11 強制に近い懇願 後
アリーナか外の試合会場から試合終了の笛が鳴って、どこかのクラスが優勝に喜んでいる声が聞こえる。
それを聞きながら私たちは校舎を背もたれにして、二人で横に並んで座って居た。
でも、耕大君は少し気だるそうに空を見ていた。もしかしたら、体調が良くないのかも知れない。
「耕大君、気分悪かったら寄り掛かって寝て良いからね?」
「うん」
戸惑うかと思いきや、あっさりと短く返事をすると、素直に私の右肩に頭を乗せた。
覗き見れば、ちょっと蒼い顔をして目を瞑っている。肌が日に焼けているのに、蒼く見えるって相当だと思う。
そっと右手で明るい茶色の髪を撫でれば、微かに瞳を開けて軽く笑みを浮かべた。
「……俺、佐倉に甘えっぱなしだと思う」
耕大君は撫でられた頭を「もっと」と、強請るように私に体重を掛けて押し付けた。
その仕種に内心ドキリと胸が弾む。
思わず可愛いと思ってしまった。
「良いよ。いわゆる、ファンサービスになるんじゃない?」
「………」
私がふざけて言うと、耕大君はそっと顔を上げて、間近にある私の顔を凝視した。
撫でるのに気持ち良かった髪が、するりと手から離れていって、少し残念な気持ちになる。
もう少し撫でて居たかった。そう思った。
名残惜しく横を見れば、軽く鼻先がぶつかる数センチの所に耕大君の顔があった。
「「……」」
世界が一瞬止まったかと思った。
目の前には、私が映る瞳があって、すぐ近くで呼吸と体温が伝わってくる。
恥ずかしさを覚えて、視線を反らすように瞳が閉じ掛けたと同時に、柔らかいモノが唇を包んだ。
一瞬の出来事は夢でも見てるのか、幻なんじゃないか、私が勝手に造り上げた妄想に耕大君を捲き込んでないか、夢と現実の境目に戸惑った。
でも、何度瞬きしても変わらない光景に現実だと感じさせられる。
耕大君の右手の熱さが、生々しく頬から伝わる。
さっきは触れるだけだった柔らかいモノが、今度は私のモノを挟んで啄まれた。
――どう言うことだろう……?
頭は混乱と同時に悦びを感じる。
見開いていた目を硬く閉じれば、直接触れた部分が敏感に脳に刺激を伝えた。
今、触れている体温が好きだと思う。
今、触れている体温を独占したいと思う。
そして、自分の急な変化に戸惑う。
触れた部分から熱が離れていくと、合わさった視線を離さずに聞いた。
「これも、ファンサービス……?」
ただ、言葉にして後悔した。
そして、気付いてしまった。
甘えて欲しいのは、耕大君だけだ、と。
弱い部分を独占したい、と。
彼の特別になりたい、と。
ただの、ファンで居たくないと。
声が掠れてしまった質問に、耕大君はただ頬に当てたままの手で私の髪をかき揚げた。
少しだけシャギーのかかっている部分から、髪の毛が滑り落ちるのを二人して黙ってみていた。
何か聞けるのかな……、淡い期待に目を閉じてみた。すると、
「痛っっっ……てぇ~………っ!」
急に苦痛に悶える声が上がって、慌てて目を開くと右の脇腹を押さえて、蹲る姿があった。
「……え? ちょ、大丈夫!? どっか触っちゃった?」
顔を覗き込めば、額に玉の汗を浮かべて顔をしかめている。
「や、……ちょっと蒼痣に触っただけ」
本気で痛そうに潤んだ眼をして、声が少し震えていた。
耕大君の反応で、さっきまでの戸惑いに満ちた空気がガラリと霧散してしまって、結局、『答え』は貰えなかった。
それからすぐ、アリーナから耕大君を呼ぶ声が聞こえた。
「コータぁ~? どこ行ったぁ~?」
試合が終わったのか、渡部くんが自分の逃げたペットでも探すかのように、キョロキョロと辺りをしゃがんだり、跳び跳ねたりしながら声を出していた。
「渡部君」
丁度、二人で座っていた場所の前を渡部君が通り過ぎようとした時に、窓の外から声を掛けて呼んだ。
呼び止めた時、「何でそんなとこに居んの?」と驚かれたけれど、事情は後から説明しようと思って、先にこちらに来るように頼んだ。
校舎裏に来た渡部君が最初に見たのは、蒼褪めた顔色耕大君だった。
「おい、コータ大丈夫か?」
耕大君に駆け寄って、その脇に座り込んだ渡部君が、「痛むのか?」と怪我の具合を確かめて立ち上がった。
「痛み止めの薬飲んだのか?」
「………あれ、嫌いなんだよ」
ブスりと答える耕大君は、さっきとはまた違う声で渡部君と話していた。
「でも、痛いんだろ?」
「………飲みたくない」
端から聞けば、飲め飲まないの押し問答ばかり繰り返す会話だけど、嫉妬するくらい仲が良い二人だから、遠慮も無く耕大君自身が安心しているのが一目で分かる。
安心度合いを比べると何だか負けてる感じがする。
突き付けられた事実がショックで内心、哀しくなる。私は半歩、そこから退くとふと耕大君がこちらに目を向けた。
「佐倉?」
訝しげに眉間に皺を寄せて尋ねる耕大君に、私は苦笑しながら答えた。
「……とりあえず、丹羽先生を呼んでくるね」
二人の間の見えない壁を前にして、いじけた子供のように、回れ右をしてGへ走った。
――耕大君の一番は、私じゃない。
めげた感情なまま、二人と一緒に居れなさそうだった。
あぁ、何で私は男の子じゃないんだろう、そしたらもっと近い距離でいれるのに。そう、生まれて初めて思ったかも知れない。
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