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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
18/43

17 呼吸と体温と (6)

 耕大くんに近づいたときだった。


 ボソボソ……


 耕大くんの後ろで、ある女子生徒が話しかけているようだった。


「この映画古くない? 何でここにいるの?」


 それはどこかで見かけたような子で、ストレートパーマがかかっていて、ぷっくりとした唇が魅力的で同年代の男の子に受けの良さそうな印象を受けた。

 彼女は見た目通り自信たっぷりに、顔に笑顔を浮かべては手を耕大くんの肩にのせて、身体をもたれさせて話しているようだった。

 自分のチャームポイントを武器に、相手の懐に入っていくような感じが内心モヤモヤとさせた。


 触れている手が、感じている体温が、イヤだ。

 私だけが知っていたいのに。

 突然、沸き上がる感情が悲鳴を上げていた。


 ……私以外の人が触れないで欲しい。


 知らない人が耕大くんに触れているのを見て、ようやくはっきりと自分の感情に、名前を付ける覚悟が出来た。


 今、自分が感じているのは、独占欲と執着。

 その感情を取り巻くのは、恋心。

 耕大くんが好き、だから。


 私が彼女の手を剥がしに意気込んで、耕大くんに向かって歩を進めた。


 それと同時に、途中だったはずの画面を消して、乱暴にヘッドホンを直すと、肩に置かれた手を振り払うように耕大くんが立ち上がった。

 今まで自分に触れていた人物を煩わしそうに一瞬睨んだかと思えば、すぐに興味も無さそうに視線を反らしたようだった。


 突然、何の素振りもなく立ち上がった彼に、私は勢い余って踏み出した一歩に急ブレーキをかけて、その様子をうかがっていた。


 席を立った耕大くんがこちらに振り返り、そして視線が合ったかと思えば、彼はさっきまでまとっていた刺々しいオーラを瞬間的に霧散させて、日だまりのような温かいオーラに変化させた。


 ――?


 一気に柔らかくなった彼の様子に首を傾けて見ていると、彼はただ真っ直ぐに私との距離を詰めるように歩いてきた。

 そして、いつの間にか目の前に到着した彼は、素早く私の手を取って本棚の影へと歩いて行こうとする。


「え?」


 理解不能な移動に戸惑いつつ、耕大くんの手を引っ張ってストップをかけた。


「ど、どこ行くの?」

「付いて来て」


 内緒話をするように距離が近づいて耳に囁かれると、一瞬にして心臓が爆発するような緊張に襲われた。自覚した恋の燃え広がるスピードの速さに眩暈がする感覚がした。


 手を引きながら前を歩く耕大くんは、奥に居る二人には気付かれない様に、愛子と渡部くんの様子を伺って無言で「こっち」と私を導いていく。


 普段とは違う彼のテンションに戸惑いとときめきを感じた。


 そんな風に謎に導かれながら、ふと今まで彼がいたブース――進行方向とは逆――を振り返えれば、耕大くんから睨み付けられた女子生徒は、私に鋭い敵意剥き出しの視線を向けていた。


 それは嫉妬と言う、よく知る私にもある心の中の黒い塊。


 彼女の視線に捕まってまとわりつくような寒気がする視線に、ついさっき逆上せ上がった感情がピキッ! と音を立てて凍りつく気がして、息を飲むと同時に肩に力が入るのが分かった。


 初心者マークと言っても良いほど、慣れない感情を持て余している時に、今までぶつけられた事が無い他人からの嫉妬と言う黒い感情を受けて、不安が肝を冷えさせて行くのが分かる。


 ――――夢に描くような綺麗な恋愛なんて無い。

 ――――恋に恋しているんじゃないの?

 ――――恋愛の駆け引きは相手を騙すことから始まるんだから


 近い過去に言われた言葉が頭を巡ると、繋がれた手に視線を落とした。


 ――――この手が離れて行くのはいつ?


 一気に現実へと引き戻されていく自分の感情に押しつぶされそうで恐くなる。


 自信なく耕大くんを見上げると、彼は愛子たちから私に視線を移動させていたようで、私を写した瞳がすぐそこにあった。

 いや、目が合うよりも先に、ずっとこっちを見ていたのかもしれない。

 そして、思った以上に近くにあった彼の顔に、無意識に自分の顔が火照って来るのが解る。


 冷静に自分の今の状況を客観的に考えると、これって人の視線がなければ、キスする状況と言うか、なんと言うか、ねだると言うか……!


 ついさっき自分で自分の気持ちを自覚してから、思わず彼との距離感に対して、今まで自分がどうだったか考え込んでしまう。

 恥ずかしいと感じる癖に、繋がれた手を離して欲しくなくて、でも恥ずかしくて……二人の距離感に視線が泳ぐ。


 ワガママな恋心が次々と欲を膨らましていく。

 でもやっぱり、繋がれた手を離すことなんてしたくなくて、思わず握られた手に力を入れて握り返した。



 ――……ポンポン


「え?」


 一瞬の事で訳が解らずに耕大くんを見上げると、彼は顔を綻ばせて繋がれた手とは反対の手で私の頭を上下に滑らせていた。


「息抜き」


 耕大くんの一言に目を丸くして見上げると、彼はやっぱり柔らかい顔を浮かべて私の頭を撫で続けていた。


「……息抜き?」

「うん。あの二人、手強いし」

「手強い?」

「特にノリは、同じ問題を五回は解かないと覚えないし。佐倉もそれで疲れただろ?」

「へっ!?」


 思いも寄らなかった言葉に、頭の回転が悪くなる。

 人って自分の思考回路と感情回路が他人も同じだと思い込む無意識の癖がある。


 人と考えていることが違うのは当たり前だけれど、この時の私は完全に頭のスイッチが勉強モードに入っていなくって、色ボケしている自分が違う意味で恥ずかしくなった。


「……違うのか?」


 耕大くんが私の顔を覗き込んで聞いてくると、私は慌てて首を左右に激しく振って否定した。


「や、あ、ええっと。そう! 閉館まで後一時間位だしと思って耕大くんを呼びに来たのが本当なんだけど、なんか話してたみたい……だった、から。その……」

「……ああ。なんか、誰か居たね。すげぇ邪魔だったやつ」


 温度が下がるように低い声で言うと、本棚の向こうにあるさっきまで居た席の方を見るように耕大くんは目を細めた。


「最初、佐倉かと思って振り返ったら誰か知らない奴だった」


 眉間に皺を寄せて言う言葉がいつもより冷たく感じる。

 それは普段の耕大くんの姿なんだろうか?

 私が見たことの無い彼の姿だった。


 話を聞いて冷たく感じていた彼の雰囲気からだんだんと熱を取り戻していくのが解る。

 氷に包まれた緊張する雰囲気から、温かみを感じる空気に入れ替わると、彼の続く言葉を待っていた。


「無視してて、うるさく話しかけて来たから、席使いたいんだと思って一回譲ってやったら座ろうともしねーし、『何だ、コイツ』ってなって席替えようと思ったら佐倉が居てなんか安心したって言うか」

「うん?」


「なんか、佐倉は他とは違う気がする」


 ドクリ…


 誰もが頬を染めんばかりの綺麗な笑顔に、胸が躍るのを隠せない。

 頬は血液が通ってカッカするし、胸をくすぐるような言葉に照れて何も言えなくなった。


「……殺し文句すぎてズルイ」

「ん?」


 あまりにも恥ずかしすぎて、思わず視線を外してボソリと独り言を呟くと、耕大くんは「何か言ったか?」とやっぱり私に視線を合わせようと顔を覗き込んでくる。


 視線を合わせる事に、羞恥心が重なって俯いてしまいそうになったけれど、私ばかりが照れているのが理不尽だと思って、何とか反撃したいなとその時に思った。まだ繋がれた手に一度視線を落として、心の準備をする。

 やられっぱなしは、何だか悔しいじゃない。


 息を二、三回吸ったり吐いたりを繰り返すと、手の平に感じる体温を優しく包んだ。


「私も、耕大くんは特別だよ」


 そう一言だけ視線をしっかり合わせて言うと、反撃完了に心が落ち着きを取り戻して、逆に笑顔が浮かび上がってきた。


 私の瞳には驚いた彼だけが映っていた。


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