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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
17/43

16 呼吸と体温と (5)

お待たせしました。

 時計の進む音が聞こえる。

 ひとりだけ思って本棚になる背表紙をなんとなく目で追っていた。

 棚一段に三十冊ほどある大きな棚をひとつ、ふたつ、と視線を横にずらしていく。

 二段目の本の背表紙に目を向けた時に、やっと一つの影がテスト範囲と言う金縛りから抜け出たようだ。


「やるしか無ぇな」


 期待通りに口を開いたのは耕大くんだった。

 それは覚悟を決めた目で、どんな困難も乗り越えて行けそうな力強い声だった。

 少し気が抜けたように椅子に凭れかかっていた姿勢を正して座りなおした時だった。


「佐倉からせっかく教わるんだから」


 想像していなかった嬉しい言葉に、思わず何とも言えない恥ずかしさが込み上げる。

 合わさった視線から彼の優しさを感じられる。


 トクリ……


 それに心臓が喜びを示して、私は勢い良く頷き返した。


「じゃぁ、まずはみんなの入学最初のテストを出して」


 彼の期待に応えたい。

 私が出来る精一杯の力を彼に返したいと思った。



「……愛子は、国語と数学と理科全般。渡部君は数学と英語。耕大くんは生物と歴史、っと。みんなばらばらだねぇ」

「……すみません」


 一通り三人の得意科目と苦手科目を照らし合わせて、何が不得意で定着していないのかを確認した。


「ただ、私が誰かを教えている時に別の人に聞いても応えられる人がいる良い所もあるよね。例えば渡部君の苦手な数学と英語に関しては、耕大くんが二つとも得意に思えるから聞いても大丈夫なんじゃない?逆に耕大くんが苦手な暗記物は渡部君に聞いても構わないって事だから」

「「……」」


 私が彼らの長所と短所の部分を合わせてゼロにする作戦を言うと、彼ら二人はそれぞれ意味有り気に微妙な顔つきをしてあからさまに溜息をついた。


「どうかした?」

「佐倉ちゃんは受験時期の俺らの勉強方法を見て無いから、『良いアイディア!』って言うかも知れないけど、実際は俺ら勉強してる時って、お互いがお互いにうんざりしてたから」

「……」


「どういうこと?」

「だって、耕大から数学教わるとサラサラっと式を書いてって『こうなる』だけで終わるんだもん!」

「『もん』とか言うな。キモイから」

「ひでッ!」


「大体、ノリも人のこと言えねぇし。教科書の写真見て『ドコの何とか遺跡は昔なぁ~』とか語りだすし、良くわかんねぇっつの」

「それは耕大の興味の無さの所為だろ!」

「あー。はいはいはい」

「二人とも静かにー」


 二人のやり取りを、愛子と二人で止めようと宥める声をかけた。

 それから、二人は息ピッタリで息を吐き出すと揃ってこちらに目線を向けた。


「冗談でも何でもないからね」


 渡部くんの真剣な言葉に私は覚悟を決めて息を飲んだ。






「………で、X=2になるから、これを最初の式に当てはめてYの値を出すと……?」

「あー……そうゆうこと!」

「なるほど~!」


 城聖のテスト期間の下校時刻は夕方六時までで、図書館もそれと同時に閉館する。

 最初に耕大くんと渡部くんのやり取りを聞いて、始めの一時間を愛子と渡部くんの数学の時間に当てて、後半一時間を耕大くんが苦手とする暗記系科目の時間にすることにした。


 暗記系科目の場合はストーリー性を重視しないといけないから、とりあえず耕大くんにはテスト範囲に関連するような本と映画を薦めることにした。

 「小説でもいいし、マンガでも良いし」と言えば、耕大くんはあまり本を読むような想像(イマジネーション)よりも聞く事を大事にする感覚派(フィーリング)らしく、DVDの棚に向かってめぼしい作品を見ているようだった。


「耕大ってマジ、想像力働かせるのっておおよそサッカーだけなんだよね」


 離れたブースで一人視聴している耕大くんに対して、渡部くんは少々呆れながら言った。


「あ、でも耕大の場合は感性(センス)に長けてるから、想像しなくても上手くやれるのかも」

感性(センス)に長けてる……って?」


 私がペンを止めて渡部くんに聞き返すと、彼は頭を捻らせながらも一つ一つ言葉にしていった。


「なんつーか、感覚は人と違う、異次元を見てる感じ。サッカーしてる時は特に三六〇度くまなく、ピッチを多角視点から見てる気がする。隙がないって言うか、そんな感じ。日常だとまず服のセンスがなぜか良い」

「……それ、サッカーに関係する?」


 愛子がノートの上に答えを導き出しながら、若干鼻を鳴らして笑った。


「……まぁ、それはアイツの育った環境か」

「どういうこと?」

「耕大の親って、デザイナーなんだよ。服の」

「へー! そりゃまた意外。親もスポ根かと思った! 蛙の子は蛙って言うじゃん?」


 肩肘をついてその上に顎を乗せた愛子が渡部くんを物珍しそうに見て声を出した。


「うーん。意外でも無いかも?」

「個人ブランドでも持ってんの? 翠田君の親は 」

「ああ。いくつか。高校入学の時になん着かもらったけど……」

「サイズが合わなかったんじゃない? 特に足の長さが」

「……痛いとこ突くよな……」


 口角をひきつらせる渡部くんは、自分とは反対に口角をつり上げている愛子を睨み付ける。

 そんな二人の空気を眺めながら、なかなか良い感じの雰囲気を邪魔しないでいようと密かに思った。


 一人で画面を集中して見詰めている耕大くんの様子を見ようと、椅子の背もたれに体重をかけて後ろに沿った。

 本棚の向こうにあるブースは一つ一つが区切られていて、今いる机からは見つける事が出来なかった。

 二人を気にしつつも、そろそろ一時間も経った事だし、と一人時計を確認してから席を立った。




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