三話
あり得ない。そうセシルは思った。別に膝枕を断られたのがあり得ないと思っているわけではない。というか断られて良かったと思いもする。
(恥ずかしかったぁ…)
では何があり得ないのか。『彼が今ここで普通に寝ていることがあり得ない』のである。もちろん血が足りなくて休息が必要なのは理解できる。普通、あんな軍団に襲われた直後に眠れるだろうか、セシルには無理だと思った。周りにまだ魔物がいるかもしれないのに、軍団がいるかもしれないのに、近くに来たら起きるからとか言っていたけど、それでも寝れるのはおかしいと思う。あと、私の存在。普通初対面の人間の傍でいきなり寝出すだろうか。これもセシルには無理だ。いろいろな意味で。
(もしかしたらこの人は、あんなことを日常的に体験してきたのだろうか…)
そう思うと、なんとなく頭を撫でてあげたくなった。手を伸ばす。
「ん…」
だが手が触れる前には彼は起きてしまった。気配で起きたのだろうか、だとしたら悪いことをした。
目が覚めた。ほどよく眠れたようだ、倦怠感はまだ残っているが、動けないほどではない。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「え、もういいんですか? あまり休んでいませんけど…」
「十分十分、身体動くようになったからね」
実際護衛ということで案内してもらうのに、寝てるとか言語道断すぎるだろうし。まあ魔物きたら起きるけどさ。
「無理はしないでほしいですが…まあ確かに早く街に着いた方が安全ということもありますしね、行きましょうか」
と、いうわけで出発。
「ところで、見たところジョブは回復系みたいだけど、1人でこんなところでなにしてたの?」
結構疑問だったので聞いてみる。俺はこの世界のことを知らないのでなんとも言えないのだが、あんな群れが発生する可能性のある場所…いや、発生しないにしても魔物の出るところに回復役1人だけというのは通常ありえない。
「あ、はい。ホントはもう1人パートナーがいるんです。ただ今日はクエストで必要なものが薬草だけだったので、私1人で来たんですよ…失敗でしたけど。でも、2人でもあれはどうにもならなかったと思うので、危険な目にあわせないで済んで良かったって思ってますけどね」
…やはりあんな群れでくるゴブリンは珍しいということか。何かあるのかもしれないな。
「なるほどな。ところでクエストということは、その街には斡旋してくれる場所があるということで間違いないか?」
「はい、ギルドがありますので。もしかしてご存じなかったのですか?」
うん、今日この世界に飛ばされてきたからね、知ってるわけないんだけどね。
「俺は修行のため、いろんなとこを旅してきたんだけど、人との接触を極力避けるために、街とかにはほとんど入ったことないんだよ。だから知らなくてね」
てきとーに嘘を言っておく。ぶっちゃけ街とか入ったことがあることにすると、街の名前とか聞かれたら困る。何も知らないんだから
「なるほどです、修行ですか。だからあんなゴブリンに囲まれても冷静に状況が見れていたんですね、納得です」
言うほど冷静だっただろうか? だがまあ強情娘から見たら冷静だったのかもなあ。あの強情っぷりを見て、内心慌てもしたが逆に落ち着きもしたからな。
「でもまあ、今回セシルに会ったのをきっかけに、修行の方向性を変えようかと思ってね。とりあえず今の自分の実力でどこまでやれるかを知るために、ちょっとクエストをやってみようと思ったんだよ」
「そうなんですか。じゃあ街に着いたらまずギルドにご案内しますね。そうしたら私はパートナー…というか友達のところへ行きますので」
「了解、それまでよろしく頼むよ」
道中ザコっぽい敵が出てきたりしていたが、セシルが杖でボコって倒していた。あれ? セシルって思ったより強い?魔法使わず杖だけで殴り倒すとか怖い。
そうしてこの世界での最初の街【コンカード】へ到着したのだった。
「はい、ここがコンカードのギルドです。じゃあ私は友達のところへ行きますので。私たちはこの街をメインにやってますので、また会ったらよろしくお願いしますね、友達も紹介したいですし。…一緒に食事とかもしたいですし」
最後のほうがよく聞こえなかった。というかまた顔を真っ赤にしている。この娘は赤面症とかなんだろうか。謎だ。
「ああ、ありがとう。また会ったらよろしく頼むよ」
そう言って気楽に別れた。そしてギルドの中へと入る。
「いらっしゃいませ! コンカード冒険ギルドへようこそ! 本日はどういったご用件ですか?」
元気のいい受付だな。冒険ギルドだし元気じゃないとやってられないのだろうけども。
「初めて来たんだが、クエストってのは1人でも受けられるのか?」
「はい、1人の方も多数活躍されていますよ! ただしギルドのクエストを受ける場合は、ギルドへの登録が必要になります。登録は無料で可能で、有料で武具などの貸出も行っておりますよ」
聞いてもいないことまで説明してくれるこの受付はなかなか仕事熱心だなと思う。
「では登録を頼む。名前は【悠埜 馬渡】だ」
「【ユウヤ マワタリ】様ですね。ジョブクラスは何になさいますか?」
む…そういうのもあるのか。どうしたものか。結界系の何かとかないのかね。
「もしお決まりでない場合、【冒険者】というジョブもありますよ。このジョブは上位ジョブへのクラスアップが出来ませんが、下位クラスへはいつでも変えられるので、初心者さんにはおすすめのジョブとなっております」
「じゃあそれで頼む」
めんどくさいしね。何があるかはおいおい自分で調べておこう。
「はい、それではこちらがギルドカードになります。再発行は有料になりますのでなくさないようにおねがいしますね。クエストも受けられますが受けて行かれますか?」
もちろん受ける。何せ金がないのだ。
「ああ、頼む。出来れば対モンスターのようなものがいいんだが…」
「対モンスターですか。それでしたら初心者向けにはゴブリン狩りですね。1人よりパーティを組んでやるのが一般的ですが、1人でやられる方もいます。一頭狩るにつき、ギルドカードに明細が載りますので、それをまたこちらに持ってきていただければ報酬をお渡しいたします。ゴブリン一頭につき、3000マナになります」
高いのか安いのかわからん…。が、まあいいか。
「じゃあそれを頼む。ところで、今日ゴブリンの群れをここから北のところで発見したんだが、それは大丈夫なのか?」
「あ、はい。報告を受けております。そちらは現在討伐隊の方が向かっておりますので無闇に近づかないようお願いしますね。それから、武器などをお持ちでないように見えるのですが大丈夫なのでしょうか?」
武器は欲しいが金がないんだよ。貸し武器すら借りれないわ。
「大丈夫だ、問題ない。じゃあ行ってくる。親切にありがとうな」
そして悠埜は初のクエストを受けることとなったのである。