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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
16/43

15 呼吸と体温と (4)

「こ、耕大くん。ああ、あ、ありがとう」



 見事に自分の焦った姿を全面に押し出してしまった形でお礼を言うと、耕大くんは気にすることなく逆に安心したように、ホッと息を吐いて私の肩に回していた腕をゆっくりと外した。


 それに合わせて、耕大くんの体を借りながらだけど、バランスを取って体勢をもとに戻していった。

 手の平に感じる肉の硬さは、私と比べると断然硬くて、所々盛り上がって感じる事から、男性の肉体を服越しで意識しちゃって赤面する。


「んもう! 梓桜ったら、男子に触るだけで赤面するって、可愛いんだからっ!」

「………っ!」


 なんと言うか、今の愛子の一言にはとんでもない爆弾が仕掛けられているようで、私は反応するだけでもいっぱいで、ほとほと困ってしまいそうになる。

 それを耕大くんはただ、黙って聞いているけれど実は笑っているようで、自分の手を口許に持っていって笑っているのを堪えているのが見え見えだった。


「そうだ! あたしもさ、一緒に勉強しようかと思ってさ! 無理矢理(・・・・)、翠田君たちに頼んじゃったんだよね!」

「え? 愛子も?」


 「睨んできて」と耕大くんを怖い人扱いした愛子が、昨日の今日でこんなにも早く一緒に何かをするとは思いも寄らなかった。


 でも考えてみれば、愛子は私の知らない耕大くんの反応なんかを伝えられるくらいなのだから、別に私の知らないどこかで話しをしていてもおかしくはない。

 むしろ、愛子はアンブロ君が耕大くんだと分かっていたわけだし、サッカー観戦が好きならなおのことだ。



 ……チクリ



 胸が針を刺したように痛い。


 あぁ、これはあれだ。心の中の黒くて醜い私が滲み出ている瞬間だ。

 私はそんな自分を奥底に押し戻して、耕大くんを見上げると彼は困ったような、口をへの字に曲げて愛子を見ていた。


 彼の何だか歓迎していない様子に、少しだけ胸の中の黒くて汚いものが薄く解けていくような、穏やかになる気分だった。


「遅れた理由は、そう言うこと?」


 目の前に立つ彼を見上げて聞いてみると、彼はあっさりと頷いてそして思いっきり大きな溜め息をついた。あからさまに、邪魔者といっているような感じ。


「ちょ、翠田! その溜め息、あたしに超失礼じゃない!?」


 愛子が耕大くんに抗議を立てると、彼は素知らぬ顔で私のバックを持って、図書室へと一足先に向かっていた。

 それを一緒に見ていた愛子が隣に来て、ぶつぶつ文句を言っている。


「……ったく。ホント、口聞いてくんないよねー。態度違うくせに! マジ、ムカツクー!」

「愛子の方が仲、良いじゃん」


 思わず零れた呟きを愛子が拾って、もの凄い勢いをつけて振り返った。


「いーや、いやいやいや。ぜーったい、梓桜の方が仲良いから! あたしはどっちかって言うと、からかってる時もあれば、見下されもしてるんだからね! てか、ほっとんど会話しないから!」


 愛子が悔しそうに地団駄を踏んでいる姿が何だか微笑ましくて、笑い声を零すと彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、「じゃぁ、図書室行こうッ!」と私の腕を引っ張って行った。


 図書室に入れば、テスト前だからかやっぱりかなりの人が席と机を占領していた。


 耕大くんたちがどこにいるのか分からなくて、愛子と二人で辺りを見回しながら探していると、図書室の一番奥、陳列された本棚の間にある机に渡部君が眠たそうに船を漕ぎながら座っていた。

 それを見て愛子がゆっくりと渡部君に近づくと、しっかり寝ているかどうかを確認して、ぼそりと小声で何かをつぶやいた。


「あのと……か…が…わ……てる」

「っ!!」


 すると眠そうにしていた渡部君の目がパッチリと開いて、焦った様子で辺りを見回していた。


「あっはは! 焦ってやんの~」

「何だよ、後藤かよ。縁起でもない事、言うなよ焦ったじゃんかっ!」

「小心者は大変だね~」

「それ、マジ禁句だから」


 語尾に音符をつけて楽しそうに話す愛子を渡部君が睨みつけつつ、何かを安心したように安堵の溜息をついた。

 そして、私が分からない共通の話題でもあるのか、今まで見た事がない少し慣れた感じのしゃべり方をする渡部君がそこに居た。


「あ、佐倉さん。今日はよろしくね! あと、後藤が急に入ってごめんね。こいつ強引だったでしょ?」

「愛子? あぁ、驚いたけど大丈夫」

「てか、後藤。耕大に何か言ったの? 超無口になってたんだけど。眉間に皺より過ぎて恐かったし」

「はあ? 知らないよ。梓桜を取られたのが気に入らなかったんでしょ」

「えぇ?」


 急に愛子たち二人の会話に交わらされて困惑する。

 しかも、その理由が耕大くんの不機嫌の理由が私、だ。

 何だかこの三人の仲に居ていいものか、悪いものか気を使ってしまう。

 そうして黙って二人の話を聞いていると、後ろから左腕を引かれて、倒れそうになった。


「お前ら、うるさい」


 倒れかけた身体を支えてくれたのは硬くて温かい耕大くんだった。

 頭の上から声がして視線を上げると、確かに少し不機嫌そうな耕大くんの顔があった。


「あ」

「……ん。待たせた」

「おお、耕大。早かったじゃん。委員の仕事はいいのか?」

「ああ、一応」

「……? 委員?」


 渡部君が机で軽く伸びをしながら耕大くんに尋ねると、彼は頷いて肯定していた。


「俺、図書委員……らしい」

「へー。体育委員じゃないんだ?」

「なんだ? その偏見」


 耕大くんの言葉に愛子が返すと、横から渡部君が笑いながら突っ込みを入れていた。

 私も偏見なんだろうけど、愛子と同じ考えだった。だって、スポーツが得意な子が、体育委員をするイメージが強かったからだ。

 彼が文科系の委員会を選んでいた事に、驚いて聞いてみると理由は意外と単純だった。


「図書委員の仕事少ないらしいし、当番月が一年で一回だけらしいから。時間あるし、楽だし」


 すべて人づてに聞いた様なうろ覚えになっているのが可笑しくて笑ってしまった。だけど、あまった時間をサッカーに回したいというのが耕大くんらしい選択だったのかもしれない。


「俺なんてジャンケンで負けてからさ、毎月面倒くさい清掃…? 美化…? とにかく、この馬鹿でかい学校の掃除だぜ? まーじ、勘弁してくれって感じ」


 早起きしたくねーよ、と愚痴を零す渡部君は項垂れながら机に腕を伸ばしてそこに頭を乗せた。


「そうなんだ。私、教科の係だから分かんなかったけど、委員会って大変なのと楽なのとあるんだね」

「あー……。教科の係って、休み時間を課題の時間に費やす俺らにとっては、それはもう素晴らしいの一言だね。な、耕大」


 耕大くんは渡部君の言葉に頷きながら、彼の前の席まで移動して席に座った。

 その横の席には、私のバックが置いてあって、そこに座るように席を取っていたらしい。

 そして、耕大くんがボーっと私の顔を見ている事に気がついて、なんだろうと思って見返した。


「……? 佐倉、立って説明すんの?」

「え?」

「いや、こっち見てるからもう始めるのかと思って待ってたんだけど」

「あ、ごめん。座ります。座らせてください」


 慌てて席について自分のバックからノートとテスト範囲を書いたメモを広げると、周りの三人は珍しいものを見るように顔を寄せ合って目を点にしていた。


「あの~。これは何ですかね?」


 恐る恐る渡部君がテスト範囲のメモを指差しながら私に聞いてきたから、そのままストレートに返答した。


「ん? 今回のテスト範囲」

「え。マージ、これ?」

「エグい~~」

「……」


 三人ともテスト範囲と教科書を交互に見つつ、教科書のページを親指と人差し指でつまんでそのページの部厚さを確認すると、それぞれ思い思いに呟いていた。




さ、一学期中間テストの始まりです。

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