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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集<異世界編>

憎くて愛しい

作者: シンタグマ

「勇者……、待っておったぞ」

 開け放たれた扉の音に続く静寂を打ち破ったのは、地響きのような低音だった。

 魔王の声だ。

「お待たせしたようで。それじゃ、さっさと始めようか」

 相対するのは、茶色い短髪に緑の鎧の青年。ニッと笑って腰にさしてある長剣の柄に手をかけた。

 ここは地の果ての魔王城。いよいよ最後の決戦が始まろうとしている。

「勇者よ、お主は何を目的に我と戦う?」

 好戦的な笑みを浮かべた勇者に魔王は重々しく語りかけた。

「随分と高尚な質問だな。そりゃアレだ、平和のためっつーか、皆の笑顔のため?」

「皆の笑顔か。結構なことだ」

 勇者の答えを聞いて、魔王は低く笑った。

「シンシアと言ったか、あの娘」

 魔王に挙げられた名前に心当たりがあったのか、勇者はあからさまに表情をこわばらせた。

「お前! あいつに手を出したら!」

「何もしてはおらぬよ。お主の小さい頃からの隣人で恋人であったと聞くが」

「脅しにはのらねぇぞ! 何でアイツを知ってるんだよ、お前俺のストーカーか?」

「もう一年前に婚姻を結んでおるぞ、その娘」

「……はぁ?」

「しかも、腹の中には二人目の子供を宿しておる」

「……ふたりめって……計算おかしくねぇか」

 勇者の呆然とした様を確認して、魔王は満足そうに肩を揺らして笑った。

「……くっ。だがしかし!」

 勇者は柄にかけた手を胸に当てて、叫んだ。

「俺は王都の姫とこの戦いが終わったら結婚する誓いを交わしたんだ、前カノの情報で戦意を削ごうったってそうはいかねぇぞ」

「その姫、父親である王と毎日閨を共にしておるぞ」

「ぶっ……マジで!?」

 驚愕のあまり口を手でふさぎ、勇者は魔王をみつめた。

「何だよ、あいつら。俺、この旅に出てる間に寝取られまくってたってこと!?」

「フッ、人の気持ちなどなんと移ろい易いものか。妃よ」

 呼ばれた。

 私は魔王の膝から立ち上がり、勇者の眼前に一歩踏み出した。

「この女も元は人間よ。遠見と先見に秀でているのが災いして悪魔に目を付けられ、予言があらゆる人間に信用されなくなる呪いを受けた」

 私は無表情に勇者に視線を合わせる。鎧と同じ緑の瞳がゆらめいた様に見えた。

「下種に食い物にされているところを我が拾ってやったのよ」

 魔王は一歩立ち上がり、勇者に右手を差し出した。

「どうだ、下等な人間共のために稀有な命を賭する事はないと思わぬか」

 我の元へ下れ。

 命令が哀願に聞こえて、私は内心笑みを浮かべた。

 確かに魔王は勇者を本能的に畏怖している。


 私に呪いをかけたのは、他でもない魔王の部下。

 夫を殺し家族や友人を遠ざけ、私を手に入れた。

 ……随分長い間、私たち共にいたわね、馴れ合ってしまう程に。


「んー、それもそうだな、馬鹿らしい」

「我が手を取れ、勇者よ」

「だけど、さぁ」

 言葉と同時に剣が一閃した。

 ほぼ同時に私は勇者に手を強く引かれ、彼の胸に倒れこむ。

「本当の間抜けは魔王、お前だよなぁ」

 勇者に後ろから抱え込まれ、私は魔王を無感動に眺めた。

「旅の初めのほうからずっと、色んな情報を教えてくれるやたら綺麗な姉ちゃんとちょくちょく会ってさ」

 まさか魔王様の奥方だとは思わなかったな、嘲りが含まれた勇者の声が耳元でする。

 魔王は右大腿から左胸にかけて大きな太刀傷を負いながらも倒れることなく、勇者と私を睥睨した。

「何か言い残すことはあるか、と聞きたいとこだけど」

 勇者は私をとん、と後ろへかるく突き飛ばすと剣を持ち替えながら猛然と魔王へ向かっていった。

 それは本当に一瞬のこと。

 わずか二太刀で魔王の首は胴体から離れた。

「……途中で魔族に滅ぼされた村をいくつも見たよ。酷い光景だった」

 倒れ付した魔王の胴体に付いているマントで剣に付いた血を拭いながら勇者は言った。

「あんたたちは、人間の命乞いに耳を傾けたことが一度でもあったか?」

 魔王を見下ろす勇者の表情を伺うことは出来なかった。


 魔王が死んだ。

 時が止まったかのようだ。呼吸することすらはばかられるような現実の重さ。

 私の思考を現実に引き戻したのは勇者の声だった。 

「悪いな、あんたの旦那、何か言いかけてたのに殺しちまった」

 私は黙って頭を振り、魔王の切り落とされた首を拾い上げるために身をかがめた。

 どんなにこの日を待っていたか。

 私は笑った。

 笑いながら、彼の首に手を伸ばしそれを胸元に抱え上げた。

 光を失った男の目。最後まで無表情な人。

 こわばる指に力を入れ、彼のまぶたを閉じた。

 愛情、憎悪、恋慕、憤怒。

 どんな言葉も、今の自分に湧き上がった感情を表すのに適さない。


 夫の首が転がる部屋で抱かれた後、愛を告げられたこと。

 私が食事をとろうとするまで、目の前で調理人の体の部位をもいでいったこと。

 脱走しようとしたせいで崖から落ちて大怪我をしたときの献身的な看病。

 いかなるときも私を信じると誓った彼の表情。

 魂を半分移された時の苦痛。

 窒息しそうな好意。

 気が狂いそうな程の快楽。

 

「あんたと婚姻すれば、俺も魔王になるのかな」

「どうでしょうね」

 私は勇者の場違いな言葉を静かに流して、無造作に魔王の首を膝の横に置いた。

 首の断面が斜めであるため不安定になりごろりと転がったのが滑稽で、思わず唇がゆがむ。

 本懐は遂げた。

 悔いは無い。胸に浮かぶのは空しさだけ。

 終わらせよう。

「私の首もお持ちください」

 言いながら髪を分けうなじを露わにさせつつ、勇者のほうへ体を傾けた。

「私は魔王の魂を半分宿すもの」

 言いながら口の中が異様に乾いていることを自覚する。

「覚悟は出来ております」

 進んで魔王および彼の配下の魔族たちの悪行に加担したことはないが、彼らの庇護の元で長く暮らしてきたのは紛れも無い事実。

 責任は取らなくてはならない。

「……あんた生かしといたら魔王が復活するとかそういうことになるの?」

 勇者の声が思ったより近くで聞こえ、私は勢い良く顔を上げた。勇者は跪く私の正面にしゃがみこみ私を見つめていた。

「そういうことにはならないと思いますけど……」

 正直言って、魔族並に長生きできることと肉体が強靭になる以外のことを良く知らない。私は戸惑いながら答えた。

「じゃーいいや。俺は魔族じゃないんでね。無駄な殺生は好きじゃない。ま、とりあえずここ出ようぜ。陰気でかなわん」

 勇者は右手を座り込んだままの私に差し出した。

「お手をどうぞ、お姫様」

「……姫なんかじゃありません」

 血に染まった、呪われた存在だ。太陽の光を浴びて良い存在では無い。

「勇者が助けんのは姫だって決まってんの」

「魔王の妃の首に価値は無いと?」

 あーもうめんどくせぇ。

 小さく呟いて、勇者はひょいと私を横抱きにするとさっそうと扉まで足を運ぶ。

「降ろして下さい……出ようって、この先当てでもあるんですか」

「いや、無いけど。そこはまぁ適当に」

「降ろして下さい、私はこの城と運命を共にしなきゃいけないんです、私の未来はそこまでしか見えていない!」

 悲鳴に近い私のその言葉を聞くと、勇者は笑みを完全に消して私を見下ろした。

「見えていれば、その通りに行動しなきゃいけないのか?」

 雰囲気に飲まれて、私は視線を彼の喉仏にずらす。

 魔王とは全然違う威圧感だけど、この人、怖い。

 怖い。

「見えていないなら、何も行動しないのか? --違うだろう?」

 勇者。運命すら捻じ曲げる存在。

「これまでもあんたは一人で色々頑張ってきたはずだ。それに逆らおうって、な」

 鼓動が止まりそうになる。

 諦めてしまう前の事。既に遠い記憶だ。

 それは私がまだ人であった時の。

 勇者は一呼吸おいて、意地悪そうな笑顔を作った。

「だいたいさぁ、あんたらのせいで俺が旅に出なきゃいけなくなって別の男にオンナ取られることになったんだから、少しくらい責任感じろよな」

「え」

 私から出たのは間抜けな声。

「皇女も美人だったのになー。まさかあの気弱そうなオッサンとヤッてたとはたまげたぜーしかも父親だろ、よくやるわ」

「勇者どの?」

「あ、それ禁止。これからは名前で呼ぶこと。勇者とかもうどうでもいいし」

 勇者は首を右に傾け、筋をのばした。ぽき、と音が鳴る。

「は?」

「散々持ち上げといて、利用されるだけじゃたまんねーよ、飽きもきてたし。俺、転職するわ」

「あの」

「冒険家とかどう? 夢がある男って良くない?」

「あの……」

「商人とかのが地に足ついてる感がして良いかな、あんたはどう思う?」

 私は息を飲み込んで、満面に笑みを浮かべた彼を見上げる。

 本気?

「男一人旅って寂しいし、どうせアンタ暇だろ。俺の気が済むまで連れ回すから」

 曇りの無い彼の瞳を見上げ、私は小さくため息をついた。

 話を聞いてくれそうも無い。

 一刻も早く彼の気が済むように、私は空に願った。

『NTR』をテーマにいちおうコメディ目指したのにほの暗い雰囲気に……。

不快にさせた表現などございましたらお詫び申し上げます。


++人物メモ++

■魔王妃

外見20代後半、陰気なオーラの美人

千里眼と予知スキル持ち(魔王が死んだことで精度低下)

魔王の魂を無理やり埋め込まれているので勇者の剣で首を胴体から切り離さないと死ねない

嫌がるほど嗜虐心をそそってしまうタイプ、流され体質

人間恐怖症だが徐々に改善されていく


■勇者

10代後半~20代前半、茶髪緑眼、細マッチョ。

無敵ゆえに打たれ弱い。

現代っ子。基本的に全てに対してライトで執着しない。

自覚はないがSっ気強い。

美人遭遇率は高いがチャンスを活かしきれない残念な人。

この後は冒険家→商人→武装商船団ボスと転職してゆく予定。

今のところ妃は『見てないとあぶなっかしい姉ちゃん』くらいの認識。


■魔王

故人。デカイ、ガタイいい。が良い所を見せられないまま勇者にやっつけられた。

妃を溺愛していたが、感情でない&わかりにくいためほとんど伝わってなかった。

勇者を本能的に畏怖


■元夫

故人。

見世物小屋で妻を働かせていたところ、悪魔に殺された。

典型的なヒモ


■シンシア

勇者のモトカノその1 村娘

一応勇者の帰りを待っていたのだが、待つ時間未定への不安+勇者姫と婚約ニュース+別の幼馴染からの告白の三連コンボで撃沈。

幼馴染とスピード出来婚。

文句いいつつ平和で幸せな日々を過ごす。


■ローズ

勇者のモトカノその2 金髪碧眼の美姫

超ファザコン。

父親に一服盛って無理やり関係を結び、以後はそれをユスリネタにして関係を持続。

勇者との婚約は只の隠れ蓑。

勇者とはS同士なので友情こそあれ愛情に発展しそうもないことを自覚


■王

ローズの父。見た目だけダンディだが中身はヘタレ中年

早世した奥さんラブ。

思春期を過ぎた娘が妻に似すぎて悩みだした頃に一服盛られた。

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[良い点] 胸糞悪い思いを読者にさせたいっていうなら成功 [気になる点] ビッチ万歳エンドのヘイトしか溜まらない作品 [一言] この人のは二度と読みたくないって思ったんだけど、そう思わせたかったんだよ…
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