37 キミの矛盾を (1)
ひっそりup
あの夏は初めてだらけの経験をした。
紆余曲折。
そんな言葉がお似合いな時間の中で
交わした言葉たちを今も覚えていますか?
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「や、やだなぁ~。逃がさない、とか」
「佐倉、逃げるな」
「逃げてな「逃げたから今、ここにいる」
かぶせるように紡がれた言葉は、どこか真剣見を帯びていて私の背筋をギクリとさせた。
戸惑う私を他所にかなさんは、ミーハー心がくすぐられるのか、キョロキョロ目線を走らせている。
でも助けを呼ぶ私には目もくれず、何故だか一人頷いて唇を三日月形に描きながら、そっと階段を降りていった。
「……なんで、ここにいる?」
さっきのちょっとニュアンスの違う言葉をかけられて、さらに萎縮させられる。
やはり、何でここまで追いかけて来ているのか、と聞かれた。
「えっと、……決して耕大くんの邪魔をしようとか、追いかけて来た訳では」
「そうじゃなくて」
「そう、そうじゃないよね。正直な話、そうじゃなくて……そうじゃなくて?」
「正直な話?」
「…………え?」
「ん?」
二人して顔を見合わせて頭に疑問符を浮かべる。
どうも、
「話が噛み合ってない」
「確かに」
お互いに頷いて、沈黙が落ちる。
気まずいような、そうでもないような。
わからない空気に急に笑いが込み上げた。
「ふふ……っ」
思わず笑い声が漏れてしまって、急いで咳でごまかしてみる。でも、既に耕大くんにバレているのか、私を見下ろしてポカンとした顔をしていた。
その仕草がどこか可愛く思えて、さらに笑みが浮かんできた。
「えっと、ごめん。説明するにはちょっと長いと言うか……。部屋、入る?」
「え。…………や、何つうか、もう少し……」
最後の言葉がキチンと聞き取れず首を傾げると、耕大くんは何でもないと首を横に振って終わってしまった。
「下で」
話そう、とは言われていないのに、短くまとめられた意味を今は理解出来る。
「うん。ただ、先にお風呂入って来ても良いかな?香奈さんたち待たせる事になっちゃうし」
「ああ」
久々に弾んだやり取りに、いつの間にか異母兄とやり取りして疲れていた事を忘れることが出来た。
自分で現金なやつだとは思うけれど。
*
「で?」
「……で、警察から耕大くんが帰ったあと、異母兄が来まして、ひと悶着あった訳ですよ。内容は佐倉家の歴史から話さなければいけないから、非常ぉーに長くなるので、」
「今に至る、と略したいんだな」
「ええ、全くごもっとも」
なぜか正座しながら、彼の言葉に頷いて返すと、
「略さずに話せない事?」
「え?」
「聞きたい」
逆に真剣な眼差しを向けられて、私の方が焦らされる。
「佐倉の過去を聞いちゃ……ダメか?」
珍しく質問で返されて心臓が羽上がる。
どうして知りたいのか。
ただの好奇心か、同情か、判断が付かない。
そして、戸惑いを隠せずにゆっくりと視線が落ちそうになっていく。
沈黙が二人の間に落ちて、時計の針の音がリビングに木霊する。
「違う」
静けさを破ったのは、何か考えをまとめて意思を持った耕大くんの声だった。
「知りたいんだ。俺は……梓桜の事」
名前を呼ばれて目線を上げると、そこには今まで見たことのない切ない顔が浮かんでいた。
心臓を鷲掴み。
その表現が正しいほど、胸が締め付けられると同時に喜びに変わる。
ニヤつきそうな顔を隠して、彼をじっと見つめる。すると、今度は彼が目線を下げて崩した足先をいじり始めた。
錯覚だろうか。
何だか耕大くんが照れているように思える。
勘違いだろうか。
何だか私を知りたがって独占欲を出してるみたい。
思い上がりそうになる自分の気持ちを精一杯コントロールして、静めていく。
「……どうして?」
意地悪な質問だ。
勝手に期待をしてる。彼の言葉に。
なんてわがままだ。
でもほら、彼は……
「佐倉は、ファン一号」
義理堅い、私の最高の"応援相手"だ。
膨れ上がった期待が萎んで自嘲する。毎回の自分のバカさに呆れんばかりだ。
そう思って顔を上げると、彼は真剣に顔を覗き込んできて、さらに続けた。
「……ってだけじゃなくて、気になるから」
――俺の心に浮かぶから。
言われて、私はひっそり思った。
……この人もしかして、天然垂らしかしら、って。