第一話 狼の前奏曲(プレリュード)
寂れた雑居ビルの一室で、俺はパソコンのキーボードを叩いていた。内容は浮気調査の報告書だ。何故そんなことをしているというと、俺が表向き私立探偵で昨夜ターゲットの決定的瞬間を撮ることに成功したからだ。
「よし完了」
俺は報告書を印刷するように2世代ほど前の古いOSを積んだノートパソコンに命令するとタバコに火をつける。そこにドアがノックされた。タイミングがよいというか悪いというか。
「開いているよ」
我ながらやる気に無い声でドアの外に言うと、女が入ってきた。ショートカットの黒髪の美人で、ブランドスーツをビシッと着こなしている。眼鏡のせいか有能な社長秘書という感じだ。間違ってもこんな雑居ビルの住人ではない。
「仕事よ。士郎」
入ってきたとたん女はそう言った。美人なのに色気も何もあったものじゃない。
「とりあえず、コーヒーでも飲むか?」
俺はやはりやる気の無い声で女、仲介屋の速水真琴に聞いた。
「暗殺の依頼?」
俺は、やる気さえ出せばそれなりに見れる顔とたまに評される顔で、面倒くさそうに聞き返した。
「そうよ、暗殺の依頼」
物騒な内容なのに、真琴が当たり前のように答える。
「勘弁してくれ。昨夜までの浮気調査で眠い」
「いい仕事よ。人ひとり始末して500万。破格よ」
確かに破格な報酬だ。浮気調査の報告書さえ依頼人に手渡せば、抱えている仕事もないし断る理由もない。
「仲介屋のお前の取り分は?」
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
真琴の顔に焦りの表情が浮かぶ。そちらのほうも破格らしい。
あまり高額を提示されると、踏み倒しや、二重依頼など、信頼できないのだが…… などと考えるが途中で面倒くさくなった。いざとなれば真琴にけじめを取ってもらえばよい。
「とりあえず、詳細を話せ」
俺はやはり面倒くさそうに言った。
「そのことだけど依頼人がここに来ているの。直接聞いてくれる?」
「おい! この場所を教えたのか?」
「問題ないでしょ? だってここ探偵事務所だし」
能天気なことを言いやがる。そして真琴は依頼人を事務所に招き入れた。
「彼が殺し屋ですか? ミス速水」
貧相な外国人男が値踏みするように俺を見る。陰険そうな三白眼の男で間違ってもお友達にはなりたくない種類だ。しかも脇に重たいものを吊るしている。
「ええ、彼が碧井士郎です。士郎、彼が依頼人のミスターバーゼルよ」
「まあ、よろしく頼む」
俺は、面倒くさそうに答える。真琴はそんな俺の態度に怒ったような視線を向けたが無視する。
「彼で大丈夫ですか? ミス速水」
バーゼルの言い分も、もっともだろう。少なくとも闇の住人の雰囲気がまったくしないはずだ。感じるとしたら、うだつのあがらない2流…… いや3流探偵か。
「ええ、大丈夫です。私は彼以上の暗殺者を知りません」
言葉とは裏腹に、真琴の頬の辺りが引きつっているように見えるが、真琴ことを信頼しているのか、バーゼルはそれ以上は追及しなかった。
「では早速、標的は来週来日予定のシーリア国王女、サラ=ブレンダです。成功報酬は日本円で500万。どうです? 受けてくれませんか」
シーリア王国は、王国制度を取り入れている小国で、主な工業、特産物はない。石油の輸出で成り立っている国だが、治安は安定している。
「何故、国王でなく王女が標的になるんだ?」
「王女が進める王国制から議会制民主主義への移行。成功すると困る人もいるということです」
そういうことであれば、真の依頼者は今の政治形態の中心にいる人間だろう。
「わかった、引き受けよう。だがいくつか条件がある」
俺は細かい条件を切り出した。
読んでいただきありがとうございました。
この時点で元作品と設定が変わってきています。と言うか主人公の設定が出てきたのってはじめて(笑
新キャラも出てきているし。
次回はサラちゃんの視点からスタートです。