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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
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42 キミの矛盾を(6)

 料理に洗濯にと慌ただしく過ごしていると、あっという間に夕方になっていた。


 宏美さんと話しながら作業をしていたら、グラウンドへ練習を観に行く事を忘れてしまっていた。

 その分、丹羽先生について詳しくなってしまったけれど、後々切り札として役立てられるかも知れない。

 そんな事を考えられるくらいの気持ちのリフレッシュが出来ていて、丹羽先生が狙っていた気分転換は充分に出来たと思う。


 夏の空気を吸い込んで、深く吐く。


 …よし、何とかやれそう。


 シーツが湿らないうちに取り込み終わって、畳んで部屋ごとに振り分けて…と順序を考えながら、日が傾きはじめた屋上で洗濯物を取り込んでいく。


 遠くに(ホイッスル)がリズムよく鳴り響き、ミニゲームか何かやっているのかな、とも意識の片隅で思いを馳せた。



 *****



 夕飯近くの時間になり、洗濯物を畳み終えて、各部屋の入口に人数分のシーツを分配しておく。

 それぞれの洗濯物は、個別バスケットに入れて完了。

 各部屋の入口に紐で下げてある作業リストに、チェックを入れてサインを念のためしておく。


「これを毎年毎日やるのは、なかなかの重労働だわ…」


 とひとり、宏美さんの凄さに密かに感動しながら呟いた。

 ふと今までに作業してきた道のりを振り返り、ひと息ついていたが、こんな事してられないと、急いで厨房に戻って配膳の準備をする。


 それにしても五人居るはずのマネージャー達は、一度たりとも宏美さんの手伝いに来ることは無かった。

 正直、午前中の洗濯の段階で「マジか…」と悪態ついたのをしっかり宏美さんにも、コーヒータイムにちゃっかり来た丹羽先生にも聞かれていた。


「ん〜、やっぱり梓桜ちゃんが居るだけで、ご飯作りに集中出来るから嬉しいわあ〜」

「少しでも楽だと感じていただけてるなら嬉しいです」

「え、ホントよ? その証拠に洗濯物全部任せちゃったし、お掃除も二人で分担してすぐ終われたから、お茶も飲めたわ」


 普段だったら香奈ちゃんも一緒なんだけど、昨年は妊婦だったし、無理はさせられないし、大変だったのよー、と夕飯の大量の白米を大きな炊飯器でほぐしながら宏美さんが嬉々として話す。


「マネージャーの意味…」

「んー、本来のマネージャーの仕事がどういう事なのか、あの子たち、実は知らないんじゃないかしら? それか頭が回らないかってとこかしらね」

「宏美さん、ここに来て辛辣ですね」


 だって本当の事だもの〜


 厨房に高らかに響く声が大人の意見ですよ、と苦笑いしながら頭の中で、外にいるだろう彼女達に言いたくなった。


 つまり、タイムを測る、道具の準備をする、ドリンクの準備をする、声がけする、タオルを配る…補欠やレギュラー以外ができる事を彼女達はしなくてもいい。

 誰かに頼んで出来る事だけがマネージャーとは言えないと、暗に宏美さんは言ってるのだ。

 選手の体調管理を考えて部屋を整える、献立を考える、対戦相手を分析してまとめる、選手たちの話しを聞く事も、本来なら彼女達が働きかける事では無いのか…。


 その話しを聞いてなるほど勉強になるな、と頷いた。


 耕大くんのファン一号を名乗っては居るけども、今までにしてきたのは話しを聞く事しか出来ていなかったな…と猛省した。


「私、耕大くんに対して全然出来ていなかったな…」

「あら、翠田くん? 」

「はい。 仲良く…してもらってるんですが、宏美さんの仰ること、全然出来てないなぁーって反省しました、今」


 八の字に眉を歪めて言ったが、宏美さんは目を丸くして、可愛らしく人差し指を顎に当てて天井を見上げた。


「そうかしら? ノブから少し聞いてはいるけど、梓桜ちゃんと翠田くん、言葉足らずなとこはあるけど、きちんと話し合ってると思うわ」


 足りないと思うのは、梓桜ちゃんが翠田くんの事をきちんと考えてるからなのね、と笑いながら大きな炊飯器を抱え始めたので、この話はそこで終わってしまった。


「「「ちゎーす」」」


 練習を終えた部員たちが、汗を拭いながら食堂に入ってきていよいよ、宏美さんと私は忙しくお皿におかずをよそっては、渡し、よそっては渡し…の繰り返しで、話す余裕が無くなった。


 主に選手に手渡しているのは、見慣れた宏美さんだけど。


「鷺沼くん、調整どう? 上手く行きそう?」

「んー、戦術がハマるかは分かんないけど、メンバーのコンディションは良いスね」

「あら良かった。 Pリーグは決勝トーナメントまで行きたいわね〜」

「それは頑張るしかないかなぁ〜」


「宏美さん、ご飯大盛りでよろしくお願いしますー」

「多村くんはフィジカルトレーニングどう?」

「死にそう〜。 特に野郎たちの汗が充満してるから〜」

「それは、鼻栓して対処して」

「いや、それ本当の意味で死んじゃうから!」


「北川くんは、ダッシュタイム伸びたの?」

「ちょ、聞いてーな! ダッシュタイム測りよったら、虫がバチーン顔面ヒットしてん!」

「えー、そんな事ある?」

「ホンマやて〜。 今流行りの虫おやつしそうになって、『危うくカロリーオーバーやぞ!』 って言うたったわ」

「それは大事ね」

「やろ?」


 壁で選手と宏美さんの姿は見えないけど、宏美さんの選手把握力の凄さに圧倒される。


(私、何十人の人の管理とか無理だわ、きっと)


 そう考えているうちに、一年生も入ってきたのだろう。

 話題が入部してからの初合宿はどうか、と言う質問に変わっていったのに気がついた。


「あら、翠田くん。お疲れさま」


 一年生が帰ってきたなら、当然、耕大くんも食堂にきておかしくない。

 宏美さんの挨拶に、一瞬手を止めてドキリとしたのと同時に、顔を見て調子どうかな…と気になった。


「っス」

「レギュラー陣との練習どう?」


 耕大くんが短く挨拶をして、お茶碗とお味噌汁を受け取っている手が見えた。


「…付いてけてますよ。 ちょっとノリのせいで集中力もたなかったけど」

「あら。 渡部くん、もっと茶々入れていいんじゃない?」

「ですよね」


 耕大くんの後ろに並んで居るだろう渡部君の明るい声も聞こえる。


「……飯、いつもあざます」

「ふふ、どういたしまして〜」

「佐倉もサンキュな」

「…え。 う、うん。 どういたしまして…」


 キッチンのカウンターから少し厨房の方へ身を乗り出して、耕大くんが顔を覗かせてきたのにも驚いた。


「あ、佐倉ちゃんはここのサポートしてたんだ〜。 ありがとうね!」


 二人とも顔を覗かせるものだから、後に続く部員が何事かとわざわざ見て行くようになり、いたたまれなくなって、作業に没頭していった。


 マネージャー群が最後だったようだけど、彼女たちは彼女たち同士で話しをしており、宏美さんは苦笑を浮かべつつも特に声をかけることは無かった。


 あの中の誰かが怒られたか何かして、宏美さんへの態度が悪いのだろうか…。彼女たちとの溝が見えたようで、少し心配になった。


 しかし彼女達が席に着くと、上級生の誰かが「マネのその態度、改めないなら帰っていいから」と諌められていたのは、こちら側からは見えない出来事だった。


「仕方ないのよ。 一度午前中言ったことをアドバイスしては見たけど、理想のマネージャーの真似事と乖離してるから彼女にとっては『お節介』ってとられちゃって。 それに私の方が大人だから『部外者がうっせぇババア』とも思ってるだろうし」


 辞めろとはノブからも言いづらいわよね。


 諦めた顔で言う宏美さんの言葉にはどこか、寂しそうで心配した部分も含まれていて、サッカー部員たちの第二のお母さんなんだな、と思わずには居られなかった。


「伝われば良いな…」


 私は願うしか出来なかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 更新嬉しいです、ありがとうございます。 二人のやり取りが微笑ましくて大好きです。 この先の展開も楽しみにしています。
[一言] 久しぶりに相変わらずの二人に会えて嬉しいです。 お忙しい中の更新ありがとうございます。 これからも無理せず、ご自分のペースで続けて頂けたらと思います。
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