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SAMURAIブルーに恋をして  作者: 柏田華蓮
11/43

10 強制に近い懇願 前

 観戦席からすぐに飛び出して、一階に居るはずの耕大君の元へと走っていった。

 でも一階の入り口は人の層が厚くて中を覗けそうもない。


 もうこの中に耕大君は居ないんじゃないか、勘が訴えた。

 校内を探しながら廊下を歩いていると、何故か男子トイレの前に三人の女子生徒が居て、楽しそうに話に花を咲かせていた。

 こんなとこで何してんだろ? と思いながらもその横を通り過すぎようとしていた。


「翠田くん、やっぱカッコいいなぁ♪」

「でも話しかけて、そっけなく返されちゃった……」

「そこが良いんじゃ~ん♪」

「ねぇ?」


 一人は頬を染めて、一人はその子に同意して、もう一人は落ち込んだように言う。

 数メートル離れた時に変化が起きた。 


小菅(こすげ)たち何してんの?」


 彼女たちを不思議に見る男子生徒が一人、彼女たちがたむろしているトイレの中から出てきた。

 応援組の人だろうか……。その人は、トイレの前に居る三人を不思議そうにして言った。


「誰か待ってんの? ここ男子トイレだけど」

「え? 翠田君が居るでしょ?」

「は? ……誰も居ないけど?」


 耳に入った話が脳を駆け巡る。そして瞬時に理解する。耕大君は彼女たちから逃げたのかもしれない、と。


「えぇ~!?」


 彼女たち三人は驚きの声を上げると、「うそぉ~。どこ行ったんだろ~?」と私とは逆方向に走り去って行った。

 その男子生徒は、彼女たちの後ろ姿を見送って一息吐いてから再度トイレに入った。


「……翠田。やっと行ったよ」

「あぁ、ごめん。ありがとな」

「いや。大変だな、お前」


 静かな廊下にはっきりと耕大君の声が耳に入る。

 私は導かれるように、声がする方へ向かって足を進め、そして普段では有り得ないほど躊躇いも無くドアを開いた。


 キィ…ッ


 音を立てて開いた扉を二人が、はっと顔をして見ていた。


「えぇ!? 佐倉…さん!?」


 驚いて目を見張る男子生徒を余所に、私は足早に耕大君の前に立って、彼の目を見つめた。

 どうやら耕大君も一応驚いているようで、態度では解りにくいけれど、よく見れば目が真ん丸になっていた。


 でも、今はそんな事どうでも良い。


「ちょっと、こっちに来て」


 耕大君の右手首を両手で掴んで、その場から引っ張るようにして連れ出した。




 広い校内にはたくさんの死角がある。

 それはメリットもあり、デメリットも兼ね備える。


 校舎裏に耕大君を連れてくると、私は彼に振り返って黙って見上げた。



「………怪我、見せて」



 耕大君は何も聞かなかったように、私を見つめ返しているだけだった。


「怪我、してるでしょ」

「してない」


 確信して言葉を告げてみたけど、頑なに拒否する彼を睨み付けて、今度は声を低くして言った。


「じゃぁ、見せれるよね? 右手で押さえている脇腹のとこ!」


 彼の手を取ると力んでしまって痛いのか、患部に触って痛いのか、短く唸る声を漏らすとあっさりと上着の裾を捲ることが出来た。


 目に入ったのは、掌サイズほどある大きな痣だった。

 蒼痣は出来て間もないくらい赤黒く痛々しい。

 そして大きな痣以外にも一瞬だけど点々と規則的(・・・)な痣になっているのが見えた。


「ど、……した、の、……これ?」


 想像もしていなかった事態に声を震えさせながら尋ねると、耕大君はゆっくりと私の手を取って上着の裾を放させた。


「………」


 何も語りたくないとでも言うように、口をへの字に曲げて一度目を伏せる。


「これくらい、何て事無い」

「嘘」


「嘘じゃない。試合で結構派手にぶつかればこれくらい普通だし」

「それは試合での接触でしょ? ……小さいけど似たような痣が他にもあった。スパイクの痕。これは試合のものじゃないでしょ? 自分では隠せてると思ってる?」

「チッ……」


 舌打ちをした彼は居心地悪そうな表情を浮かべて視線を反らした。


 ――お節介だと自分でも自覚している。

 心配を掛けないようにわざと隠していたんだと思う。

 誰にも知られたくない理由があるんだと思う。

 でも、ただ心配だった。


「ホントは、……動くのも辛いんじゃない?」

「……」


 機嫌を損ねた彼はただ黙して語らず時間を遣り過ごそうとしている。

 それに悲しみを覚えたまでも無い。


 彼にとっての私はただのファンだから。

 仲が良いと周りに言われて自惚れそうになっていたけど、実際は彼女でもないし、友達という立場(ポジション)にすら立って無いのかも知れない。


 頼ってもらえない寂しさが、私を孤立にしていた。


 言葉が見つからなくて、何も言ってあげられなくて、そう言う自分が情けなく思えて。

 自覚すると何だか鼻の奥がツーンとなって自然と涙が浮かび上がって来た。


 情けなくて泣けるってホントだったんだなって思って、カッコ悪い所を耕大君に見せたく無くて顔を俯かせると、涙が溢れて落ちた。

 涙の所為で鼻水まで出て来そうになって止めようと思ったら、思わずズズッと鼻を啜ってしまった。


 泣いているのがバレてしまう。

 片手で顔を覆うと、急に目の前の耕大君の気配が緊張したのが分かった。


 俯いた視界の中では、彼の両手が上下に動いて私に触れるのかどうかを躊躇っているように見える。


「佐倉……」

「なに?」


 涙声になってしまった声をなるべく隠すように、くぐもった声で呼びかけに答えた。


「……っ、」


 ハッキリと耕大君の耳に涙声が聞こえてしまったのか、彼はハッとするように動きを止めた。


「あ、……えっと……。これは耕大君の所為じゃないからね? 私が勝手に、自分の情けなさを嘆いているだけだから」

「情けないって……」


 溢れた涙を掌で拭うと、罪悪感を払拭してもらうべく笑みを浮かべた。


「私のお節介が過ぎた、それだけ。もう……、良いの。……無理に連れて来ちゃって、ゴメン。」

「え……、」

「今から、一人冷静になって自分の行動を反省する。だから、耕大君は先に行って? 私は反省したら自分のクラスの応援に行くから」


 そう言って耕大君から離れるように一歩後ろに足を引いた。

 すると耕大君が素早く私の手首を掴んで、その場に留まらせた。


「違う」

「え?」

「そうじゃなくて……」


 困惑したように言葉を上手く繕えなくて、時間が止まったように思えた。


「情けないのは、俺」

「……え?」

「佐倉を泣かせたかったんじゃなくて、心配かけたかったんじゃなくて……その、」


 言葉になら無い思いが手首を掴んでいる手から伝わる。


「俺が選んだ道なんだ」


 だから、と彼は言葉を続けて私の肩に頭を乗せて小さく呟いた。



「佐倉は笑って俺を見ててくれ」



 耳を掠る声は切なそうに、私に訴えていた。

 ――俺からサッカーを奪わないでくれ、と。





【2013.06.17】サブタイトル一部変更 柏田

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