二話
少女の声が木霊する。
ゴブリンの群れに自ら突っ込んで、生きていられるわけがないからだ。だが…
「いててて…」
青年は生きていた、少し傷が見えるが、普通に立ち上がった。ゴブリンたちも、少女も何が起こったのかわからないような顔をしている
『普通なら生きていられるわけがない』生きていられるとしても重傷を負うだろう。それを、この青年は痛い程度で済んでいるのだ。そんなことがあるわけない。
「なんで…」
少女は青年に問いかける。
「あー、話は後な。今はここをどうにかするほうが先決だ」
話を打ち切る悠埜。あたりまえだ、こんなとこで立ち話なんかしてたらフルボッコではすまないだろうし
(しかし上手くいって良かったっ…)
ほとんど賭けだった。自分の能力を信じた、結果賭けには勝ったのだ。悠埜の能力は結界を張ること。その結界は多種多様にわたるが現在ほとんどが使えない状態になっている。しかし、『全てが没収されたわけではない』のである。
(全方位結界は生きていたか…それでも弱体化はしているが…)
【全方位結界】常に自分の周りに張り続けている結界で、自分に害をなすもの全てを防ぐことが出来る、チート結界である。
(だが現状ではこれでは相手の攻撃を防ぎきることは出来ない…どうする?)
結界を張った状態で吹き飛ばされたのだ、結界も攻撃を受け続ければ摩耗するし、そもそも武器もないのにどう戦えというのか。まじ上司死ね、である。
「ヒーリング!」
と、後ろから声が響く。先ほどの少女だ。
「邪魔になるみたいですが、私は補助魔法が使えます!回復と援護はお任せ下さい!」
「助かる!だが現状有効的な攻撃手段がない!そちらは攻撃は出来ないのか!?」
「出来ないことはないですが、私のメインは援護です…この数には焼け石に水です」
困った。まじで困った。このまま戦ったら100%死ぬ。武具が没収されていなければ戦いようもあったものなのだが。
「ガァァァァ!」
相手も突然の乱入者に少し戸惑っていたようだが、落ち着きを取り戻し、またもこちらに襲いかかってきた。
「チッ―――――簡易結界壱式!」
手を前に出し、結界を張る…珍しくまともに成功である。【簡易結界】悠埜がもつ結界の最低ランクの結界である。ここまで奪うほどくそ上司は鬼畜ではなかったらしい。攻撃手段を全て没収されているから鬼畜なのにかわりはないが。
「おい、逃げるぞ!先に逃げろ!」
悠埜は少女に向かって怒鳴る。ぶっちゃけ後ろに助ける対象がいたのでは自分も逃げられない。攻撃手段がないのだから逃げるしかないのである。
「貴方はどうするんですか!?」
「この結界張ったままじゃ逃げられないんだよ!だから俺が喰いとめてる間に逃げろ!」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか!」
(くそ、強情だな…)
正直逃げてくれればまだ逃げて生き残る可能性がないわけではない。しかしこのままでは間違いなく死ぬ。
カキン、カキン、ミシッ
ゴブリンたちの攻撃で結界にヒビが入ってしまった。
「くそっ、ホントに時間がない!逃げろ!」 「いやです!」
強情すぎるだろ…くそっ、使いたくなかったんだけどアレを使うしかないか…。
ミシィ…バキン!
結界が破られる。あれだけの人数相手によく保ったほうだと思う。
「お前はもう少し下がってろ!あと俺にヒーリングはかけるな!」
そう叫ぶ。
「は、はぁ!?死ぬ気ですか!?」
「死なないためにやるんだよ!」
そう言って少女をもう無視しゴブリンの中に飛び込む。まさしく自殺行為である。そして速攻で傷だらけになる。いくら【全方位結界】を張ってあると言っても最低ランクの状態である。数分としないうちに血だらけになる。
(だがこれでいい…後ろで叫んでいるやつもいるがもうそれを気にしているほどの余裕もない)
攻撃を受け続け、血だらけになり、既に立てなくなり、足元の血だまりに膝をつく。
(それでも…!発動条件は整った!あとは使えるかが運次第か)
だがそれでも『使える』と確信はしていた。瞬歩も最初は使えなかったが弱体化させたら使えた。全方位結界、簡易結界もそうである。ならばこれも…
「いくぞ!代償は我が血! 呪縛 の 結界!」
発動した瞬間、悠埜の周りは紅く染まっていった。そしてその紅い範囲にいるゴブリンたち全ての動きが止まった。成功だ。
(だが、やられすぎたな…もう少し血の量が足りなくてもいける予定だったんだが…もう動けん、これは死んだかな)
さすがに普通じゃない量の血を流し続けたため意識が朦朧としてくる悠埜。だがそこに
「ヒーリング! ヒーリング! ヒーリング!」
涙目で回復魔法を唱え続ける少女の姿があった。
「なぜ逃げな…いやもう言うだけ無駄か、…お前ももう魔力ないだろう…? 俺はこれくらいでいい、とにかくこいつらの活動範囲から逃げる…ぞ」
「だ、大丈夫ですか!? 動けますか!? 動けなくても私が背負ってでも必ず一緒に逃げますからね!」
(ホントなんなんだよこの強情娘。もう少女じゃなく強情娘と呼んでやろうか)
「いや、いい…自力で動ける。とにかく早く離れるぞ」
「は、はい」
「ここまでくれば大丈夫か…」
もう目視どころか、遠距離スキルでも持っているようなやつではないと見えない位置までやってきた。まだ結界は維持しているが、切っても大丈夫だろう。
「すみません…えっと、助けていただいてありがとうございます」
「ん…まあたまたまだ。たまたま近くから声が聞こえたからな、間に合ったのも運が良かっただけだし」
「い、いえ!私は確実に死んでいたと思います、それを貴方が身体を張って庇ってくれました。私にとっては運が良かった、のかもしれませんが、貴方は運ではなく実力で私を助けてくれたのだと思います」
なぜか少し顔を赤くしてこちらを見つめて言う少女、あ、強情娘だっけ?まあいいや。
「まあ…そこまで気にする必要はない。俺は守る者だからな、やりたくてやったことだ」
「守る者…すごいですね!カッコいいです!」
(なんか褒められた…こいつの人格というか性格がよくわからん)
「あ、自己紹介を忘れてましたね。私の名前は、セシル、【セシル・オリージ】です」
「ん、あぁ…俺の名前は悠埜。悠埜・馬渡だ、よろしく」
そう言って挨拶を交わす。
「ユウヤ・マワタリさんですか、珍しい名前ですね」
「まあそうかもな、で、これからセシルはどうする予定だったんだ?」
どうやらここは日本系統とは違う異世界のようだ、モンスターも普通に出るようだし地理がわからんから道案内してもらいつつ、こっちは用心棒でもしよう。
「私は…ここから先にある【コンカード】という街に行く予定でした。その道中でゴブリンの群れに出くわしてしまい…普段ならここらは群れで行動するような魔物はいないはずなのですが…」
(ふむ…普段はあんなふうに群れて行動しない魔物か…何かしら人為的なものがある可能性があるかもな)
「よければそこへ案内してくれないか?何分旅の者でね、地理に詳しくないんだ。代わりに用心棒としてその街へ無事送り届けよう」
「い、いいんですか!?」
なぜか顔を真っ赤にさせて言うセシル。ホントこの少女はよくわからんやつだな。
「いいさ、こっちも案内してもらうわけだ…し…?」
身体の力が抜ける、意識が落ちそうになる。忘れてたけど、俺大量出血してたあとだったっけ。ヒーリングで外傷は治せても血液まで戻るわけではないようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ん、大丈夫さ、さっきの戦いでちょっと疲れただけだ。少し休めば良くなる」
ただの貧血だしな、今の状態は。
「この辺りは魔物の気配もあまりしないし、少し寝かせてくれ。魔物が来たら起こしてくれていい、自力で起きるとは思うが」
「あ、はい、わかりました。…えっと…どうぞ」
そしてなぜか正座をして足をポンポン叩いているセシル。俺は何回こいつの行動に疑問を抱けばいいのだろうか。
「なんだ?」
「えっと…地面で寝るのは固いと思うので…どうぞ?」
顔を真っ赤にさせている。ようは膝枕をしてくれるということらしいが…初対面の人間にすることじゃなかろうに。
「いいよ、どこでも寝れるから。じゃあおやすみ」
俺はそう言って意識の底へと落ちて行った。
何故か鈍感系主人公っぽく…なぜだ