07 球技大会&体力測定 前
本筋に戻ります。短くてすみません。
ゴールデンウィークも間近の今日。
耕大君に直接ファン一号としての務めを託ると、私は今まで心の奥底で我慢していたものが吹っ切れて漸く歩みだした。
グラウンドは灼熱の光に照らされて陽炎が立ち込めている。すっかり夏の気配だ。
今日は待ちに待った体力測定兼球技大会が行われる日だった。
この学園では一学期に体力測定と球技大会を開催して、二学期は体育大会と文化祭を同時開催する決まりになっている。
進学校らしく、出来ることなら催しの開催頻度は少なくしたいという所から来ているらしい。
なので、他の学年との交流は部活に所属していない限り、皆無に等しい。
もし、憧れの異性の先輩がいるのであれば同じ部活に入ったり、積極的に教室へ行ったりとしなければならない。
でも後者の場合だと帰宅部の生徒にとっては、かなりハードルが高いものとなるのは否定できない。
測定を終えた生徒たちは足早に目的地に突入して少しでも、憧れの人に目を引いてもらおうと水面下で必死な戦いをする……らしい。
授業が無い今日は朝からクラスでオリジナルのはちまきを巻いたり、Tシャツに着替えたりして、ざわざわと普段の授業らしくない笑い声やざわめきが聞こえていた。
ざわめく教室の私の隣で熱く語る二人組みは、そんな黄色い話を繰り広げながらヘアセットにメイクと急がしそうに鏡を見ていた。
「ねぇねぇ、髪の毛変じゃない?」
「ねー、誰かケープ持ってない~?」
「げっ! あたしたちの試合の時間と鷺沼先輩の試合時間かぶってるじゃん! 最悪ぅ~」
「ソフト選んだ人達のカップル成立率高いって~先輩から聞いたんだよね」
各々が自分の試合のことよりも他人の試合や身なりのことを気にしていて、私はなんだか呆れるようなどうでも良いような、そんな感覚になっていた。
担任の丹羽先生はまだ教室には来て居なくて、グラウンドの方でライン引きや準備に追われている様子が教室から窺うことが出来る。
陽炎が立ち込めたグラウンド内を耕大君らしき影が行き来しているのが見えて、準備に大変だなと眺めていた。
この前の放課後、耕大君に勧められたように、その翌日の話し合いでバスケの枠に立候補して見事勝ち取った。
バスケのチームには前の席の愛子も居て、知らない人ばかりだけでなく、何だか安心したのも事実だ。
ただ球技大会の話し合いの後、出場競技の練習は放課後から開始だったらしく、チームワークを高めるために練習を呼びかけたは良いけれど、大半のクラスメイトはバイトや部活等に散ってしまって、思うように人数が集まらずにボールを触れた程度で今日を迎えてしまった。
しかも、体力測定の後の球技大会。
全校生徒が一斉に同じように動き回るお祭りのような日だ。
「ねえ、梓桜って運動神経良い方~?」
突如前の席に座る愛子が回りの友達の輪から逃れて私に聞いた。
「え? うーん。どうだろ?」
窓の外をずっと眺めていたから、手が届くような距離に愛子が来ていることには気づかなかった。
生温い風が私と愛子の頬を撫でて教室に入り込む。
汗ばむまでは無いけれど、きっと外の陽気の助けを借りて、野外競技は白熱するんだろうなと、どこかワクワクした心持だった。
それから、測定の為にクラスごと列なって待っていると、体育委員が列の先頭に立って測定場所へと誘導を始めた。
私がぼんやりとグラウンド撒かれた水たまりを眺めていると、愛子もまた同じように外に目を向け、グラウンドの熱気に目を細めて眩しそうにしていた。
「最近、スミダ君と仲良いね」
一日に何回か耳にする言葉を愛子がポツリと呟いて思わず目を見開いた。
「……スミダ君? そうかな?」
自分からすると『噂のスミダ君』とは仲良くしているつもりが無かったからだ。
だから愛子の意外な発言に、意味が分からなくて首を捻って答えた。
「うん。仲良いと思うよ~、あたしは。だって梓桜以外が話し掛ける所見てると、いつも『ムー』って眉間に皺寄せちゃって恐いし、渡部くんだっけ? あの子以外に仲良くしてる子ってあんま見ないから、あたしは勝手に梓桜とスミダ君は仲良いんだなって思ってるよ。周りもそう思ってる」
「えぇ~?」
――いつの間にスミダコウタと名乗る人に声を掛けてたんだろう……!?
意外な事実に驚きを隠せない私とは反対に、柔らか気に話す愛子の言葉が沢山のクエスチョンマークを生み出している。
そして私の理解と愛子の理解の間で色々と矛盾が生じているのに気が付いた。
そう、結局誰がスミダコウタなる人物なのかを認識出来てないからだ。
スミダコウタって一体誰なんだ、と。
私の知る男子生徒をとり合えず顔と名前が分かる範囲で頭の中で整理してみる。
廊下を数歩歩く度に、「ああでもない、こうでもない」と思考回路を回転させる。
そして最後の選択肢。
コウタの響きを持つ名前の人は『翠田 耕大』君だけだし……。
顎の下に持ってきた右手の人差し指と親指で軽く撫でて考察する。
「アンブロ君はアンブロ君じゃない?」
「ちょ、……アオタ君って…つか、アンブロ君って……マジ?」
目に見えない耕大君を睨むように、眉間に皺を寄せて唸っている傍らで、愛子が私の独り言に笑いを含みながら興味深げに、切れ長のスッキリとした顔で観察している事には気が付かなかった。
【2013.05.24】半分以上加筆しました。 柏田
【2013.06.17】サブタイトル一部変更 柏田