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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
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39 キミの矛盾を(3)

遅刻登校すみません。

 ――佐倉家は元々地元の有力な一族で、曾祖父の時代から議員を務めて権力を台頭した家だ。


 政治家家系としての歴史は、他の首相を務めて来ている家系に比べて新しいが、名声はそれなりに全国区にまでなってきている。


 祖父の梓太郎(しんたろう)は、衆議院の党幹部を十数年務めた人で、妻である祖母の友美子(ゆみこ)は、不慮の事故で私が生まれる前に亡くなっている。

 祖母が逝去したショックから、祖父は一度体調を崩して、自身の政治家人生に幕を閉じ、後の行く末を父に譲った。


 父の友梓(ゆうじ)は党代表まで務める立場にいる。

 将来は、首相就任への期待が寄せられる立場を築いたあの人を佐倉の"一族"は、それは心から誇らしく思っているんだろう。父に媚びへつらい、常に顔色を伺っている。


 物心ついた頃から、私には『佐倉』という家がとても気持ち悪かった。

 みんな仮面を付けたような、上っ面ばかりの美辞麗句を並べて互いの腹の探り合いしかしない。


 母もそんな家に執着が無いのか、父に大人しく従っているように見せて、一緒にいてもどこか他人事のように振る舞っていた記憶しかない。

 母が体調を崩してから、一族の取り決めで母屋から離れの家に私ごと移された。

 私が女であることで、父の子として教育を受ける資格に当たらない、と一族が判断をしたからだ。


 八才になった時、母が亡くなった。

 そして父は外で関係していた女性と一つ上の異母兄を母屋に連れてきていた。

 私より一つ上。父の血を分けた異母兄・友利だ。

 異母兄へも父同様に、後継としての期待を寄せて、言うことなす事に肯定の返事のみ。

 一族は男児である彼に最高の教育環境(けんり)を与えて、私は佐倉を出された。

 どうして……と、ショックしかなかった。いや、半分納得もあったかも知れない。


 でも、家を出ても常にいらないプレッシャーがあった。

 毎年の行事に参加しても嫌みを言われ続ける味方の居ない空間があった。自分の家なのに、本音を吐ける場所がなかった。

 正妻の子のはずなのに、自分が異端の存在に思えた。

 そんな"家"が私は大っ嫌いでいた。


 つまらない行事の日で、唯一救いだったのは、祖父が居ること。

 祖父が一緒に居るときだけ、佐倉の"一族"は口を開かなかったし、挟まなかった。祖父だけが味方だった。

 だから、祖父にはほぼ全てを話していた。学校の事や友達、世の中のニュースの事、世界情勢や芸術の事とか、とにかく色んな事を話して、穏やかに笑っていた数少ない記憶しかない。


 高校に入って最近になって、何かしらの佐倉からの接触が多いのにうんざりしていた。

 空き巣も、彼ら関連かも知れない。


 関わりたくないのに、その心ばかりが育っていく。


 *****



 ――「……つまんない、話だったよね」


 リビングでポツリポツリと響く私の声に、耕大くんはただ、黙って耳を傾けていた。


「そんな事ない。その……確執を感じている気持ちも佐倉の一部なんだろ?」

「そう……かな」


 膝に額を当てながら、呟くと頭に温かい何かを感じた。

 ゆっくりと目線を上げると、耕大くんの大きい手が髪を撫でていて目を見開いた。


「耕大、くん?」

「ん?」


 穏やかな声音の返事に、私の頬は熱を発するばかりだった。


「ありがとう……」


 照れ隠しのために、ぶっきらぼうだけど短く伝えると、耕大くんの撫でる手は尚更強くなった。


「そういえば、もうすぐだね、夏合宿」

「あぁ」

「どこ行くの?」


 尋ねると、彼は撫でる手を引っ込めて、首を横に捻りながら「……山?」と尋ね返してきた。


「何、そのアバウトさ。聞かれても私、困っちゃうよ」

「佐倉は? 来ないの?」

「私、部員じゃないよ? 丹羽先生の保護下にいるだけだし」


 苦笑しながら伝えると、彼は眉間にちょっとシワを寄せて「えー」と小さく駄々のような悪態をついた。


「行っても良いぞー」


 思いも寄らない許可が下りたのは、そんな時だった。

 リビングのドアを開けた格好で、片手には愛娘のヒカリちゃんを抱いている丹羽先生だった。

 しかも、妙な笑みを浮かべて。


「丹羽先生」


 私が先生を見ると、耕大くんはすばやく立ち上がり、「しゃっす」と簡単だけれども綺麗なお辞儀をしていた。


「おう。耕大もいんのな」

「アゥ、デーデ」


 ヒカリちゃんは先生の真似をしながら、こちらに手をブンブン振り上げて見せて、とても可愛いらしくニコッと笑った。


「佐倉もいいんすか」


 彼の中では半ば決定付けて丹羽先生に確認を取ると、「おうよ」と先生も返事をした。


「合宿の飯当番とか、洗濯とか今のマネージャーの力量だと間に合わないからな」


 何故か胸を張って言い切る丹羽先生を私は無言で凝視して続く言葉を待った。


「特に、今年は香奈がヒカリの面倒見なきゃなんねーしな。たぶん、余計に人手が足りねぇーよ。どうだ佐倉、ちゃんとバイト代出すぞ?」


 ニヤ付いた丹羽先生は、催促するように私の顔を見て笑みを深める。

 その顔が何処と無く裏の意味を含んでいるように見えてちょっと、イラッとした。


「それ、もう決定事項じゃないですか」


 ボソリと私が言うと、先生は隠しもせずウンウンと頷いて見せて、「やっぱ敏いなー、佐倉は。なー、ヒカリ?」とヒカリちゃんに顔を軽く叩かれながら言った。

 緩み切った笑顔に更にイラッとするけど、「あーぅ」と返事をしたヒカリちゃんを見て力が抜けた。


「行きます…」


 本音は久しぶりに耕大くんのサッカーをしている姿をちゃんと近くで見たかったのもある。

 探せば理由はいくらでも出てくる。

 最近本調子じゃない、と渡部君も丹羽先生も心配しているくらいだから、インターハイに向けてきっと、他のチームメイトの人も心配している人は、もっと居るのかもしれない。

 それを影ながらでも良いから支えたい。

 ファンだから――…

 我が侭でプライドも高い私は、素直になれなくて、きちんと許可が出ないと表立って行動すら出来ないのだから。

 これに甘えて付いていきたい。役に立ちたい。


 参加が決まってしまえば、後の行動はとても早かった。








8/13 加筆修正

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