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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
27/43

26 背中合わせの距離 (8)

今回は少々重たいかも知れませんが大事な場面ですので。m(_ _)m

「失礼なのですが、私……は、両親共に健在です。でも、居ても居ないようなもので……。だから、正直言うと親子の仲が良い人たちを見ると自分が情けないと言うか寂しく感じると言うか……」


 そう、耕大くんたち親子を見て感じるのは寂漠と羨望。自分に無いものを持っている彼らを心の中ではそう思っている。


 家族(あのひとたち)に期待することを諦めたのはずっと前。

 自分で生きていけと突き放されてからはもう長い。

 冷めきった家庭に落ちる沈黙は、氷上の城の如く寒々しくて温かみも感じられないほど硬い。

 そんな彼らを見ても私の()の期待は、別のところで育っているんだ。


 何かで読んだ。

 恋の先には愛がある、と。そして不思議に思った。

 じゃぁ、愛の先には一体なにがあるのか、と。

 小さい頃、人に尋ねて困らせた。不思議な事を聞く子だと遠ざけられた。なぜこんな単純な事を知ろうとしないんだ、答えられないなんてと大人に呆れてしまった。


 でも、今ならその答えが返ってくるかもしれない。


「Mercy(慈悲)じゃないかな?」

「え?」

「『愛を越えるとキョウアイとジヒが芽生える』――って昔えっらーい人に言われたなあ」


 狂愛と慈悲。


「程度は置いといて、シオちゃんが思うご両親に対しての気持ちにはもうジヒが入ってるんじゃないのー?」


 僕のはキョウアイぃー、とさらっと驚くような事を発言したケイトさんだけど、耕大くんは左から右へと聞き流しているようで、ただ食べることに集中していた。

 愛を通りすぎた慈悲。私には本当に持っているのだろうか。


 スタンッ!


 突然、障子の戸が勢いよく引かれて、キレイな庭が映し出された時だった――


「探しましたよ、ミスター・コネル」


 そこに立っていたのは、眼鏡を掛けたタイトスカートのスーツでいかにも、女の色雅と言うものを知り尽くして振り撒いている女性だった。


「あら? お邪魔だったかしら」

「うっわ……」


 眼鏡をクイッと指で押し上げて女性が不適に笑った。ケイトさんが彼女に聞こえないように不満を漏らすと、耕大くんの雰囲気が何か変わった。

 耕大くんは目線も上げる事なく、ご飯を瞬く間に食べ終えると手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟いた。


「あー。キャリー? 確か約束の時間には戻るとフランツには連絡していたはずなんだけれど?」


 ケイトさんが何か戸惑ったように耕大くんに目配せしながら彼女と話していた。

 どうしたのだろう?

 そう彼らを眺めていたら、また右手を包む大きな手が私に向けられ引っ張り立たされた。


「……仕事、残ってんだろ? 俺、行くから」

「コウタ、ちょっと待って!」

「行こう」


 手を引かれるまま部屋を出ようと、キャリーさんと呼ばれたその人を横切った時、その人がまたふっと今度は鼻で嘲笑ったような気がした。


「シオちゃん!」


 入り口に差し掛かって、耕大くんに引かれている方とは逆に引っ張られて足が止められる。

 ケイトさんが心配そうな顔をして素早く一言で「今日はゴメンね」と言いながら手に紙を握らせた。私はそれを確認する事も無く、耕大くんに向き直った。彼はもう振り向きもせずに、その場に立ち止まってくれていたけど、先ほどから続いて様子がおかしい。

 後ろに居る私から見ても顔色が悪そうだった。


「また会おうね」


 その言葉はきっと耕大くんに向けられたものだろう。けれど、私が変わりに頷いて答えていた。



 *****


 高級な料亭を出てしばらく経った。

 強制的に食事会がお開きになった感じになったけれど、私と耕大くんはまだ手を繋いだ状態でそのままフラフラと歩いていた。

 脇道に入って小さな公園にたどり着き、耕大くんが水飲み場の所でしゃがみ込んでしまった。


「キモチワルイ」

「え!?」


 数十分振りの急な発言に、慌てて繋いでいた手を放してバッグからハンカチを取り出して渡した。

 少しでも気分が善くなるように、耕大くんの背中を擦った。


 彼が急に気分が悪くなった原因は、キャリーさんと呼ばれた人と関係があるのだろうか?

 小さな可能性が浮かんだ。

 耕大くんに影響を与える人。

 考えが悪い方へと繋がっていき、ついにはモヤッとした黒い感情が飛び出しそうになる。

 それをゆっくりと背中を擦る手に合わせてなだめていく。

 大丈夫、大丈夫――。

 いつの間にか祈るように呟いていた。


「もう、大丈夫」


 耕大くんが上体を起こしてから言うと私は擦っていた手を止めた。

 目の前でうがいをして濡れた口許を腕で拭っていた。


「カッコ悪くて、ゴメン……」


 首を回して顔を向けて謝る耕大くんに、ただ首を振って返事した。


「違うの。それは良いの。そうじゃなくて」


 謝って欲しいんじゃない。本当はもっと頼って欲しくて。

 上手く言葉にならない感情をもて余して俯いた。


「ちょっと話す?」

「……」


 耕大くんに施されてベンチに座ると、さっき貸したハンカチを彼が自分のポケットにしまっていた。


「洗って返す」

「あ、うん」


 少し薄暗い公園はよく星が見えた。

 いつもは都心の光で消えて見えなくなってしまう光が今日はよく見えた。


「……俺ね。記憶が正しければ、二歳半までフランスに居たんだけど、そん時自分に父親が居るとは思ってなかった」

「……え?」

「親父は派手(ああいう)人だから、年がら年中家に居なくて、二歳の誕生日にあの人からサッカーボールをもらった時は、近所のおじさんだと思ってた」

「え、それって」

「……今言うとたぶん、『ショック死する!』とか言ってウザいから言って無いけど、それぐらい認識が無かったんだよね」

「いつ、自分の父親って思ったの?」

「いつだっけかな? あんま覚えて無いけど。ただ、母親から“サッカー”を与えられたのは俺が三歳の時だった。それからだと思う。母さんと親父が二人並んで観客席で応援してるのがピッチの上からよく見えた。母さんが準備した弁当を三人で食ったりして認識していった。――平和(しあわせ)だったと思う」


 その時の風景を思い出しているのだろう。顔を上げてどこか遠くを見ている目をしていた。けれど、


「あのオバサンは(ウチ)の平和を壊した人」


 耕大くんの放つ空気が一瞬にして黒く揺らめいてぞくりと背中が粟立った。


「俺、他人が思ってるよりも『出来た人間』じゃないよ」


 普段、凪いだような雰囲気をしている人が変わる瞬間。

 試合中にこの気迫を当てられた人は、気絶するくらい恐ろしいと実際に肌で感じた。


「本当は、人間がブッ壊れてるんだ。おまけに(きたな)いんだよ」

「耕大くんはキタなくない」

「知らないから言えるんだ」

「違う」

「俺ね、だ」


 これ以上は聞いちゃいけない、そう思った。

 触れてはいけない傷。無理矢理に共有してはいけない傷。


「言わないでッ」


 咄嗟にベンチに座る彼を覆い跨ぐようにして、上から手を伸ばして彼の口元を手を当てて止めた。


 数秒、黒ずんだ目が私の瞳とかち合った。

 すると噂好きの好奇心に駆られてか、フワッと黄色い小さな光が夜空の中を揺らめいて耕大くんの肩に止まった。


「……ホタル」


 街中に居るとは思わなかった小さな光が、暗い夜道に光っては消えた。

 ポツリと呟くと耕大くんも気付いたのか、目が点滅を繰り返すその光を追っていた。

 暗闇では分かりにくいけれど、ゆっくりと数秒間に一・二回と光る淡い光が転々と夜空を舞っていた。


 しばらく跨いだままの姿勢で固まって光の降雪に魅入っていた。


「今日、耕大くんの公式試合を初めて観たよ」

「……」

「あんな真摯にサッカーに向き合ってる人が、どうしてダメだなんて言うの?」

「それは」

「人は誰でも時には失敗したり、後悔したりする事なんてたくさんある。選べない選択をすることだってある。選んでも正しくない事だってある」


 ゆっくりと口に当てていた手を外して、今度はそれで耕大くんの両頬を挟んだ。


 小さな光が全身を使って、精一杯命の灯火を燃やす様を教えてくれる。

 そして短い命の瞬きをこの目に焼き付けて思った。


 人の不幸と幸福はいつでもどこでも半分半分で、どちらを多く実感するかは自分次第で。

 どんな人生をこれから送るのかとかも自分次第で。零れる涙を拭うのは誰かとかも自分次第で。


「今日も試合を見て確認した」


 どんな生き物も後悔しないように命の輝きを示している。

 精一杯後悔しないように、人は思いを言葉にする。

 後悔の涙を流すとしても、拭ってくれる人はキミであって欲しいと言うのは我が侭だけど――……


「耕大くんが、好きです。どんな耕大くんでも私は好きです」


 気が付けば言葉にならないほどの黄色の光が空へと立ち上った。


「たとえ、過去に何か彼女(キャリーさん)と関係があったのだとしても」


 それは大きく見開かれた私を映した耕大くんの瞳で分かった。


「今の耕大くんが、私は好きだよ」


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