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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
24/43

23 背中合わせの距離 (5)

 

 ハーフタイム中に御手洗いを探して、ずいぶんと階段を降りてしまった。

 後半のゲームに間に合うかと不安に追いやられる。


「あーあ。今日、不戦勝とかねーかなー」

「マジ、勝ちが決まってんのに試合するとか超ダルいんだけど」

「ははは! 言えてる」


 駆け足で進んでいた廊下の先から声がして、目を向けるとそこには見覚えのあるユニホームが目に入った。そして、間違ってロッカールームの近くに来ていた事に、この時初めて気がついた。

 給水機の前で成聖の各ポジションに入っているのだろう、背番号を背負った三人が談笑しているのが遠くからでもわかった。


「だいたい、予選の結果は五校戦った後ですぐに判るようなもんじゃん」

「確かにー。何で試合しなきゃならん。疲れるだけだし」

「相手も負けが判ってんのに、マジに来るかね?」


 やる気のない声に、先程のゲーム内容が思い出される。

 覇気の無い抑揚も無く、感動も無い詰まらない試合。

 相手の必死なプレーを見下げて嘲笑って、この人たちは一体何のためにプレーしているんだろう?


 将来のため?

 内申のため?

 格好つけるため?


 この人たちに、耕大くんの眩しいほどの技を馬鹿にされているようで堪らなかった。

 耕大くんがどれほど努力をしているか、どれほど今試合に出たいか、この人たちは全然分かっていない!


 私の怒りは目の前の三人が人を馬鹿にして笑う度に、徐々に膨れ上がっていく。


「お言葉ですが」


 彼らの側に立つと、怒りを押し込めるように両拳を強く握りしめて睨みつけた。


「今日の試合、スポーツマンシップに反していませんか?」


 自分の気持ちを素直に言い過ぎただろうか。

 でも、後悔はしないと思ったらすんなり口に出た。


 目の前の人たちは目をしばしば瞬かせると、それぞれが眉間にシワを寄せて睨み返してきた。

 男子にあまり接し慣れていないということも忘れるくらい、この時の私は怒りに燃えていた。


「あんだと?」

「部外者が口出してくんなよ」

「関係無いやつは黙っとけ」


 ドスの聞いた低い声に、肩が恐怖に震えようとした。


 予感がした。

 ここで負けたらたぶん、私はサッカーを嫌いになる。きっと、つまらないゲームしているだけと身勝手に決めて落胆してしまう。

 そしたら、絶対に耕大くんのファンとして居られなくなる。私に彼のサッカーを素直に、心から応援させて欲しいと思った。

 だって、彼がそう望んだのだ。笑って応援してくれと――。

 そう思うほど、妙な使命感を持っていたから、言わずにはいられなかった。




「――じゃぁ、黙るのはお前らの方だな」




 突然、私の後ろから呆れを含んだ口調かつ威厳のある(しわが)れた声がした。


「あんだと?」


 目の前の三人がさらに、脅しをかける為に声の方へ睨みを利かせると、何故かその顔がみるみる内に蒼白になっていった。


 首を捻って声の方へ振り返ると、隣の席の男性と初老っぽい男性が、どちらも眉尻を下げて並んで立っていた。


「か、か、監督……っ!」

「……カントク?」


 私が頭を回転させる間に、監督と呼ばれた初老の男性が私の横に立つと、目の前の三人は気まずそうに首をすくめていた。

 とても厳格があるオーラをまとっていて、派手な隣の男性と一緒に居るのが不思議なくらい、ちぐはぐの組み合わせだった。


「志田に、須山と灰谷か……。三年のお前らにとって、今年が最後のインターハイじゃないのか?」

「………っ」


 志田と呼ばれた人は、首を縮込ませて無言のまま青ざめていた。


「冬もあるとでも思っているのか? ただ単に偉ぶって二年を従えさせていれば、レギュラーで出られるとでも思ったか? ……そう思ってんなら後半、ピッチから降りて耕大にポジションを譲ってやれ」

「「えっ!?」」


 監督さんの言葉に同じ単語でも歓喜と驚愕、性質の異なった声が辺りに響いた。


「当たり前だろう? 耕大(アイツ)は試合に出て勝ちたいんだよ。監督の俺も例外無く負けは嫌いだ。勝って試合に負ける? 冗談じゃない」


 大袈裟に溜め息をついて見せるように、監督さんは腕を組んで叱った。


「一点、ウチは負けてる。これ以上詰まんねぇ試合にすんならベンチに下げる。相手さんも本気で勝ちに来てくれてるんだ。後悔させんな」


 三年間の努力をよ。

 監督さんは志田さんたち三人の肩を軽く叩くと、そのまま顔だけを派手な男性の方へと向け、先程とはうって変わってニカリと満面の笑みに表情を変えた。


「んじゃぁな、ケイト。軽くミーティングしなきゃならんらしいからこの辺でな」

「あぁ、はい。じゃぁまた」


 派手な男性もとい、ケイトさんと呼ばれた彼はかしこまって、その場で軽いお辞儀をして監督さんを見送ろうとしていた。


「ああ。そうそう。キミが佐倉さんだよね」


 一瞬、監督さんがこちらに問いかけて来たのをくびを傾げて答えたら、その反応を見て彼は更に目を弧にさせた。

 私は意味も分からずに、呆然とその場にただ立っていた。




 *****


「あ! サクラちゃん。おかえりー。もうすぐ始まるよ」


 御手洗いから何とかギリギリ時間内に帰ってくると、ロッカールーム前で別れたケイトさんが、手を振って席で出迎えてくれた。

 そして、いつの間にかちゃん付け呼ばわりに変わっていたことは、この際スルーすることにした。

 席に近づくとそこに一つだけ、黄色いものが置いてあった。恐らく、ケイトさんが席に戻るついでに調達したのであろうサ●レアイスだ。


 「僕、レモン味の甘味類に目がなくてねー」と、シャクシャク小さな匙でつつきながら味わっている。

 甘酸っぱい皮付きのレモンを一切れ頬張ると、口をすぼめて足をジタバタさせていた。


 たとえ、試合後に誰のご家族か分かっても絶対、この人の精神年齢は年相応じゃない……と一瞬でも考えたことは内緒にしておこうと思う。


 目が耕大くんを探して鮮やかなグリーンの広がるピッチへ移動した。目線を下げると、間もなく後半戦がスタートすると言うことで気合いを入れるためか、成聖ベンチの前で選手たちが円陣を組んでいた。

 白地のウェアとJOHSEIと書かれた紺色の文字が風に揺らめいている。

 輪になった全員が一度体を下へ沈めると、そのままバラバラに散り、自分のポジションへとついていった。


 私はそのまま、一人突出したオーラをまとう耕大くんだけを見つめていた。

 彼は前半の時に着ていた長袖のウェアを脱いで、身体を伸ばすストレッチをしていたからだ。


 試合に出れるのかもしれない。

 期待が胸を踊らせていく。


 準備を終えた彼が、丹羽先生の話に何回か頷いてゆっくりとピッチへと上がっていく。

 それを見届けると、私は嬉しさを共有したくて勢い良く隣に振り返っていた。


「耕大くん、いよいよ出ますね!」


 前方席で成聖の選手交替にざわめく応援団の声は耳に入らず、期待を込めて心の中で「頑張れ」と祈った。


 そしてミーティングで喝を入れられたのか、耕大くんと他数名を除く大部分の選手が、ベンチ前に出てきた監督さんの姿を目に入れる度に、戦々恐々とプレーをしていたのには少し、意地悪心が働いて顔が笑みで歪んでしまった。



 ピーッ!


 (ホイッスル)が鳴った後半開始早々、耕大くんがボールをカットして、息もつかぬ間にワンタッチで次にパスを送った。

 パスを受け取った先輩は、戸惑った表情を浮かべたけど、「左ウィング!」と耕大くんが指示を出す方へ反射的にボールを送った。


 前半の動きとは全く違う、早いパスワークに相手の選手たちは、行ったり来たりと全く落ち着きが無かった。

 ドタバタと走り回っていれば、遂には体力も切れて来る訳で、ペース配分を意識しながらゲームメイクしている成聖イレブンは、早々に同点のシュートを決めた。


 体力が無くなってきて、身体も怠くなれば思考も低下する。


 逆転決定弾はそんなちょっとした油断が現れた時だった。


 ディフェンダーの河村先輩が前半の汚点を挽回するような、ためを作った良いディフェンスでボールをカットし、そのまま前線へ大きなパスを渡した。


 高く上がったボールの落下地点付近に耕大くんが走り込んで行き、勢いの乗っているボールを見事、ワントラップで殺して自分の足元に落とした。

 それからは自由にヒラヒラと飛ぶ蝶々の様に、軽やかに相手をドリブルで抜いていく。

 まるで耕大くんの独壇場。


 三六十度くまなく周りが見えているかの様に、焦って後ろからスライディングしてくる選手を鮮やかに宙を飛んで交わしては、キーパーに一度も触れさせない柔らかいループシュートを放ってゴールを割った。


 ゴールをしてもなお、わざわざボールを自ら取りに行く耕大くんの姿存在そのものに、相手の戦意が喪失されていくのが見ていても分かった。


 しかし、華麗に決まった逆転弾を繰り広げた妙技に、私以外にもたくさんの人が恍惚の溜め息をついていた。

 それぐらい、耕大くんのサッカーには目を離せないし、魅力がある。


 逆転弾に喜ぶチームメイトたちをそれとなくあしらって、センターラインに駆け寄る耕大くんがチラリと観客席(こちら)に振り返って顔を上げた。


 すると私が居る場所が分かっていたかのように、視線が外れること無く合わさった。

 目が合わさった数秒間が長く感じるくらい、鼓動がだんだんと速く鳴っていく。


 そして、彼がライン上にボールを落とすと、その手を胸に押し当てて頷いて見せた。


 ――……応援、伝わった――


 無言のまま、そう返事された気がした。




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