表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
6/43

05 キミの名前 前

 オリエンテーション合宿は特に大きな事も無く終わってしまい、翌日からは本格的な授業が始まった。

 花見の名所として名高い、正門前の桜並木も四月中旬となれば花びらをすべて散らせて、次の新緑の若葉を芽吹いていた。

 春雨……なんて、おいしそうな名前がついた四月の冷たい雨が降っている頃、私は化学の授業のため実験棟に来ていた。


 この学校は一学年が六クラスか八クラスに分けられていて、二クラス合同の授業が多い。

 私の学年は六クラスでA組からF組みまで。つまり、F組の私は隣のクラスのアンブロ君と同じ授業を受けられるって事になる。


「「あ」」


 教室の入り口でアンブロ君と鉢合わせした時、なぜか互いに会釈を交わした。

 当然のように名札なんて無いから、もちろん今でもアンブロ君の名字すら把握できていない。


「選択理科、……化学?」

「うん。この学校って実験する時白衣着れるでしょ? ちょっと憧れだったの」


 にこやかに私がアンブロ君に言うと、彼は「へえ」と声を出すだけで終わってしまった。


「ま、俺もそんな感じか。化学室ならサッカーグラウンド見放題」


 今まで見たことも無いような悪戯心に溢れた笑顔を私に見せるだけで、彼はさっさと教室の窓際に向かい絶景ポジションを獲得していた。

 その隣は空席かと思いきや彼の友人か、気づけば一人の男子生徒がすでに椅子を引いて話しかけていた。


「アンブロ君って本当にサッカー好きなんだな…」


 ポロリとこぼれた感想が、私の胸に1人染み込んで行った。



「佐倉さん」



 急に名字を呼ばれた私は、どちらの方向から声がしたのか辺りをきょろきょろして探すと、


「こっちこっち。アンブロ君の方!」

「え?」

「……お前までそう言うなよ……」


 アンブロの単語に反応して、条件反射で振り向けばアンブロ君の横で、こちらに向かって手を振る男子生徒がいた。


「佐倉さん、ここに座りなよー。ちょうど話してみたいと思ってたんだ!」


 知らない人物が親しげにニコニコと笑いながら元気な声で私に言った。

 顔を見た覚えがないことから、すぐに隣のクラスの人だと分かり、うろたえながらも彼らに近づいた。


「こ、ここ…ですか?」


 私が指さされた場所は話しかけてきた男子生徒とアンブロ君のちょうど目の前の席。


「うん。『三人一組の班になって座ること』って黒板に書いてあるから、佐倉さんが入ってくれると非常に助かるんだよね! 『いろいろ』と」


 アンブロ君の友人A――名前が分からないからとり合えずは友人A君と命名――はこちらに笑顔で話しかけては来るものの、その裏には「この席座んねーと泣かすぞ」と言わんばかりのプレッシャーを浴びせてくる。


 いそいそとそこに腰かけた私は、ちらりと盗み見るようにアンブロ君の方を見ると、彼は呆れたようにそして申し訳なさそうに、さっきとは違った苦笑しているだけだった。


「助かる」

「だろ? 俺の目に狂いは無い!」


 二人だけが分かる内容で胸を張られていても話しについていけずに、ただ黙りこくるしか無かった。するとアンブロ君が「最後まで授業『聞けてる』自信が無いからな」と説明してくれた。


「……授業、聞けないの?」

「ピッチの眺めが良いから、意識がサッカーに飛んぶんだ。だから」

「それで私に代わりに授業を聞いていてほしいってこと?」

「そう」

「まったく。……ホンット、アンブロ君ってサッカーに人生賭けてるんだねぇ~」

「ぶはっ!……じゅ、授業、…くっくっく…か、変わ……っひっひ……、まじ、マジ良い人だ!」


 突然噴き出して笑いだした友人A君は私を指さしながら、おなかを抱えて机をドンドンと叩いていた。


「……何か、可笑しいところあったか?」

「いや……なんつーか……」


 口篭ったアンブロ君はちらりと友人A君の方を睨むと彼はそのまま黙ってしまいた。


「だ、だってさ、……佐倉さん、パシリにされてんだよ?」

「え?」


 友人A君が笑いながら私に説明すると、アンブロ君はバツが悪そうに自分の友人と私を交互に見ていた。


「オレたち真面目に授業(はなし)聞こうとしてないんだよ? そんで、テスト前とかに授業のノート写させてね~って言ってるようなもんだから!」

「あ。なるほど~」

「そこで納得すんなよ」


 友人の言葉に大きくため息をついたアンブロ君は、いじけた様に目線を窓の外に移すと、そのまま目が外で行われているサッカーの授業に釘付けになっていた。でも、


「アンブロ君はそれでも手伝ってくれると思うよ」


 ただ呑気に間延びした言葉が三人の静寂の間に広がって、「まあ授業だしな」というアンブロ君の言葉が聞こえたと同時に先生が入ってきて、会話が中断してしまった。


「早くサッカーしてぇーなぁー……」



 授業のオリエンテーション中にポツリとアンブロ君が窓の外を見ながら呟きた。


 彼の横にいた友人A君はうんうんと頷きながら、頬杖をついて共に窓の外を眺めていた。


「お前はまだ良いよ、巧いからさ。オレはまだまだ頑張んなくちゃいけないんだぞー? 先輩の壁は~厚いんだ~」

「ノリも春休みの練習で結構ウィングの切り返しが中学よりもキレ良くなったと思うけどな」

「でも、田坂先輩がいるとなぁ~……。どーも、型にはめられたプレーをさせられるっつーか、」

「それはなあ……。俺もあの人入ってる時に中盤張ってると、やり難いんだよなぁ」


 彼らは理科クラスの人たちの名前を覚えない気か、全く中に視線を向ける気配が無かった。

 ずっと二人でグラウンドであっている、どこかのクラスのサッカーばかり見て、ずっとコソコソと話し合っていた。


(アンブロ君の友人か……。「ノリ」君、ね)


「E組男子~。浅野ぉ~」


 教壇に立っている先生は、名簿と顔の一致のために点呼を取り始めるものの、相変わらず二人は未だに顔を向けること無く、サッカー談議を密かに熱を上げていた。


「スミダ~」


 ―――スミダ コウタ。


 先生が噂の名前を読み上げた時、一瞬教室がざわめいた。

 ある一部のものはちらちらとクラスの中に視線をチラつかせ、女子はこそこそと耳打ちし出した。


 ―――スミダ コウタ。


 私にとってはある意味ファン一号として、アンブロ君のライバルと言える『スミダ コウタ』がどんな人物なのか一目見ようと教室をざっと見渡した。


 でも名前を呼ばれていても、手を挙げている男子など見当たらず、辺りをきょろきょろしているうちに、先生は次の名簿の名前を次々に読み上げていった。


「次ぃ~、渡部(わたべ)ぇ~。渡部則之(わたべ のりゆき)。よし、全員いるな。じゃぁ、次女子」


 少々不満の残る点呼だったけれど、燻っていた不満さえ吹き飛ばすほど、驚愕の事実を知るはめになったのはもうちょっと先の話。


「フィールドを駆け抜けてそうな名前……」


「……え?」

「……は?」


 その言葉は自分でも驚くくらい、唐突だったと思う。


 私の目線の先には机に投げられたように置かれているアンブロ君のノートがあって、更に言うと、そのノートの表紙にはアンブロ君の本名と言うべき文字が漢字四文字で綴られていた。

 その四文字の漢字の止め撥ねはらいが目でデカデカと、確認できるくらい近くにあったから思わず感動して凝視してしまい、そして頭に浮かんだ言葉が自然と零れ出てしまっていたみたいだ。


 私はどちらかと言うと隠し事が苦手で、思ったことはすぐに口に出してしまう性質たちだ。

 こそこそとサッカー談議に花を咲かせていたアンブロ君たち二人は、唐突な言葉に眼を点にさせて私を見ていた。

 二人の目線が「どういう意味?」と私に催促しているように思えて、思わずアンブロ君のノートを指差して言った。


「えーっとね? 『(みどり)』の『田』を『大』きく『(たがや)』す、だよ?」


 一文字一文字ゆっくり指で漢字の意味をなぞりながら二人に説明すると、アンブロ君は「意味が分からない」とでも表現するように首を傾けた。

 でも、隣の友人A君こと渡部君――さっきの点呼の時に一番最後にちゃっかり手を挙げていた――は、ニヤニヤと私の言わんとすることが何か分かったように目に弧を描いて見ていた。


「『名は体を現す』ってよく言うじゃない? アンブロ君のこの漢字を見て、やっぱりアンブロ君はサッカーするために生まれてきたんだなーって、名前見て思っちゃって。だから、親からの期待と大きな使命をも背負ってるんだなーって」

「………」


 フリーズしたように黙り込んだアンブロ君は、私から視線を外すように反対側の窓の方に顔を反らして何も言わなくなってしまった。


 一方で、渡部君はアンブロ君の反応に嬉しそうに笑いながら私を見ていた。

 アンブロ君が黙ってしまった行動に疑問を持った私は、助けを求めるように渡部君に視線を配ると、彼は「大丈夫」と言うように「へへへ」と声を漏らした。


「大丈夫だよ。コータ、照れてるだけから」

「コータ君?」

「うん、耕すに大きいって書いて、耕大(こうた)。だから佐倉さんは心配せずにちょっとだけほっといて良いよ」


 渡部君は一言フォローを入れると隣に座るアンブロ君同様それから前を向かなくなってしまった。

先生はこそこそ話す私たちに気にする風でもなく、授業の内容に入ってしまい、今回の授業ではもうアンブロ君と話す機会を失ってしまっていた。


 こんな時に、心で通じ合ってしまう『友達』というポジションに嫉妬を覚えたことは、私だけの秘密にした。



【2013.04.20~結合済】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ