08 球技大会&体力測定 中
体力測定が大方終わると、午後からは球技大会が始まる。
そういえば、今日の測定の時に何となく隣同士になった三年の先輩と仲良くなって色々と話を聞いてみた。
すると、この成聖学園には色々な『成聖用語』と言うのがあるらしい。
愛子も興味津々にその話を一緒になって聞いた。
「一年生って言ったら、まだ『成聖用語』知らないでしょ? たぶん、先生たちも気をつけて話したりするんだけど、気が抜けてポロっと言っちゃうから気をつけた方が良いよ」
「「『成聖用語』」」
「例えば、ココのこと。体育館、とか」
先輩は笑顔で今いる体育館の床を指さした。
「アリーナ……」
「で、『コート』って言ったら、成聖では絶対にテニスコートのことを言うし、部活してる子だったら部室のことを『ハウス』って言うわよ」
色々な言葉がいっぺんに頭に入ってきて、最初は混乱しそうな勢いだった。
でもそれぞれのネーミングは比較的単純でよくよく考えれば、「あぁ、なるほど」と理解出来るものばかりだった。
『チャンバラ』は剣道場。
『G』はグラウンド。
生物室に至っては『オペ室』なんて呼ばれているらしい。
それを聞いて何となくコツというか癖というかを掴んで、「じゃあ、物理室は『ニュートン』ですか?」と聞いてみれば、正解だと笑われてしまった。
「どうして成聖の学校は生徒用の玄関の間近くに駐輪場があると思う?」
突如出された質問に、えっと言葉が詰まると愛子が閃いたように短く声を出した。
「もしや敷地に何か関係がありますか?」
恐る恐ると言ったように先輩に聞くと、ニヤ付いた表情を浮かべて答えを待っているようだった。
「答えは『敷地が広大すぎる』、じゃないですか? 野球場二面にテニスコートも四面、全部門の前を流れる川の向こうにありますよね?」
いつも私が見ているサッカーグラウンドも実は二面あるんだけど、校舎側に一面あってその向こうにもう一面存在する。
だから、野球部やテニス部、他の川向こうにハウスがある生徒は自転車で移動してからじゃないと、部活を始められないから大変だと、クラスの誰かがボヤいていた気がする。
面倒だと思っていた体力測定の時間が、知らない先輩と知り合い、そしてちょっと面白い時間を過ごせたと思うと、一日授業の無い日が好きになったと思う。
測定が終わって出来る限り、自分たちの出場種目の練習をしようと早めにご飯を食べ終えて、愛子たちと一緒に体育館へと足を運んだ。
運動部の生徒はグラウンドで再度、競技用のラインを引きなおしたり、水を撒いたりして大会に備えている。
準備をしている人の横を浮き足立った女子生徒たちが憧れの先輩を目指して移動してる集団が見える。
その集団から準備を阻まれた担当の生徒はとてもやり辛そうに眉を顰めていた。
それを横目で観察しながら入り口付近に差し掛かると、中では出場予定と思われる男子生徒がたくさん集まって、既に練習試合が行われていた。
今、試合が行われているのは、E組男子対どこかのクラス。
名前は忘れてしまったけど、見たことのある顔があってすぐに分かった。
耕大君が居ないか目を巡らせて見るとドアに背を預けてゲームを見ていた耕大君がいた。
彼に話しかけようと愛子に声をかけると何となくニヤっとされて手を振って離れた。
「耕大君も練習?」
「佐倉」
凭れたままバスケットボールを持て余すように、手で遊びながら私を見上げた。
その顔が珍しく曇っている気がする。
いつもなら丸いボールを手にすると嬉しそうな顔をしそうなのに、だ。
「E組の男子気合入ってるね」
耕大君の様子を気にしつつ尋ねると、「……かもね」と本当に面白くなさそうに不貞腐れた声が返ってきた。
「どうしたの? 何か、あった?」
彼の隣に座って目線を合わせると、自分の質問に何か不機嫌になる部分があったか、気にするとどん底にはまる気がして、思い切って浮かない顔をした耕大君に聞いてみた。
「……練習、したは良いんだけど」
「良いんだけど?」
疑問で返してみると彼は「うーん」と低く短く唸ってじっとゲームを睨むように眺めた。
「勝手が違うっつーか、何つーか……」
言い辛そうな言葉を汲み取ろうともう少しだけ耳を傾けてみる。
「サッカーと比べてスペース潰したり、フリーでパス受けたりするのは簡単なんだけど、手でシュートってのが、………っ」
「……つまり、思い通りに行ってない……とか、ですかね?」
「うん」
――ノリはその辺誤魔化し上手いからと私だけに聞こえる位の声量で零した。
「……そこはさ、シュートじゃなくて、パサーに回れば良いんじゃないかな?」
ポツリと意見を言うと、耕大君はじっとこちらを見た。
「視野の広い耕大君の仕事はいつもそうでしょ?」
今度はちょっと自信有り気に言って見せると、「目からウロコだ」とフッと笑った。
「佐倉の試合、いつ?」
唐突に聞かれて一瞬頭に「?」を浮かべると耕大君はすぐに「バスケの」と付け足した。
比較的言葉数の少ない彼に最初は「何のこと?」と聞いてばかりだったけど、最近では互いに言っていることが何の事か、コツを掴むようになった。
「私は二時からかな」
時計を確認しながら言うと、急に頭に温かい何かが乗せられて思わず固まった。
「じゃあ、ファン一号の応援しないとな」
その時初めて頭を撫でられていると理解して、胸の鼓動が急速に早さを増して、頬は紅く染まるばかりだった。
突然の出来事に上手く言葉が出てこなくて、混乱していると遠くで誰かの笑い声が聞こえて我に戻った。
「わ、わわ、渡部くんはどうしたの!?」
気持ちが焦って舌を噛みながら急激に話の方向を反らす作戦に切り替えた。
「……ノリがパン奢ってくれるって」
「え?」
何のことだか分からなくて首をかしげると、耕大君が私の目の前にピッと紙を出して見せてくれた。それは、球技大会の前に回収される予定の二人分の記録表だった。
「反復横飛び、垂直飛び、長距離走、ハンドボール投げ、上体起こし」
「え? どう言うこと?」
「昼飯、賭けてたんだ。それぞれの記録の点数を合計して、アイツ負けたから」
ふっと思い出し笑うように彼が軽く笑った。
それを見て、二人の仲が良い所を「これでもか!」と見せ付けられてる気がして憧れを感じる。
「翠田耕大、上体起こし三十秒間で四十二回。渡部則之、四十一回………。え!?」
小さく声に出してその表を読み上げると、何だか見逃してはならないものを見た気がした。
「す、」
「………?」
「すみだ、こうた……、くん?」
「うん?」
震えた指を渡してくれた表の一番上の氏名欄に指差して彼の名前をなぞった。
それはついこの前知った彼を現す四つの漢字。
「『翠』の『田』で、」
「あれ? 言ってなかったっけ? 翠の田で、スミダって読むって」
彼の左目の涙黒子がこの時ばかり憎らしく思えたことは無かった。
ヒロインの心の叫びが聴こえると良いなぁ~……。
【2013.06.17】サブタイトル一部変更