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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
34/43

33 絡まる赤い糸 (6)

 警察署から出ると、自宅で一旦必要なものを準備してから丹羽家へ向かう車の中で、私は丹羽先生を凝視していた。

 先生が言った『丹羽家で嫁の手伝いと言う名のバイト』という事に違和感があったからだ。


「丹羽先生の家ってバイトが必要なくらい……広いんですか?」


 紛いなりにも私立進学校の教員として、それなりの給料は貰っているんだろう。でも一教員の家庭に家政婦を雇うような余裕がある……とは思わないのが普通だろう。

 もしくは丹羽先生がセレブ育ちであれば話は別だ。……セレブ御曹司の丹羽先生。

 持ち合わせた想像力を総動員しても、まったく想像つかない。

 いやいや、人に対して熱くなる様な人間がセレブの品格を持っているとは考えにくい。むしろセレブであるのなら謝罪して欲しいほど、本人から醸し出す雰囲気に高級感が欠如している。


「おい、聞き様によっちゃぁ、それ“俺”に失礼だかんな」


 私の考えている事が漏れて出ているのか、もしくはサッカーで培われた勘が働いているのか、バックミラーから凄まじい睨み光線が飛んできて恐ろしい。


「先生に失礼? 先生って、教員ですよね」

「おいおいおい、バカにしてねーか? 敬えよ。担任だぞ、俺は!」

「だって想像出来ないですもん。セレブ・ボンボンの丹羽先生とか。サッカーバカだし、熱血なんだか、ユルいんだか、チャラいんだか全然解んないし!」

「おーい! チャラいって!」


 言い方があるだろう! と先生は言ったものの、心から思っていると正直に口に出して言えば、今度は呆れて溜息をつかれた。

 明らかにツッコミを入れたくて仕方ないのだろう。もどかしそうにバンバンとハンドルを叩いていた。


「ホント、何だかなぁ。(さと)いんだか鈍いんだか……。うおっと! ココだった」


 先生が何かを呟いていた時、道を間違えそうになったのか勢い良くハンドルが切られた。そして、その遠心力で私は体がぐらつき軽く頭を窓にぶつけていた。


「…いたたた。もう! 運転荒いってのも付け加えますよ!」

「はいはい。すみませんね。てか、着いたぞー」


 気づけば先生は駐車スペースに車を納めてサイドブレーキを上げている所だった。


「外出ろ。案内すっから」


 シートベルトを外して自分の荷物と耕大くんの荷物を持って外に出ると目の前の建物にまた眼を見開いた。


「え、ココってサッカー部寮ですよ、ね……?」


 茫然としながら、大きなマンションのような建物を見上げ、『成聖学園サッカー部寮』と銘板が掲げてあるドアを指差して立ち尽くしていた。

 以前耕大くんと渡部君が確か言っていた――『チームの意識向上のために部の寮があって、俺もコータもそこに住んでる』――と。

 それが何故丹羽先生の家になるのだろうか?


「あー。正しく言うと、俺ん家の一画がサッカー部寮な。オヤジ、まぁ監督な。……がチームプレーを大事にするなら、生活面も大事にしろって考えでよー。いつの間にか奴らを入れちまってたんだな、これが」

「一画ってサッカー部って80人くらいいるじゃなかったですっけ? え、先生ってホントにまさかのセレブ一族だったんですか!?」

「セレブ一族じゃ()ぇーから。俺が稼いで建てたものなー」

「ん? なお更混乱して来たんですけど……。先生がどうやって稼いだんですか? 競馬とか?」

「あほ! 俺は健全に体張って稼いだんだよ!」

「むしろホスト!?」

「頭良いくせに、アスリートって考えは無しか!」


 先生の片手でガシッと頭を鷲掴みされるとグシャグシャっと髪を混ぜくられた。


「………アスリート………」


 それを聞いた瞬間、練習を覗き見た時の耕大くんの顔が思い浮かんだ。

 真剣に先生の指示を聞く顔、指示された事が上手く出来たときの嬉しそうな顔。だから彼は、


「そう。俺、元プロだからな。これでも結構注目されて全盛期は稼いでたんだぜ?」

「晴天の霹靂」

「あー。もー良いですよ。相当キミは俺をバカにしていたのねって判ったから」

「嘘ですよ。ただ」

「ただ?」

「耕大くんが、何で先生を慕っているのか、解ってスッキリしたって感じです」


 ただスカウトされたから、この学校を選んだのかなって思った。


「俺、耕大には言って無いぜ? 元プロだってな」

「うーん。でも解ってると思いますよ。耕大くんが学びたいって言ってたくらいだし」


 中間テストの勉強会の合間に、耕大くんは『初めて負けた相手』について、眼を輝かせながら話してくれた。


「『一生忘れられない数分間のプレー』だったって」

「………じゃあ、耕大が血反吐漏らすくらい鍛えっかな!」


 丹羽先生は関心がなさそうな声で背を向けて私の前を歩いてそう言った。

 起伏の無い声のトーンだったけれど、きっと背中の向こうにある顔は照れているんだと思った。先ほどの失礼発言の謝罪の代わりに、耳が紅くなってる事は耕大くんへ秘密にしようと思った。


「あ、お帰りなさーい」

「アーァ!」


 サッカー部の寮のメイン玄関とは少し離れたところに丹羽家の玄関はあった。

 先生がドアを開けると右手の奥まった所に木製のドアがあり、その扉はどうやら寮への直通扉らしい。


「その扉の向こうは連中(ヤツら)の巣だから、佐倉はあんま近寄んなよ」


 先生は女性が抱っこしていた赤ちゃんを自分の腕に抱えなおしながら説明してくれた。


「いらっしゃーい。待ってたの!」


 先生の隣にいた女性はにっこりと笑って私に駆け寄ってきた。


「初めまして。丹羽の妻、香奈です。ちっこいのは娘のヒカリ。これからよろしくね?」

「あ、お世話になります」


 奥さんは良く言えばワイルド系の先生に比べて、とても可憐な人だった。

 組み合わせに正直首を傾げたくもなったけれど敢えて我慢をして、先に部屋へと案内をしてもらった。


「どうせ部の練習が終わるの遅いから、学校終わってからでも十分間に合うと思うの。でも多食らい達が揃ってるから、お義母さん一人に準備してもらうって酷だなってずっと思ってて。私もヒカリから手が離せれば良いんだけど、それも出来なくって」


 部屋を整えながら、香奈さんが『バイト』について軽く現状を説明をしてくれた。

 要は、寮母さんに当たる丹羽先生のお母さんのお手伝いと言う訳だ。先生が『丹羽家で嫁の手伝い』だって言っていたから、てっきり香奈さんの手伝いの事だと思っていたら跳んだ検討違いだ。


(まぎ)らわしい…」


 一人小さく文句を垂れると、それが香奈さんにも聴こえてしまったのか、「相変わらず言葉足らずなんだから」と苦笑いしていた。


「とりあえず、ご飯の準備をしてもらえれば十分だし、男共の所に行って給仕のお世話して欲しいとかは無いから安心して?」


 悪意の無い笑顔を向けられて、無理な仕事を押し付けられない事に安心した。


「そうそう。お風呂だけどたまーにシャワー室が満杯とかでこっちに逃げてくる子がいるから、その時は臨機応変に対応してね?」


 前言撤回。

 悪意の無い笑顔の裏は容赦ない鬼が潜んでいたらしい。


 一気に不安を抱えながらも気が付けば、あと数日で夏休みが始まろうとしていた。


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