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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
32/43

31 絡まる赤い糸 (4)

今回は長めです。前回予告追い付かなかったので無しです。

 

 最近はどちらかと言うとツイて無い――。


 一度悪運を自覚すると、その負のスパイラルから脱出するのに困難を強いられる。何て不条理なものなんだと思えてならない。

 例えば、予習してきた課題のノートを家に忘れてきた事から始まり、その次は階段を踏み外して腕を思いっきり手すりにぶつけて蒼痣になったり。更にお気に入りの場所を無くしてしまったりする事だ。

 小さな事だけれども、必死にもがき這い上がらなければ、そのスパイラルは途切れる事を知らない。

 渡部君との話し以降も私は今まで通り、入学してから変わり映えのしない席に座って練習を観ていた。

 あれからしばらく経っても、耕大くんの視線は感じつつも会話はする事は無い。逆に耕大くんが居ない隙を見て、渡部くんと私の押し問答が水面下で行われていた。

 放課後は結局、教室でサッカー部の練習を見るのを諦めてしまった。

 それにはクラスのメンバーで、朝練の野次馬に混ざっていた人たちが理由となるだろう。ある日、私が今まで隠し通して来た、教室からの絶好の観察ポジションを見つけられてしまった。


「えー! ちょ、うちの教室(クラス)ってサッカー部の練習見れるじゃん!」

「え!? うわー! 超ぉ勿体無い事してた!」


 彼女たちを見て「今まで注意して観ていた訳じゃないから、今更気付くんだ」とひっそり一人悪態をついていた。

 ただ、目の前で黄色い高い声を出されて騒がれるのは我慢が出来なかった。

 私が席を譲るのも何だか理不尽とは思っていても、なかなか直接言える人たちでは無かった。彼女たちはクラスの中心に居たい人たちで、どちらかと言うと、仕切り屋として中心に居がちな愛子と、常にセンターポジションを争っている。

 校舎の中を彷徨って、(グラウンド)の位置を推測すると、屋上に上がるしか静かに観察する手段は残されていなかった。

 蒸し返るような陽炎立つ屋上に、少し眉を顰めたものの暑さのせいもあり、人一人の影も見当たらなかった。仕方なくスカートのポケットに入れていた日焼け止めを満遍なく塗って、手すりに身体を預けると普段とは違う、ピッチ全体を見渡せる感覚に胸が踊った気がした。


『普段通りに見えるけどアイツ本当は調子良くないんだ。だから、佐倉ちゃんなら耕大を何とか出来るんじゃないかって……』


「何にも出来ないよ……」


 私は弱いもん。

 思い出された渡部くんの言葉に、自分を卑下する事しか出来ない。その現状には正直嫌気が差していた。けれど、望む方向へと変わらない現実に、どうにも出来ない自分の力なの無さにも焦れったく思っていた。

 どうしたら現状が変わるのか。どうしたら耕大くんに好きになってもらえるのか。


「どうしたら耕大くんに好きになってもらえるか、だって」


 自分で自分の思考に驚いた。最近のネガティブ思考に傾いていた私が、ポジティブに考えるようになった。これも一つの進歩だろうか。

 相変わらず、耕大くんの隣に立ちたいと望む気持ちは、変わっていないから五十歩百歩だろうか。

 変わり栄えが無いけれど、確実に変化している自分の気持ちに、耕大くんに振られて初めて自分が誇らしく思えるようになった。

 手すりに掛けていた腕を枕にするように顔を乗せて、サッカー部の練習を引き続いて見ていた。

 肌を刺すような日差しにも負けず、外での部活生は元気に走り回って、インターハイに向けて調整をしている。

 サッカー部もこの前の試合に勝って、インターハイの切符を手にしたものの、あと一試合だけ残っている。手を抜いても平気だとは聞いているけど、練習を見た限りでは、気合は十分入っているように見えた。

 ただ、やっぱり渡部君が言っていた事が気になって、屋上からではいつもより遠いけれど、耕大くんの姿を探してみる事にした。


 今眼下では赤と黄色のビブスを着た選手がミニゲームをしている最中だ。

 教室からの距離と、屋上からの距離はやはり差があって、なかなか耕大くんらしい人影が見つけられない。

 セミの鳴き声が聞こえそうな静かな屋上は、普段の騒がしさも遠ざかって、自分の心音まで聞こえてきそうなくらい静かだ。

 ――集中(コンセントレーション)――。まさに周りの音をシャットアウトした境地立っていた。


「人生はまだ長ぇーぞー?」

「うきゃーっ!!」


 後ろからしないはずの声がして、訳も分からず何かを払うかのように、自分の手を振りかぶった。


「いでっ!」


 べチンッ! と確実に何かを叩き落とす小気味の良い音がして、自分の手の平に当たった感覚を確かめるため、恐る恐る音のした方へと視線を向けた。


「痛ってぇなー、佐倉ぁー」


 目の前にはおでこを擦りながら、涙目でこちらを軽く睨みつけている担任の丹羽先生がいた。


「に、丹羽先生……?」


 状況が飲み込めずに目を白黒させていると、続けて「耳元で叫ぶしよー」と、耳鳴りの消すような仕草で耳を押さえていた。


「あー、痛て。佐倉ぁ。お前、熱心にウチの部活見んのは良いけど、俺が声掛けなかったら、引っくり返ってたぞ」


 耕大くん探しに夢中になっていたからか、いつ屋上に来たのかすら、気が付いてなかった。

 むしろ一気に湧き立った恐怖で、本当に心臓が止まるかと思ったほどだ。


「もー、先生! 驚かさないで下さいよ!」


 普通に声が掛かっていれば、もう少しまともな反応と対処が出来ていたかもしれないのに!

 そう丹羽先生にクレームを付けると、先生は何処吹く風の如く、ただ悪どい笑顔を浮かべていた。


「いやー。五年後美人さんが、目ぇ凝らして何か見てるなーと思って。だったら思わず覗きたくなるじゃん?」

「いい年こいて子供ですか! なりませんから! ていうか、五年後美人って何ですか!」

「言葉の通りだ」

「譬え美人になったとしても、先生は奥さんにしか目が無いじゃないですか!」

「えー? お前、突っ込むトコそこかよ? 確かにそうだけどさ」


 ひらりひらりと言葉をかわされて、どこか掴み所が無い人だと思う。

 何だか叫んでいるだけでも疲れてきてしまって、私は息を切らして冷静になれと自分に言い聞かせた。


「ところで、先生。屋上(こんなところ)に何しに来たんですか? サッカー部は練習中でしょ」

「あー。まーなー」

「コーチが率先してサボって良いんですか」


 決して疑問形にはしない。丹羽先生から視線を外して耕大くん探しを再開させると、ここに来るまでにも握っていたのだろう、紅茶の缶を私の方へ差し出しているのが目の端で見えた。


「先生からの奢りだ。他の奴らにはナイショだぞ」

「……サボってるの言わないってヤツの買収ですか」

「“先生”って言う仕事はなぁ、やる事がクソ多いんだよ」

「クソとか生徒の前で言葉が悪いと思います」

「ホンット、真面目だねぇ。肩肘ずっと張ってんのも疲れるだろうよ。特に佐倉(・・)はな」


 意味深に投げられた言葉に、私は開いていた口を閉じて、大人しく渡された缶のプルトップを引いた。


「先生、個人情報保護って分かります?」

「別に故意に盗み見したわけじゃない。教師って立場はなあ、生徒一人ひとりの色んな情報が勝手(・・)に耳に入るお仕事なんだよ」


 丹羽先生の方を向いた時、続いて持っていた缶コーヒーのプルトップを開いて、それに口をつけていた。


「だけどな、手塩にかけて育ててる期待のエースが、調子悪いってのは指導者として気になるのは当たり前の事だろう?」

「それ、私に関係ありますかね……?」


 疑問に疑問で返すのは得意のパターンだ。


「……だからこうして、足運んで聞きに来てる」

「先生まで私に、耕大くんを何とか出来るんじゃないかって考えてるクチですか?」

「その言われよう。さては、誰かもうお前に助けを求めたな?」

「渡部君ですよ」

「そうか。でもまぁ、アイツはまだ確信していない感じだっただろう?」

「残念ですが私には役不足です。そもそも私に頼むのはお門違いじゃないんですか? それこそ耕大くんの『彼女』に頼めば良いじゃないですか」

「………はっはーん。なるほどね」


 先生は何かを勝手に納得して、それから私の頭をポンポンと二回弾むようにして撫でた。


「急に、何するんですか!」

「いや、高校生って言ってもやっぱ子供なんだなって感慨深くなっただけだ」

「……っ」

耕大(そっち)は追々どうにかするとして。ところでお前、まだ三者面談の日程表提出されて無いぞ?」


 急に真面目な顔つきになった先生は、私をじっと見つめて尋ねてきた。本当の目的はこっちだったか。


「『職権』ってやつで聞いてると思いますけど、私に『家族』はいませんよ」

「いや、でも」

「例え公的書類に『父親』が存在していたとしても、あの父親(ヒト)は私の家族じゃない。私の進路にも興味が無いと思います」

「佐倉……」

佐倉(・・)としての世間体は守っていかないとって考えだけで、私は生かされているだけなので」

「………」


 それから先生は、缶に入っていたものを一気に飲み干すと、一言「でも力になれる事があったら言え」と「我慢すんな」と言い残して屋上を去っていった。

 先生を見送ったあと、先ほど撫でられた頭に手を当てて少し考えに耽った。

 誰かに撫でられた記憶が無い私には、何だかこそばゆい新鮮な感覚だった。


 ――束の間のほっこりとした感覚は、やはり最近の悪運によって脆くも崩れ去ってしまうなんて、思いもよらなかった。


 自宅への帰り道にスーパーで晩御飯の材料不足分の買い物を済ませた。

 七月も中旬に入ると日の長さを感じて、夕方六時を過ぎてもまだ明るさは残っていた。ただ、夏になって色々と犯罪も増えてくる。そうとは知っていても、実際に被害にあったことが無い人は、意外と無防備になってしまうものだ。


 家までの途中、ふと放課後に先生との会話が思い出された。


『肩肘ずっと張ってんのも疲れるだろうよ。特に佐倉(・・)はな』


 私の家、もとい私が名乗っている姓の家『佐倉』は、曽祖父から続く政治一家で戸籍上の父親は、衆議院議員の党内派閥トップを務める代議士だ。

 あの話し方だときっと丹羽先生は知っているんだろう。私が正妻(・・)の子供だって事を。

 ただし、今父親とは一緒に住んでいない。追出されたのだ。母が死んでからやって来た愛人と父親本人に。

 高校受験を間近に控えたある日、一生見ることは無いだろうと思う、アタッシュケース一杯に敷き詰められた金額を目の前に置かれ、二度と敷居を跨ぐなと宣告をされた。

 その時は何が起こったのか理解出来なかった。宣告をされた日は、母の葬儀を終えて三日も経っていなかったからだ。

 言われるがまま、荷造りをして宣告された翌日には、家を出て行かなければならなかった。生まれてからずっとただ一人、あの家の中で私を可愛がってくれていた祖父を残して。

 一人暮らしをしている家には追出されてからずっと住んでいる。二階建ての角部屋を運良く借りる事が出来たのは、ひとえに父の権力のお陰なのでその点では感謝している。

 でも、『権力を握っている両親を持つ子供』が通う学校の制服を着た少女が、ある日突然物件を探しに来た時には、それは不動産屋も驚いた事だろう。


 思い出しながら、階段を上りきって自分の部屋の前に差し掛かった時ふと違和感を覚えた。

 それから、『力になれる事があったら言え』。今日の先生の言葉が脳裏を掠めた。



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