28 絡まる赤い糸 (1)
大幅に遅れてすみません。
「きりぃーつ、礼!」
「「ありがとうございましたー」」
ガラッ
「おい、今日午後からサッカー部の応援だっけ?」
「そうそう、午後のやつ予選みたいに大量得点で勝てばイン(ター)ハイだってさ」
「ここ最近じゃぁ設備投資も掛けてるてるみたいだし、学校側も名前を売ってもらわないと困るっしょ」
――あれから一週間が経った。
その間私は相変わらず、合同授業で耕大くんとの一緒の班になることを避けていた。
一度避けてしまうと元の様にやりづらい。
分かっていた事だけれど、止める事は出来なかった。
あの手この手を使って、避けるためにクラスの女子に頼み回ると、彼女たちは好奇心が勝って嬉々として代わってはくれるものの、次第に耕大くんが授業中に向けてくる視線は厳しくなっていった。
隙あらば、噛みつかんばかりの鋭さだ。
なぜ?とは思いつつも、私は必死に逃げてて顔を合わせなかった。
ここ最近はどの部活もインターハイを目前にして、決勝戦が各地で行われていた。
そのお陰で、部活生は公休扱いになり授業に来ておらず、自習時間も多くなる。サッカー部が比較的に多いE組とF組の合同授業も人数も少なくて見通しがいいと思ったのは内緒だ。
そして今日だけは、鋭い視線にびくびくすることなく自習に集中出来た。
あれから練習もGへ足を運んで見に行かなくなった。今は少し離れた校舎の屋上からひっそりと見るくらいになってしまった。
また入学した時の遠い距離に戻る。
これが耕大くんの返事に対する私の行動。きっと間違ってない。自惚れる前に線引きをしなくちゃ。そうやって自分を戒めるしかない弱い私だから。
決勝リーグ戦。
四校が総当たりでぶつかる決勝リーグで、総合ポイントの高い学校がインターハイへと進出する。
午前中に行われた一試合目に無事勝利したものの、午後の体力を削られた二試合目が運命の分かれ道だ。
そんなサッカー部の二代広告塔。耕大くんと鷺沼先輩が、スタメンから試合に出る事を知り、彼らを目当てに応援に行こうと、午前中授業を抜け出そうとするほどに女子生徒の大部分がソワソワしていた。
そんな訳で教員から授業にならないからと訴えが出たのか、いつの間にか学園側がバスまで貸しきって、午後から生徒総出でサッカー部の応援になっていた。
なんだかんだ他の部活は、インターハイへの進出が決まっていたり、土日に開催だったり、比較的時間に余裕があるらしく、サッカー部への特別待遇に不満の声が上がったのは微々たる数でしかなかった。
私は決勝が行われるスタジアムに足を踏み入れて、そこからぼんやりと透き通るような青い空を眺めていた。
空に導かれるまま、クラスからも外れてひっそりと人に紛れてスタンド席に座っていた。木を隠すなら森の中と言ったところか。
ピッチ上では耕大くんと渡部君が談笑しながら、アップを取っているのが見えた。ずっと避けていたから、調子の事とか気になってはいたけれど、思いの外リラックスしているようで安心した。
「あ、佐倉さんここに居たんだ」
ぼんやりと見ていたら、隣通路を歩いていた成聖のチームシャツを着てメガホンを持った男子生徒に意識を呼び寄せられた。
「え? えっと……」
「あ、名前分かんないよねー? 俺、C組の伊勢崎潤平」
なぜ呼ばれたのか分からないながらも、人懐っこさを感じさせる柔らかい笑顔を向けられた。
どこかで会ったのかな? と頭を捻るけれど全く記憶に無い。
「私、佐倉……」
状況的に名乗らない訳にもいかなかったので名乗ろうとすると、「シオさんでしょ?」と遮られた。
「耕大からも良く聞く名前だから知ってる」
「え……。なんで……」
伊勢崎君が思わぬ事を言うものだから、瞬間的に顔をしかめてしまった。
どうして? その言葉ばかりが頭に浮かんだ。
耕大くんが私の事を話題に出すことでもあるのか、それが疑問に思われた。
「俺、耕大とシオさんが話してるとこ、結構見かけてたんだよね」
「あ……」
「耕大が部活以外で笑うとこ、初めて見たってのもあったし。好奇心には勝てなくて」
「でも今は……そんなに、だよ」
「………かもね」
意味深な言葉と苦笑いを浮かべた伊勢崎君は、部の誰かに呼ばれて、立ち去ってしまった。
まるで嵐が過ぎ去ったかの様で、その姿が見えなくなるとどこかホッとした気分になった。
気持ちを落ち着かせるためにも試合前に飲み物を買いに行こうと、ゲートをくぐった近くの自動販売機まで数歩とした時だった。
ドンッ
「うわっ!」
後ろから誰かに背中を押されて、前へ転んでしまった。
手をついて派手に転がることはなかったものの、下手したら目の前の自販機に頭と顔をぶつけるところだった。
「あっぶなー……」
「部外者がいい加減、でしゃばらないでよ!」
顔を確かめようと振り返った瞬間に言葉をぶつけられた。
そこには球技大会の時に耕大くんを待ち伏せしていたうちの一人が、腕を組んでこちらを睨み付けていた。
「……え?」
思わぬ人物に頭が空っぽになる。
部外者、彼女はそう言った。何に対しての部外者なのか。頭を回転させていき、即座に彼女を見て段々と理解してきた。成聖と書かれたチームTシャツを着て、さらにはベンチマネージャーの腕章まで付けている。
状況整理のために黙っていたことで、さらに怒りが沸き上がってきたのか叫ぶような声で続けた。
「あなたじゃ、彼の力にはならないんだから! マネージャーのあたしが彼の為に何でもしてあげられる! 部外者は引っ込んでてよ!」
思い出すのはあの日、拒絶の言葉を呟いた耕大くんの逸らされた瞳だ。
今目の前のこの人は、私に何がしたいのだろう?
彼への接触を絶って、努力をしているのに、これ以上何が必要なのか? 遠くから見守ることも含まれる?
「あなたじゃ、彼のサッカーの邪魔になるのよ!」
浴びせられる不相応の言葉が心に刺さる。
彼女はその言葉を言うとすぐに踵を返してプレーヤーベンチのある一階へと走り去った。
揺れる成聖フットボールチームと書かれたシャツが羨ましい。
同じものを身に纏って応援したいのに、今は心から応援することが出来ない。大事な試合なのに。
ファン一号だと認めてくれたのに、それさえも勤められないほど、私はファン失格なのかな。
「なんで」
気持ちを抑え込んだなら、立って耕大くんを応援しに行けるはず。
試合開始の笛がなり、キックオフされたのだろう。スタンドの大きな声援が聞こえる。
今、彼の近くにいるのはさっきの子。
ミーハーで自分に自信を持ってて、耕大くんを好きな人。
「なんで、私じゃ無いんだろう………」
ちょっとの差でこんなにも彼との距離が違う。
恋に揺り動かされる私は、何て滑稽なんだろう?
私はその日、試合を一目も見ないで一人帰路に立っていた。