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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
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03 ファン一号の勤め 中

  ―――入学式


 廊下に整列させられた後、会場となる体育館への入場は吹奏楽部の音楽に乗せて行われた。保護者席の間の花道を通りながら、私は憂鬱な入学の式典に臨んだ。

 日本の高校の中で、一番東大合格者を輩出している学校だからというわけか、保護者のほとんどは教育熱心な親の鏡とでも言おうか、セレブっぽいノンフレームのメガネをかけて、どこか煌びやかに正装している母親が多いように思った。

 そんな中での新入生代表挨拶。

 私は少々重苦しいプレッシャーというものを、この時になってやっと感じるようになった。


 教育ママさんが『手塩にかけた我が子が新入生代表じゃないなんて!』って、昔の漫画(いつしかにあったような、ハンカチを噛みながら言う台詞(こえ)が聞こえてきそうだ。

 それもそれで滑稽(ウケる)けど。

 式典が進む中、ただただ眠い政府官僚の「ありがたい」話なんかもあって、どちらかと言えば私はその場に横になってウトウトと船をこぎたくなった。


(これだから、お偉いさんの話って、性に合わないっていうか……)


 早く自分の役目を果たして、楽になりたいとばかり考えるだけだった。

 それから十分程してやっと司会の教師が「新入生代表挨拶」と名目を打って、一つ息を吐くと「はい」と返事をして壇上に上がった。


「陽春のこの良き日に、私たちのために盛大な入学式を挙行して下さり、大変感謝しております。また、……」


 内心では肩っ苦しいことこの上ないと思っていても、ただ紙に綴られた言葉を漏れること無く、マイクを通して保護者、学校関係者への感謝の意を述べた。


「……無知蒙昧むちもうまいの若輩者ではありますが、下学上達かがくじょうたつの言葉のもと、先生方の教えを享受し、日々、勉励してまいります。新入生代表 佐倉梓桜」


 つまらない挨拶を述べ終えると、お辞儀をして檀上階段に向かった。

 一瞬だったけど自分の席とは離れたところに、アンブロ君がこっちを見て驚いたような顔をしていたのが見えた。

 私は彼が自分の隣のクラスだったということに気づき、微笑みを浮かべてその場を後にした。


 長い拘束時間を終えて自分の教室にたどり着くと、私の机を囲んでいてた如何にも上っ面だけは良さそうなインテリぶっているクラスメイトから「素晴らしい挨拶、お疲れ様。感動したよ」と言われた。

 私にとってその言葉はただのお世辞で、これからの処世術の始まりの一手でしかないと思っていた。


 人は社会に出るために、自分よりも力の強いものを味方につけたがる。

 自分の都合のいいときにだけ、その強いものに頼ろうとする。

 そんな汚い光景を幾度となく見てきた。


 だからか、中学に入っても親しい友人と言うものを作れず、高校でもきっと線を引いて接していくのだろうと予測した。


(ここでだって私の本音なんか、誰も聞いてはくれないわ……)


 ふうと息を吐いて、周りに集っていた人を払うと今朝のように視線をグラウンドに落とした。

 サッカーゴールには一つ忘れさられたボールが転がっており、そのボールが今朝の奇跡的なシュートは現実のものだったのだと主張していた。



『サッカーするために、ここに来たようなものだから』



 自分の夢を、まっすぐに語った彼を瞼の裏に映しながら、寂しそうに微笑んだ顔とその声を思い出していた。

(私はここに何をしに来たんだろう……)

 今朝の奇跡に自分の運命を自問していた。


 入学式を終えて翌日。

 高校には、友好を深めるためのオリエンテーション合宿というのがあって、私も愛子と一緒の班を組んで参加した。

 一泊二日の日程は、手っ取り早くクラスに馴染む事と士気を上げる事を目的としているのと同時に、学級委員などを決める機会にもなっているらしい。

 みんなが夕食と入浴を済ませると、クラスごとのオリエンテーションが始まった。

 私はひとり真四角になっている会議室の一番扉に近い席に座って、それなりにまとまり感のあるクラスメイトたちを見ていた。

 その中心に愛子がいて、私は愛子が学級委員になるんじゃないかなと予測して内心楽しんでいた。


「じゃぁ、みんなの名前覚えるついでに、あだ名考えちゃおうよ!」


 話の中の誰かが発言した時、愛子は良いアイディアだと笑って言うと、少し離れていたところにいた私を呼び寄せた。


「梓桜も入ってきなよ。今からみんな自己紹介するんだって」

「ああ、うん」

「じゃー、まずは私からね!」


 そう言って一番に立ったのは、今まで左隣に座っていた小柄で長い髪をシュシュで左側に束ねた子だった。


「あたし相葉聖子(あいば しょうこ)。中学からずっとアイバちゃんて呼ばれてる。よろしくねっ!」


 自分の名前とあだ名と一言。

 順番に時計回りに紹介していく彼女たちは、山手線ゲームのように前の人のあだ名を繰り返して、次に自分の名前を言っていく形式だった。

 私は順番的に全員の名前を必然的に言わなければならないようだった。

 どんどん順番が回っていって、私は一番初めからあだ名を思い出しては、ひとり頭の中で名前と顔を一致させる事に全力を尽くしていた。


「……りょーこ、莉奈、とも。じゃぁ、あたしね。あたし、後藤愛子ね。気軽に愛子って呼んで。中学は石原中。ずっとテニスやってるの。よろしくね。じゃぁ、次、梓桜(しお)


 愛子が私を呼んでいたことには気づいていなくて、名前を呼ばれた当の本人は自分が注目されているとは全然感じていなかった。


「こらっ!梓桜!」


 無視するな!

 苦笑を交えた愛子の声が隣から聞こえると、「へ?」と覇気の無い声をだし、やっと自分の番が回ってきていることに気がついた。


「え、私の番だったんだ」

「もー。さっきから呼んでたよ?」


「ごめん、ごめん。あ、えっと。佐倉梓桜(さくら しお)です」

「うぉーぃ。あだ名繰り返すの、忘れてない~?」


「あ、そうだった。えーっと。アイバちゃん、イッシー、ねねちゃん……」


 ひとりひとりを指さしながら、あだ名を呼ぶとみんな嬉しそうな顔をして私を見ていた。


「すごーい! 佐倉さん、ヒント無しでもう言えるんだ!」

「え?」


「みんな誰かしら、ヒント欲しがるのに!やっぱ違うね~」

「あ、いや……」


「こーら。みんなで捲し立てて、梓桜に話振らないの! まだ何も紹介してないじゃない」


 愛子の一言に、みんなが「そっか」と納得して、ちゃんと地べたに腰を落ち着けると、準備万端とでもいうように私に注目した。


「じゃぁ、えっと、再度。佐倉です。みんなみたいに、あだ名は特にありません。みんなの好きなように呼んでください。出身は私立K中です。エスカレーター制度が嫌いなので、外部受験をしました。……えっと、よろしく」


 一応ペコリと頭を下げると、なぜか拍手が沸いた。


 はて? と頭をかしげると今度はアイバちゃんが私の腕に軽く触れながら目を輝かせて言った。


「あたしさぁ~、最初見た時から梓桜ちゃんとずっと話してみたかったんだよね~。だって、すっごい大人っぽいしさ」

「分かる、分かる!」


 その隣に座っていたみのりちゃんこと、石上(いしがみ) 実理(みのり)がほんわかする笑顔でふくよかな頬を上げた。


「化粧してる?」

「私、一緒のお風呂入ってた時、すっごいドキドキしてたもん~」


 また向かい側に座っている玉森和泉(たまもり いずみ)名越朝子(なごし あさこ)が大手を振って声を上げた。


「あはは! 男子じゃあるまいし!」


 自己紹介をすることによって、一気に打ち解けたのか、皆が私を題材にして、話を繰り広げていた。

 でも、当の本人は全く理解出来ていなくて、視線を泳がせることしか出来なかった。


「おらーぁ、女子うるせぇぞ。時間だ、席につけ」


 話に盛り上がっていたところで、男子の方もきりがついたのか、未だに無精ひげの教諭が名簿を肩に担いで、会議室の一番前の席に歩いて来ていた。

 その声に反応して女子、男子それぞれ整列するためにぞろぞろと部屋の中心へ自然と集まった。


 無精ひげの教諭は、私の担任で、丹羽信宏にわ のぶひろ

 愛子によると、担任の年は二十九歳とそれなりにまだ若く、サッカー部のコーチ兼顧問をしているらしい。


 別の噂によると、去年の成聖のサッカー部を関東大会優勝、インターハイ四位までに()し上げた優秀なコーチ……らしい。


 そして愛子たちが入学式の日に、噂していた『スミダ コウタ』というスゴイ選手は、このコーチが直々にスカウトをして連れてきたらしい。


 ……ま、自分で確認してないから参考程度に覚えておこうかな位でいいかなと思う。


『スミダ コウタ』って子は春休みからサッカー部での練習を始めているらしく、彼を入れた今年は、必ず国立のピッチを狙える、と丹羽先生は豪語するほど自信があるみたい。


 それにしても、と私はひとりまた窓の外を見て、一度しか見たこと無い軌跡を思い出していた。


(私はアンブロ君の方がすごいと思うけどな……)


 なんて今の私が言えるのは、生で目にした凄さでの判別しか出来ないけれど。

 そのアンブロ君をこの合宿中に何度か見かけたけれど、いつもタイミング悪くって結構な距離がある所からでしか見ることが出来なかった。


 体操服のゼッケンを付けてはいても丁度ジャージを羽織っていて見えなかったり、友達と重なっていて見えなかったり、ジャージの下に来ているTシャツ姿だったり…etc。

 名前を聞こうにも彼は見かける度に誰かに囲まれていて、特に彼のクラスの女子生徒が囲んで見えないバリアを張っているように見えた。

 さすがに私はその中を縫って話しかける勇気を持ち合わせては居ないから、ただ遠くから見守るだけで、終わってしまっていた。


 でも、今確認しているのは、やっぱりアンブロ君は他の女子たちから見ても、顔の整ったクールで格好いい男子に見えるんだなと納得していた。


 だって、彼の左目の涙黒子がなんとも言えない雰囲気を纏って見えたし、そしてあの時一瞬だけ垣間見た寂しげな笑顔が私の心から離れなかったから。


 


【2013.04.08~結合済】

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