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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
25/43

24 背中合わせの距離 (6)

 

 耕大くんはどこまでも、私の心臓をおかしくさせる天才だ。


 この感動をどう表現したら良い?




 ピッピッピーッ!


 試合終了の(ホイッスル)が鳴って、選手たちの足が止まった。

 相手の選手たちはその場で崩れて、ある人はただ呆然と空を眺め、ある人は頭を抱えるようにして泣いていた。

 周りの応援団たちは例え決勝リーグに行けないと分かっていても、声を張り上げて応援し続けていた。


 それに選手たちは応えたくてプレーをしていたに違いない。

 彼らが流している涙の意味はきっとたくさんの感謝と、仲間ともう一緒に同じ舞台に立てない寂漠の思いが含まれている。


 本気のプレーで来られたら本気のプレーで応える。

 後半からはスポーマンシップに則ったプレーで耕大くんは次のステージへと彼らの想いを繋いで行くんだろう。


 耕大くんの傍らに座り込んでいる相手チームの一人に手を差し伸べると、その手をしっかり握って引き起こした。

 試合後の邂逅――

 サッカーを通して意思を通じ合わせる彼らの姿を不思議な感覚で見詰めていた。


 試合終了の挨拶をして選手がロッカールームの方へ引き上げるのを最後まで見送ると、広くなったフィールドを見ながらまだ余韻に浸っていた。


「良かったね」


 ケイトさんも同じなのか、穏やかにフィールドに向けて独り言くらいの小さな声で言った。


「良かったですね」


 試合全般に対する感想かもしれない。

 プレーに対する感想かもしれない。

 でも、試合をした選手たちも周りで応援していた私たちもなんだか気持ちが晴れやかだった。


 周りの応援に力を注いでいた保護者も応援団もすべて引き上げてしまってから私たちはゆっくりと立ち上がった。


「さーて。息子の晴れ姿も見れた事だし、仕事に戻ろうかな」


 ケイトさんが応援で凝り固まった身体を伸ばしている最中、私は「あ、そうだ」とあるコトを思い出し、ストレッチをしている彼に向き直った。


「そう言えば、お互いに名乗って居なかったですよね? 私は佐倉梓桜と言います」


 よろしくお願いします、と言えば彼は体勢を元に戻して私の顔を見ながら優しい笑顔を浮かべた。


「そうだったね。 僕、ケイト=デュ=コネル」


 名乗りながら差し出された手に応えて握手を交わしたけれど名前を聞いた瞬間に疑問が浮かんだ。


「……コネルさん?」


 なぜならば、出場選手の名前が呼ばれた時に『コネル』というファミリーネームは聞かなかったからだった。


「うん。でもコネルって休みの日に呼ばれたくないから、サクラちゃんにはケイトさんって呼ばれたいな!」


 ウィンクでも飛んできそうな位、爽やか且つ軽やかにケイトさんは言うけれど、派手だと思っていたら天然の物のド派手キャラメルブラウンの髪色の持ち主だったかと納得が言った。


「それは、分かりましたけど……でも、じゃぁ息子さんって?」


 一体、誰なんですか。口から出そうになった疑問はすんなりケイトさんが察してくれて明白になった。


「あ、息子ねー。今日、後半から出てきた『スミダコウタ』だよ。……妻の方の姓を名乗ってるんだ。たぶん、生まれてからきちんと名乗った事無いんじゃないかな?」


 首を傾げる彼に私は言葉を失った。

 思わぬところで耕大くんの事を知ってもいいものなんだろうか。


「僕自身はフランス人。仕事の関係で海外に滞在が主なスタイルだから、日本にいたりフランスにいたり、別のトコにいたりでなかなかコウタと会えなくてさー。仕事上の名前はそのままにしていたり妻の苗字を借りたりと使い分けをしてはいるけど、息子と違う名前っていうのが堪える訳ね」


 苦笑を交えながら色々説明をしてくれるケイトさんとは逆に話を聞きながら私は関心してしまった。


「すごく、日本語上手ですよね。訛りもなくって」

「あー。それは、妻のおかげ! でもねー、漢字はひらがな無いと読めないよ!」


 奥さんの事を嬉々として話すケイトさんは、見ていて何だか面白かった。そして、感情をいっぱいに身体で表現して話す彼が羨ましかった。


「コウタはねー、今のところフランスと日本の国籍がある。将来はどっちを選ぶのか、分からないけど」


 ケイトさんが家族としての名前が違う事に複雑そうで寂しげな顔をした時だった。


 ――ゲシッ


「WOW!」


 何かの衝撃が加えられ、ケイトさんだけ上半身が大きく揺れて前に傾いた。

 それを何とか体勢を立て直して、上手く片足で踏ん張ると驚いた顔をして後ろに振り返った。


「さっきからウジウジ、ウジウジ。見っともな」


 いつの間にか後ろに腕を組んでケイトさんを見下ろしていた耕大くんと、その横で笑いを必死に堪えている渡部君が立っていた。

 既に、会場を後にして学校のバスで帰っていると思っていた。

 だから少し会場の余韻に浸ってから動こうと思っていた矢先の出来事に、試合後に耕大くんに会えた嬉しさがひっそりと込み上げて来た。


「コウター!」


 彼の姿を捉えた瞬間にぱっと華が咲いたような明るさが点り、今までのテンションゲージを振り切るような大きな叫びが響いた。

 まるで、大きな身体を揺らして耕大くんに飛びつかんと両腕を広げて見上げていた。


「ウザ」


 右足を差し出してケイトさんの抱擁(ハグ)を阻止しようと足蹴に扱って、うんざりとした表情を浮かべた。


「てか、撤収早くしてくれってクレーム来てるんだよね」

「あ、」


 渡部君が観客席の上段の方を指差して言って、指の先を辿って行くと既に清掃の人が箒やゴミ袋を握って右往左往としているのが見えた。

 これから学校に帰るだろうから、この場で解散すると思うと名残惜しい気がしていた。

 正直言えば、学校以外の休みの日に耕大くんと話すのが初めてだからもうちょっと一緒に話していたいと思った。


「えー……せっかくコウタと会えたと思ったのにぃ……」


 私の気持ちを察しているが如く、そのままの言葉をケイトさんが唇を尖がらせて言うものだから心臓が少しだけ跳ね上がった。

 顔を俯かせたケイトさんに耕大くんはあたかも適当に答えるようにして「ハイハイ」と短く返した。


「今日は一緒にディナーくらい付き合ってくれる?」

「気が向けば」

「向けて」

「気分次第」

「じゃあ、シオちゃんも一緒に!」

「……」


 何故かケイトさんが、耕大くんとのディナータイムを獲得するための最後の手段として私の名前が出し、それを聞いてから耕大くんが私の顔を見つめてきた。


「……行く?」


 急に耕大くんから尋ねられて、何の事か分からず聞き返してしまった。


「え?」

「ディナー、らしいけど」


 どこか不本意だとも思わせるくらい言葉をにごらせる耕大くんに私は躊躇いがちに聞き返した。


「……行ってもいいの?」

「行くなら行く」

「やったー!」


 傍らで歓喜の舞でも踊りだしそうなケイトさんを目の端に入れながら耕大くんが頷き返した。

 本当はもうちょっと耕大くんと一緒に居たいと思っていたから、私の存在はオプションの可能性でしかないかも知れないけれど、一緒にご飯を出来るとわかると嬉しくなった。





お気に入り登録ありがとうございます。

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