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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
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06 キミの名前 後

 授業が予定通り終了して、先生が出ていくと教室の中の生徒はチャイムと同時に行動し始めていた。

 私も教科書をまとめて席を立つと、アンブロ君と渡部君も同時に席を立って教室へ戻ろうとしていた。

 私はそんな二人をじっと見ていると、それに気がついた渡部君が、私を見て何故か笑顔を向けていた。

 どうやらアンブロ君は先に教室へ戻る準備をして、ただ無口に私を待っていたからだとはすぐに気が付かなかったけれど。


「じゃあ、途中までだけど教室帰ろっか!」


 その言葉に彼らが私を待っていたとようやく気づいて、私は素直に頷いて並んで教室を出る瞬間に「待っててくれてありがとう」と、アンブロ君たちにやっと言えた。


 教室までの道のりでは、今まで意識はしていなかったけれど、やたらと女子生徒の視線を浴びるように感じた。


 それもそのはず……か。


 右隣にいるアンブロ君とその向こう側にいる渡部君が二人並んで立っていると、とても絵になるような構図だったのに気が付いた。

 ……よくよく観察してみれば、二人とも人の目を奪うような顔形、背が高くてバランスの取れた体型をしていたからだ。


 アンブロ君は入学式の時から変わらず、私の頭一個分上を行く背の高さだけれど、渡部君もそんなに変わらないようにこの時になって思った。


「もう二人ともサッカー部に入るって決めてるの?」


 私の唐突な質問にアンブロ君は、肯定するように頷き返しただけだけど、渡部君はちょっと驚いたように「えっ!?」と声を出してこちらを凝視していた。


「……? どうかした?」

「や、えっと~。……オレたちサッカー推薦で入学してきたからさ、サッカー部にはもう、春休みから練習に参加してるんだよ?」


「へえ~。じゃあ、渡部君もサッカー巧いんだ?」

「や……、コータみたいに巧くはないけど……」


 渡部君はちらりとアンブロ君を見て、何か言いたそうな顔をしていた事には気が付かなかった。


「そっかあ。じゃあ、アンブロ君と渡部君を強く結びつけたのはサッカーのお陰なんだね!」


 私はアンブロ君をただひたすら、友達がいない一匹オオカミな子なんだろうなって勝手に妄想していたから、ファンである彼に友達がいて嬉しい事を渡部君にどうにかして伝えたかったのだ。


「あのさ、高校入ってからって友達作りって大変でしょ? 今日の授業からなんだけど、二人を見ててすごく仲良いなって思ってたから、羨ましいなって思って。……でも、春休みから一緒に過ごしてれば、仲良くなるはずだよね……」


 時間の差、か。

 自意識過剰だけれど、アンブロ君と過ごした時間は私も一緒だと勝手に思っていた。

 でも、渡部君は私より先にアンブロ君と知り合って、同じ練習をして過ごしている事にやっぱり少し心の奥がもやもやした。


 初めて出来たギブアンドテイクを意識しない友達だからだろうか。


 私が一人寂しく呟くと、アンブロ君はうーんと近くにいないと分からなくらいの音量で唸り声を上げていて、その隣の渡部君は目を見開いて驚いた顔で私を凝視している。


「……?」


 なぜ今三人が黙っているのか分からずに、ただ首を傾げて彼らを見上げると、真意を問いたくて黙っていた。


「佐倉さん、知らないの? あのさ。オレたち二人一緒の中学出身なんだよ」

「え、そうなの?」

「そうだよ。地元も県外で、今は学校のサッカー部の寮に住んでるんだ」


 渡部君がそう言うと、私は驚きのあまり眼を見開いて彼ら二人を交互に見上げた。


「え? この学校って、寮なんかあるんだ?」

「まあ、ここ最近の事らしいけどスポーツに力を入れるようになって、特に最近はサッカー部の成績もいいから、県外から特待生を取って強化に励んでるんだって。それから、チームの意識向上のために部の寮があって、俺もコータもそこに住んでる」


「環境に恵まれてるんだ……」

「望んだ人生だからな」


 私は誇らしげに話す、渡部君やコータ君のその姿が本当に眩しく見えた。

 気がつけば一日の終わりはすぐやってきた。

 時間が過ぎるのは早くって、四月の最初の化学の授業以降、私はアンブロ君のことを耕大(こうた)君と呼ぶようになっていた。

 グループを組むようになった渡部君と耕大君とは隣のクラスだけれど、化学の授業以降、休み時間も一緒にいることが多くなっていた。

 それからと言うものの、なぜか顔も知らないのに『スミダコウタ』という人物の事をクラスメイトから、授業後に毎回質問されるようになっていた。


「渡部君って面白い?」

「スミダ君ってどんな喋り方するの?」

「今日は何を話していたの?」


「えぇっと、渡部君はとにかく裏のある人だよねぇ。耕大君は知ってるけど、スミダ君は知らないんだよね……」


 そんなやり取りを繰り返した後、さすがの私も質問が毎回あっては愛想笑いが尽きてしまって、その手の話を避けるように化学の後の休み時間は席を離れるようになっていた。

 放課後に一息のつけるようになって、私は教室から見えるサッカーグラウンドを見下ろした。

 教室でのサッカー部観戦はすでに私の日課になっていた。


 今日はサッカー部がもう活動を開始していた。遠くにいるとよく分かるけれど、グラウンドの周りには『スミダコウタ』を目的にしている女子生徒が沢山いて、辺りは黄色い声援で活気立っていた。


 ふとグラウンドの中心に目を向けると、クラスの担任である丹羽先生と耕大君が話しこんでいるのが見えて、「頑張ってるな~」とひとり感心して眺めていた。


 赤いビブスをつけた耕大君は担任の話に頷くとフィールドに駆け足で戻って行った。

 三年生や二年生の先輩たちの輪に混ざって、そこで何やら指示を出すと中断されていたゲームが再開し、一気に盛り上がりを見せていた。


「上がれっ!」


 耕大君はゴールを指しながら叫んで、どの選手よりも真剣なまなざしでボールを追いかけて蹴っていた。


 耕大君と渡部君とは化学の授業で隣り合わせになっている回数が多い分、今更グラウンドに行って見学することに若干気が引けていた。

 

 今教室から見下ろしている耕大君は、ゲーム終了の笛の音とともに足を止め、あの時と同じように袖口で汗を拭っていた。


 後ろの方から渡部君とチームメイトが駆け寄ってきて、何かを言われた後に話を咲かせたように笑顔が見られた。


「耕大君、楽しそう……」


 窓の外で泳ぐ耕大君を眼で追いながら、いつの間にか口から零れ落ちた感想が空気に消えていった。

 そんな私の声がまるで聞こえたかのように、耕大君がふとこちらに振り向いた。


「あ……」


 バレてしまった。

 ―――そんな気にさせられた。


 何も悪いことをしてないのに、盗み見をしていた罪悪感やら恥ずかしさやらが急にこみ上げてきた。

 でも、耕大君は何も言うことなく自然と二人が見つめ合うように、内心焦りながらも私は目を離すことが出来ずにいた。


 力強い瞳は敵を逃がさず、誇り高い獣のような目つきで相手を喰らうのだろうか。

 力強い腕は、脚は、その背中は、自分への試練とばかりに相手に挑んでいくのだろうか。

 

 どのくらいの時間が経っただろうか。


 窓越しに見詰め合っていたはずの向こう側のヒーローは、いつの間にかその姿を隠していた。

 一瞬、心の中に寂しい風が吹いて行った。


 けど、その風は刹那のうちに消え失せてしまった。




 ―――耕大君によって。


ガラッ……


 突如、教室のドアが開いて、油断していた私は肩をビクッと跳ね上げてしまった。

 するとドアの前に佇んでいた耕大君が珍しく顔に笑みを浮かべていた。

 よく話すようになって分かったことなんだけど、どうやら耕大君は表情を顔に出すのが苦手らしい。

 今まで一緒にいて、渡辺くんと爆笑している所すら見たことがない。

 だから、耕大君が笑みを瞬間が貴重だと、私は思いもよらなかった。

 それくらい彼は優しい顔で話を聞いてくれるから。



 急いで来たのか、室内履きも履かずソックスのまま近づいて来ると、隣に腰を落ち着かせた。


「……見に来ないのか?」

「え?」


 隣に立った背の高い耕大君を見上げる時も一苦労だけれど、今度は逆に目線を上げて言われたことに驚いて聞き返してしまった。


「ファン一号なら、窓から見るんじゃなくて、佐倉……が俺のサッカー好きなら」


「……見に行ったら、邪魔じゃない?」

「邪魔じゃない」


「……迷惑じゃない?」

「迷惑じゃない。むしろ、」


「……むしろ?」

「いてくれた方が、キレが良いって、……ノリが」


 歯切れ悪く、言葉少なげに語るアンブロ君は、困った顔をして左手で自分の後頭部を少し掻いた。


 視線を合わせるように自分も隣に座ると、顔を伏せられて見えなかった顔は、夕日に照らされているから紅いのか、今まで一生懸命走って来て紅いのか分からなかったけれど、私の心は間違いなく踊った。


「そっか」

「………」


 耕大君の顔を見ながら短く返事をする。

 それだけで良かった。


 耕大君はだんまりして目線を合わせてくれないけれど、私の顔は嬉しさでニマニマしていたから丁度良かったのかも知れない。


 窓を開けて、初夏の空気が教室を駆け巡る。風が髪で遊ぶように舞い上がった。

 心地良い沈黙は私の一言で破られた。


「そういえば、明日うちのクラスで球技大会の話し合いがあるんだけど、E組ってもう話し合った?」

「あー…。まだ。たぶん、うちも明日」


「そうなんだ。耕大君は何に出るの? サッカー?」

「んー…。……たぶん、バスケ。審判だから出れないって、誰か言ってた気がする」


「サッカー部はって事?」

「たぶん。そういう佐倉……は?」

「私? 何の競技があるのか、知らないんだよね」


 私は苦笑して言うと、耕大君はグラウンドを見つめて「うーん」と唸っていた。


「バスケ……は?」

「え?」

「佐倉……がバスケだと、応援するし」


 耕大君が私の顔を見て言うと私は言葉を詰まらせたように見つめ返した。


「……自分のクラスは応援しないの?」


 耕大君の言葉にそう返すと、彼は普通とでも言うように、言ってのけた。


「応援するやつ、いない。佐倉……はファン一号らしいし」


 耕大君の公式な『ファン一号』発言に、不意打ちをされたように頬に熱が点った。


「じゃぁ、バスケ、狙ってみようかな。……外れたら、ごめんね」


 精一杯の照れ隠しで伝えると、耕大君は「ん」と軽く返事をして窓の外に視線を戻した。

 束の間の休憩後、普段から喜怒哀楽の表現が薄いと評判の耕大君の表情が、周りの誰から見ても機嫌が良さそうだったと知ったのはもっと後のことだった。



【2013.04.27~2013.05.02 初投稿分結合済】

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