34 絡まる赤い糸 (7)
強行ではあったものの、丹羽先生の家に居候(?)することが決まった。
丹羽家に到着して、軽く自分の身の回りを整理し終えた頃、二時間も経たっていないのに『佐倉』から引っ越し業者が手配され、呆気なくその日の内に私の引っ越しが終わった。
あまりの早さに丹羽先生一家も呆然としたと言うか、勝手極まりないまるで物のように私を扱う佐倉の行動に怒りを感じているようだった。
「お前ん家、ろくでもないな」
呆れ返る丹羽先生の言葉にただただ、恐縮するしかなかった。
翌日から、密かにサッカー部の食事の面でのお手伝いを始めることになった。
丹羽先生のお母様、宏美さんは明るくてパワフルな人だ。これぞ肝っ玉母ちゃんと言うべきか。とにかくよく笑い、よく動き、よく喋る。朝夕と食堂の向こうで、サッカー部の誰かの背を叩き気合いを入れている声が聞こえる。
今まで賑やかな食事に程遠かった私には、ちょっと怖じけ付くくらい。
それでも、あれから日常生活の事で、丹羽先生のお家に居候する事をまだ愛子にも誰にも言えずにいた。あの時心配して来てくれた耕大くんにさえも。
その事を話すだけで、きっと私の生い立ちや家族たちの事を話さないといけない。そうすると気が重くなるし、おニイ様が仰った私の知らない『佐倉の決定』についての理解と情報が無いと言う理由もある。
それから、耕大くんと私の距離感にまだ正直、戸惑っている。
私が警察署にいた時、彼は明らかに心配して私の元に駆け付けてくれたのは目に見えて分かった。私は彼にフラれたはずなのに、あの時の彼は私を大切にしてくれているとも思えた。
……思い上がりなのかも知れない。
合同授業ではやっぱり班を代わってくれたクラスの皆が言っていたように、耕大くんの纏う空気がピリピリしていると言っていたのは本当の様だった。
少し見渡して見れば、授業開始前に、私が座る席をほとんどの人が見守っていることに気がついた。席を替わってくれる子も居ないから、気まづいけれどもいつものように耕大くんの前の席に座る。そうすると、皆が明らかに安心した顔で教科書を開き始めるのだ。
何なのだろう……? 耕大くんが思った以上に怖い人じゃ無いのは皆分かっているはずなのに。自分の心の安寧よりも空気の安寧を優先させられる雰囲気に若干肩が落ちてしまいそうだった。
そして、何だかんだ今日から夏休みが始まろうとしていた。
「羽目を外さないよう、高校生らしい生活を――」
無事、成聖学園サッカー部が地区別リーグ優勝を果たし、夏のインターハイへの切符を手にしていた。
校舎の屋上からデカデカと掛かる幕が「祝地域別リーグ優勝 おめでとう!サッカー部」と目立つ文字で書かれていて、そこで初めて耕大くんたちが試合に勝ち続けていた事を知った。
そんなこんなで、丹羽家に御厄介になりしばらくひっそりと過ごしている間、それなりにサッカー部が土日は忙しそうに出掛けているのを知っていた。けど、やっぱり放課後屋上から変わらず練習を眺めているだけで、地上に降りて応援することは無かった。試合に行くなんてもっての他。
暗に言えば、耕大くんの彼女を目に入れるだけでも辛くて逃げているだけだ。
全校朝礼壇上では、サッカー部のレギュラー一同が整列し、有名な鷺沼先輩がインターハイと高円宮杯に対する意気込みを語っている。少し視線を横にずらしていけばもちろん耕大くんがいて、私の視線を独占していた……のは秘密だ。
夏休みが始まると皆、何かに解放されたようにさっさと学校を後にする。
丹羽先生の小間使いを終えて、教室に戻ってかばんを取りにいくともう誰も残っていなかった。
教室の戸締りを確認してから校舎を出ると、まだサッカー部の練習は続いているようだ。
フェンス越しに『ナイッシュー』と言う掛け声が響いていて、みんな汗だくになりながらシュートの練習をしている。
それを横目に映すと無意識に歩調が緩まって立ち止まってしまいそうになる。一人感傷に浸ってしまいたくなる暑さに、思考回路がやられそうだ、そう思って頑張って手足を校門の方へと動かした。
「――他人に取り入るのが上手いのは、やっぱりあの女の娘だな、梓桜」
誘惑に煽られないように、必死にサッカー部から目をそらしていた私に、冷たい氷水を浴びせるような言葉が向けられて足を止めた。
「……え?」
名前を呼んだ人物に顔を向けて振り返ると、そこには昨日会った異母兄、友利がいた。