の正体にも気がついているだろ?」

「はい……」 

 二人ともずいぶんと息が切れている。こんなに必死に走ったのは久しぶりだ。お互いしばし無言になる。落ち着いてきた頃にサラから嗚咽が聞こえた。

「サラ?」

「ごめんなさい…… 私のせいで… 本当にごめ……」

 俺はサラを抱き寄せた。涙に濡れたサラの碧眼が俺を見つめる。

「大丈夫。俺がサラをいるべき場所に帰してやる。サラにこんな闇は似合わない」

「でも、なぜ? 碧井さんは私を殺しにきたのですよね?」

「サラに惚れてしまったからな」

「えっ? ええぇぇ!」

 ビックリした顔をするサラ。そんなサラに俺は顔を近づける。サラは抵抗しなかった。そのまま俺はまだ涙で濡れるサラに口付けた。

 今までにも幾人かの女と唇を合わせ、身体を重ねたが、ここまで心をこめたキスは初めてだった。完全にハマってしまっている。光の下で華やかに過ごす人間と闇の中でさまよう人間、交わるはずもないのだが、人生こんなニアミスも起こるから面白い。名残惜しげに唇を離すとサラが俺を見つめていた。 

「キスは報酬の前払いということでよろしくな」

 サラは、ほほを赤らめて頷いた。




 俺は車道に飛び出し、無理やりタクシーを止めた。

「馬鹿野郎!轢かれたいのか!」

 50過ぎくらいの運転手が怒鳴る。俺はそれを無視してサラをタクシーに押し込む。

「サラ。ここでお別れだ……」

「碧井さんも一緒に」

「言ったろ。サラに闇は似合わないと…… そして、俺にはあんたはまぶしすぎる。大丈夫、今夜で全て片をつけるよ」

 するとサラは首にかけていたきれいな緑色の石が付いたペンダントを俺の首にかける。

「お守りに。翠銅鉱ダイオプテーズ。この石には『再会』という石言葉があります。必ず返しに来てください。待っています」

「ああ、必ず返しに行くよ」

 別れにもう一度だけ口付けた。

俺は、運転手に5万ほど握らすと、「帝都ホテルまでノンストップでいってくれ」と頼んだ。運転手は「おう、まかせな」と急発進して目の前の赤信号を無視して見えなくなる。とんだカミカゼタクシーだ。

「さて、決着を付けに行こうか」

 俺は一人呟いた。




 俺の足元には何人かの男たちが転がっていた。死んではいない。縛られたり、気絶しているだけだ。すぐそばのテーブルの上には男たちから取り上げた武器がつまれている。密輸品の黒星と呼ばれるトカレフやらメッキされた銀ダラ、007の映画で使われたワルサーPPKに同社のP99、グロッグに米軍正式拳銃であるベレッタM92も数モデル含まれている。拳銃の見本市会場じゃないのだが……

 俺は取り上げた武器の中からスミス&ウェッソンM36の2インチモデルを取り出した。一般的にはチーフスペシャルと言ったほうが通りがよいだろうか。回転拳銃リボルバーだ。

 弾層を解放し残弾を確認するとちゃんと5発(全弾)収まっている。一度、全弾抜いてから1発だけ込めなおすと近くにいた1人の男に近づく。

「さて、念のため雇い主を吐いてもらおうか?」

 男に尋ねるが、どうやらしゃべるつもりは無いらしい。こちらを睨み付けるだけだ。 

 俺はチーフスペシャルの弾層を一気に回す。いうなればロシアンルーレットだ。そして無言で男の股間に銃口を向け、無言のまま引き金を引いた。

 カチッと引き金が落ちる。不発。微かに男の表情に安堵が浮かぶ。

「もう一度聞く。雇い主は誰だ?」

 1秒、2秒、再度引き金を引いた。またもや不発。

「雇い主は誰だ?」

 今度は間髪いれず引き金を引いた。不発。倒れている男の腰周りに水溜りができアンモニア臭が漂ってくる。後の確立は二分の一。

 今度は何も言わなかった。男の目をチラッと見ただけだ。引き金に掛けた指に力をこめる。

「い、言うからやめてくれ」

 男の股間から銃口をはずす。

「この際、時間は黄金より貴重だ。知っていることを全て吐け」

俺は男の尋問を始めた。


今回もお付き合いありがとうございます。


私が花言葉とか石言葉が好きで、よく小説に絡めるのですが、今回は9月17日の石、翠銅鉱すいどうこう、英名 dioptase(ダイオプテースをつかいました。透明感のある青緑色ブルーイッシュグリーンの美しい石です。石言葉は再会。

作中ではペンダントにしてますが、実際はアクセサリに加工されることはあまりなく。掘り出されたそのままの形か、稀に観賞用として加工されるくらいだそうです。(加工なしの石だと4,5千円ぐらいから買えるようです)

検索かけますと簡単に画像が見れます。


では次回「第六話 狼の戦闘歌いくさうた」でお会いしましょう。

更新はたぶん水曜日の夜になるかと思います。

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