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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
31/43

30 絡まる赤い糸 (3)

 

 熱くなった目頭は、授業が始まる頃にやっと収まりを見せた。

 今日は合同授業の日だから危うく泣き顔のまま、教室を移動しなければならなかった。

 そして最近のお決まりの如くクラスの誰かに班を交代してもらおうと呼び止めると、


「ごめーん。今日課題し忘れちゃってヤバいんだよね。化学の時間に内職したいからダメだわ」

「あたしは、翠田君が恐すぎてさ……。興味あったんだけど遠慮するわ。遠くから見てる方が良いみたい」

「梓桜ちゃん、喧嘩してるんだったら仲直りしてあげて?」


 みんな試合を観戦している時と打って変わって、耕大くんを避けたそうにしている。

 しかも喧嘩という身に覚えの無い事に『仲直りして』と言われてもどうしようも無い。

 私は耕大くんに振られたのだから。


「喧嘩なんてしてないよ……?」

「えー? でも梓桜ちゃんの方ずっと気にしてるし、あたしらが声掛けたら超不機嫌なんだもん」

「おまけに渡部君も翠田君気にして授業どころじゃなさそうだし」


 そう言う訳で、二週間近く避けていた合同授業も、今日からは元に戻る事になって作戦が失敗に終わった。

 耕大くんがA組の小菅さんと付き合っている噂を聞いた後、お手洗いからの帰りに彼の教室E組の前で彼女を見た。


「翠田くーん」


 どこか自信に(みなぎ)溌剌(はつらつ)とした声と態度。

 私には無いもの。耕大くんが選んだ、私とは真逆の人。

 一瞬見ただけでも辛くなって、隣にいた愛子の制服の袖を引っ張って急いで教室に帰った。

 隣に居た愛子は、何か言いた気な空気を纏っていたけれど、私には『辛い』とは言えなかった。ただ『残念だ』と思った。絶望では無い。溢れ出るのは悔しさだけだった。

 今はこの傷が癒えるのを待って、次誰かと出逢った時の糧となるのだろうか。今は耐え忍ぶべき時、と心の中で自分を鼓舞して顔を上げるしか無かった。

 ――合同授業にはチャイムギリギリに教室に入って耕大くんの前の席に着く。

 それだけでもかなりの緊張だった。

 席に着くと耕大くんと渡部君は、まだ窓の外に視線を向けていて、「パスした後の出だしが……」などと昨日の試合の反省会をしてるみたいだった。

 まだ(こちら)には気が付いていないようで、静かに授業の準備をして視線を落とした。


『起りぃーつ、礼』


 先生が入ってきたと同時に、彼らが振り返ってこちらを確認する。

 すると、目の端に入った耕大くんの姿だけ確認しても、ただ驚いて仁王立ちしているようだった。


「よろしくお願いします」


 席に座る際に正面から一瞬目線を上げただけで、もう耕大くんを見る事は出来なかった。

 何とも言えない無言の時間が過ぎていく。

 しかし今日の彼ら二人は、もう窓の外を見る事も無く、黒板を見つめていた。

 耕大くんが小菅さんと付き合っていると知る前だったら、短い会話だったら出来ていたかもしれない。でも、視線を合わせただけで涙が出そうな今の状況では、私からは何も話を振ることが出来ない。

 机の下で握りしめた拳の中で、自分の爪が手のひらに食い込むのが分かる。


「じゃぁ、授業はこれまで」


 期末テストも終わっているからか、先生がいつもより五分早く授業を切り上げた。その言葉に急いで教科書とノートを閉じて準備をすると彼ら二人を待たずして教室を出ようとした。


「先に行くね」


 何かを言おうと、視線を上げた耕大くんを避けるように教室を出る事にした。

 もう仲良くなる事を期待してはいけない。だから、耕大くんと渡部君といる明るい雰囲気は好きだけれど、あの中に入って行ってはいけない。

 後ろ髪を引かれるくらい寂しさを覚えて遠ざかるのに苦労する。足早に歩いていた速度を落として溜息を付いた時だった。


「佐倉ちゃん」


 ぐいっと突然腕を引かれて引き止められると、いつも穏やかだった渡部君が、真剣な表情を浮かべて私を見下ろしていた。


「ちょっと来て」

「え? ちょ、渡部君?」


 状況が飲み込め無い中、彼は何かを怒っているような低い声で言って私の腕を引っ張ってずんずん前に歩く。

 連れて来られたのは、化学室から少し離れた非常階段。

 後ろを振り返っても耕大くんがついて来ている気配は無かった。


「耕大は途中コーチに捕まったから来ないよ」

「あの……」

「なんで俺が佐倉ちゃんを連れてきたか、わかる?」

「……何となく、かな」


 耕大くんがA組の小菅さんと付き合っている噂の事を説明してくれるのかと思った。思わず胸に抱えた教科書とノートを更に引き寄せ、その腕に力が入る。


「じゃあ率直に聞くけど、なんで耕大を避けるの?」


 自分が思っていた事と違った話題に頭が理解するのに遅れてしまった。

 しかも、いきなり核心についてくる事にも驚いたけれど、それよりも瞬く間に言い逃れの出来ない、追い詰められている気がしてならない状況にどこか引け腰になる。


「それは、」

「最近、ピッチの方にも応援も来てないみたいだし、昨日の試合だって居なかった、よね?」

「あの、それは体調が悪くて……」


 声がだんだんとしぼんで小さくなっていく事を自分でも自覚しながら、ノートの影に顔を隠して言い訳めいた事を口にしていた。

 本当は、応援だってしたかったんだ。耕大くんに「ごめん」と言われなければ。耕大くんが選んだ小菅さんに「邪魔をしないでくれ」と言われるまでは。


「じゃぁ、今日体調が良いなら、放課後はまた来てくれる?」

「それは、無理なリクエスト、だな……」


 畳み掛ける様に真っ直ぐ問いかけられる言葉と視線には、簡単に逃げられそうに無い。

 周りの事にすぐに気が付く彼ならば、私が嘘をついたとしてもすぐ見抜くんだろう。


「……ホントは行きたいよ。でもね、……もう行けないんだ」

「どうして?」


 素直に首をかしげて尋ねてくる渡部君に非は無い。ただ何も知らない風に見える事が少し憎らしく思った。

 彼は耕大くんから何も聞いていないんだろうか。親友ならもう知っていてもおかしくないと思っていたのは、私の思い違いだったんだろうか。

 疑問に思いつつも正直に言ってみた。


「……耕大くんのサッカーには邪魔になるから、行けない」

「え?」

「耕大くんはサッカーに賭けてるんだよ。そんな直向(ひたむき)な人に『ごめん』って言われちゃったら、……行けないでしょう?」


 無理やり私の傷を弄くらないで。まだ出来て日が浅い傷。全然癒えていない傷だから。

 本当なら八つ当たりするくらいヒステリックになる筈なのに、私は苦笑いを浮かべるだけで渡部君を置いてけぼりにして非常階段から去ろうとした。


「何があったのか俺何も聞いてないから分からないんだけどさ、普段通りに見えるけどアイツ本当は調子良くないんだ。だから、」


 佐倉ちゃんなら耕大を何とか出来るんじゃないかって……。

 すがるような小さな呟きが胸に引っかかって足を止めたけれど、ちょうど予鈴が鳴って有耶無耶にその場を去ることしか出来なかった。





*****次回予告*****


私は弱い。


それを彼はどう受けて止めてくれるだろうか。


6月22日更新予定

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